第四十四話 地獄の盟主×危険な賭け①
「おいロウ!まだ寝ているのか!」
だから、夜明け前の貧民街に上級武官の格好で何度も来るな。
ドカンドカンと扉を殴るように叩くな。
「おい!もたもたしていないで開けろ!」
だから!
手加減はしているんだろうが、このおんぼろよろず屋の玄関が壊れかねない勢いで叩くな!
「お、おはようございますなんですぜ、ギルガンドさん!あの、ロウさんは――」
オレ達がゲイブンの振りをしながら玄関を開けるとギルガンドは「ご苦労」とだけ言って中に入ってくるなり、オレ達が止める間もなく膨らんでいる布団を引き剥がしてしまったのだ!!!
「おい!いつまで寝て――――っ!?」
しかし、ロウの寝床でもぞもぞと丸まっていたのはボロボロの室内着を着たクノハルだった。
何なら、下着や裸が見えかかっている!!!
「あぎゃーっ!」
咄嗟にオレ達が目を覆って悲鳴を上げたと同時にウトウトしていたクノハルが凄まじい声を上げた。
「――うぎゃーっ!!!」
絶叫したかと思ったらクノハルは枕元にあった箒でギルガンドに殴りかかったらしい。
「ゲイブン!逃げろ!強盗だ!強姦魔だ!早くロウ兄さんを呼んで来て!」
打撃音!
「違う!待て!誤解だ!」
誤解も何も、実際に女性の裸を見ておきながら初手で『悪かった!』って謝らないのは悪手だろうが、ギルガンドさんよ……。
「まままままままままままままままままままままままままままままままままままままままままま……!」
待ってくれですぜ!と言おうとして、オレ達がゲイブンらしく慌てふためいている時だった。
「――クノハル!どうした!?」
「兄さん助けて!強姦魔だ!」
目が見えないなんて信じられないくらいの速さでロウが裏口から登場して、一瞬でギルガンドとの距離を詰めたかと思うと、愛用の杖を鋭く繰り出したのは。
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「兄に執拗に付きまとう職務放棄の暇人特務武官がいると聞いてはいましたが。へえ、天下の【閃翔】だとは知りませんでしたよ」
……オレ達は知っている。
弁が立つと言えば【賢梟】が有名だが、クノハルも相当に口論が強いって事を。
女性に多いらしい涙戦法とか感情論とか一切抜きにして、圧倒的な知識と論理でこれでもかと責め立ててくるのだ。
しかも【閃翔】のような露骨に高飛車なお貴族様相手にはこれでもかと煽りも入れるから、最高にタチが悪い。
「職務放棄では無い」
「私を守ろうとした兄を一方的に暴行する事が特務武官の職務だったと?」
返り討ちに遭ったロウはクノハルの寝ていた寝床の中で気絶している。
ロウだって相当に強いはずなんだが、いかんせん相手が悪すぎたのだ。
【パーシーバー】は当然ながら激怒している。
『大事なクノハルを守ろうとしたのに、何て可哀想なロウ……っ!ちょっと「シャドウ」、何をやっていたのよっ!このパーシーバーちゃんのかけがえのないロウがこんな目に遭っているのに何をぼーっと突っ立っていたのっ!もう許さないわっ!偉そうな傲慢男共々、お口に香辛料の塊を突っ込んで窒息させてやるんだからーっ!』
『勘弁してくれ、【パーシーバー】……オレ達がゲイブンじゃないって知られる訳にはいかなかったんだ!』
「襲いかかってくるからだ」
「強姦魔から妹を守ろうとした事実を歪曲するつもりですか?」
「私は強姦魔などでは無い」
「面白い、行為に及んだ張本人が否定するとは。やはりお貴族様はとても素晴らしい現実認識をしていらっしゃる。
一言の謝罪も無く。微塵も反省はせず。権威と権力を振りかざせば万事それで良し、と」
「――貴様、言わせておけば!」
(も、もう止めた方が良いぞ、ギルガンド……)
(散々にやられた僕達からの、一番の忠告だ……)
「言わせておけば?それが何ですか?道理を暴力でねじ曲げるつもりですか?いやしくも特務武官としてそれは如何なものでしょうかね?」
クノハルが全力で煽るから、ギルガンドが大火事になっているぞ……。
「土下座して謝罪して二度と兄と私に近付かないで下さい。はっきり言いますが貴方の存在が邪魔です」
クノハルがとうとう言った――ッ!
すげえ、ギルガンドのこめかみの血管が完全に浮き出ている。
オレ達が、この場にいる全員をギルガンドが斬り殺すんじゃ無いかと危惧した時。
「う、うう……」
ロウがやっと目を覚ました。
意識を取り戻した途端にロウは飛び起きる。
「クノハル!?大丈夫か!?」
黒眼鏡もかけずに起き上がったロウにクノハルは抱きついた。
「兄さん!大丈夫だよ!今、今しつこいのを追い払おうとしていたんだ!」
「まだ居座っていやがるのか……!」
文句を言いながら黒眼鏡をかけ、枕元の杖を手にしたが、それはさっき襲いかかった時にへし折られていた。
手探りでへし折られた杖を確かめて、ロウは戦慄いた。
「俺の杖が!親父の遺してくれた大事な杖が!」
無言のギルガンドを怨敵のように睨み付けてクノハルは言う。
「目の見えない兄のたった一つの杖をへし折ったのですから弁償して下さい」
「……。幾らだ」
まるでしつこい乞食を見るような顔をしてギルガンドは訊ねたのだが、ロウは震えながら怒鳴った。
「幾らだと!?ふざけるなこの野郎!この杖と同じ木は、もう二度と手に入らないものなんだぞ……!俺の親父がザルティリャからわざわざ取り寄せたベルニーコキノ樹の枝を手ずから削ってくれたんだ!」
ベルニーコキノ樹。
地理の教科書に載っていた。
ザルティリャの地にあった霊樹で、軽いにも関わらず鉄のように頑丈でしなやか、木とは思えない程の耐火・防虫性能があり、その美しい木目から僅かに漂う甘く爽やかながら落ち着きのある香りには心を落ち着ける鎮静作用もあったらしい。
【吸血鬼】以外が世話をすると血のような色合いの樹脂を流す不思議な性質があったためか、【吸血鬼】は『愛の樹』と呼んでとても大事にしていたそうだ。
ザルティリャが存在していた頃は同じ大きさの金銀と取引されていたらしいが――当然ながらザルティリャが【乱詛帝】に焼かれた時に、この樹も全部切り倒されてしまった、と……。
「何だと……?」
どうして貧民街に住んでいる男がそんな高価なものを持っているのだ、とギルガンドの顔が険しくなった。
一方、ロウは閃いたらしい。
「いや……待てよ。もしかしたら直せるかも知れないぞ……!」
「本当、兄さん!?」
驚くクノハルに頷いて見せてから、ロウはオレ達の方を向いて、言った。
「付いてきてくれ、ゲイブン。――【地獄横町】に行くぞ」




