第四話 盲目の情報屋×お喋りな精霊
【よろず屋アウルガ】は【大遊郭】の近くの貧民街の一角にある。
【地獄横町】や、違法賭博の不夜城である【乾坤一擲】等々の恐ろしい根城を抱える貧民街の中でも、まだ治安の良い場所にあるとは言え、金持ちが興味本位でこの辺りをうろつけば、間違いなく強盗もしくは追い剥ぎに遭う。
だから、【大遊郭】にお忍びで訪れる者達は、興味本位で脇道に逸れたりなんかしないのだ。
『ねえっ!ねえロウ聞いているのっ!?こらっ!また寝たふりをしちゃって!今月も赤字なのよ、あーかーじーなのよっ!赤字よっ!また借金取り共に詰められるのは嫌でしょう!?明日【大遊郭】に行っている余裕なんて無いのよーっ!こらーっ!このパーシーバーちゃんのお説教を無視するなんてロウは本当―っに悪い子ねっ!めっ!悪い子はこうしてこうしてこうしてやるわ、えーいっ!』
(相変わらず、口から生まれたのかってくらいやかましい【精霊】だよな……)
(……ロウの借金がそもそもの原因だ)
夜明け前にオレ達が【よろず屋アウルガ】に入ると、そこの主であるロウは寝床の中でこちらに背を向けて寝たフリをしていたが、ロウのほっぺたを引っ張っていた【精霊パーシーバー】が先にオレ達に気付いた。
『あら「シャドウ」!首尾はどうだったの?』
早速だが、とテオは頼む。
「【パーシーバー】、服を脱いで左腕を全部見せてくれ」
【パーシーバー】のヤツはロウの背後にさっと隠れて、怒りだした。
見た目が真っ赤な靴を履いた小さな女の子だから、一見するとオレ達の方がヤバい犯罪者に思えるかも知れないが、事情が事情だ。
『んまーっ!このパーシーバーちゃんに向かっていきなり何て事を言うのよっ!このヘンタイ、エッチ、スケベ、シキジョウキョウ!パーシーバーちゃんみたいに可愛くって素敵な女の子に迫るなんて、「シャドウ」はとんでもないロリコンよっ!きゃーっ!世界最悪のセクハラだわ!そう言うセクハラ大好きな最低な犯罪者にはね、お尻ペンペンペンペンの刑がぴったりよっ!』
オレ達は黙ってロウの背中に『シルバー&ゴースト』の狙いを定めた。
「黒幕も【精霊】を従えていた」
「……何だと思えば。俺達じゃないぞ、『シャドウ』」
のそのそと起き上がったロウは枕元の黒眼鏡と杖を手で探り当てると、ため息を吐いた。
「その様子だと、おおかた黒幕に逃げられて気が立っているんだろうが……落ち着いて事情を話してくれないか」
「……なるほど、それで俺達を疑った訳か」
ロウは呆れた様子で首を振って、杖をぐっと握ると、オレ達に突きつけた。
「オマエこそ知っているだろう。【パーシーバー】の【スキル:センサー】は切断した腕を遠距離から操るような代物じゃない。【人の感覚や知覚を好き放題に操作する】んだぞ」
そう言われて、あっさりとオレ達は『シルバー&ゴースト』を仕舞った。
「ならば誰が黒幕なんだ?」
分かってはいたんだ。
ロウと【パーシーバー】が相手なら、オレ達相手にあんな追い詰められた手段は執らない。
オレ達の油断を突いて、毒を飲ませた後で襲いかかってくるだろうって。
「また出だしから調べるしか無いだろう」
そう言ってロウは杖で地べたを突いた。
ロウは不機嫌な時に、杖で地べたを何度も突く癖がある。
「……どうせ【乱訴帝】か【赤斧帝】のばらまいた種が、人の勝手知らぬ間に根を生やしただけだろうがな……」
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ロウの名前はロウ・ゼーザ。
元々は大貴族ゼーザ家の一人息子だった。
生まれついての盲目だったものの、本来ならば貧民街で暮らすような人間じゃなかったのだ。
しかし【赤斧帝】の前の皇帝(※テオの祖父でもある)【乱訴帝】によって家長であった父親が処刑された上に、見せしめとして遺体を――こっちの世界で最も忌まれる対象である【獄人】にされてしまう。
こっちの世界では、死体に月光を浴びせ続けると、やがて再び動き出す。
……生き返った訳じゃない。
魂亡き骸に月光の魔力が一定以上蓄積してしまうと、見境無く暴れる――いわばゾンビのようなバケモノになるのである。
この【獄人】になったとされると魂は永遠の地獄に堕ちたと見なされ、一族の中から出たともなれば、どれ程の大貴族であろうとも諸共に差別対象になってしまう。
『最も惨い処刑方法や残忍な拷問よりも【獄人】になる方が恐ろしい』
『どれ程の極悪人であろうとも、死体だけは埋葬しなければならない』
――それが、こちらの社会通念なのだった。
ゼーザ一族も例外では無く、あっと言う間に没落したそうだ。
……ロウの母親は何をしていたのかって?
ずっと不倫していた上に、あっさりと他の貴族の妾になって自分だけは泥船から逃げたんだ。
そもそもロウ本人も母親の不倫の結果、生まれている。
【精霊】は皇統の血を強く受け継ぐ者にしか従える事は出来ない。
ロウの実の父親は悪くて【乱訴帝】か、運が良くて人妻と不倫をした皇子の誰かだ。
だが、ロウはそれだけは認めるのが絶対に嫌らしい。
貧民街で暮らす羽目になっても、どれだけ不遇な目に遭っても、「俺の父親はアウルガ・ゼーザだ」とずっと言い張っているのだそうだ。
『目が見えなくたって愛情は見えるわ。ロウは生きていく上で必要な全てを父親のアウルガから貰ったの。そのアウルガを裏切り、傷つけ、殺すのみならず魂の尊厳さえも奪った連中なんて……ロウからすれば死んだって認めたくないのよ。
貴方たちがロウの存在を皇太子達に暴露すると言うのなら、それでも良いわ。このパーシーバーちゃんがロウの望まないものは、いつであろうと何であろうと全部壊してあげるもの』
初対面の時、オレ達は当然ながら「どうして【精霊】を従える者が貧民街にいるんだ!?」と驚いたが、【パーシーバー】は真正面からオレ達を見据えた。
こんな時にテオが話すとナチュラルに上から目線になってしまって良くないので、オレが代わりに話す。
『大枚はたいてようやく掴んだ裏社会の事情通だ。オレ達『シャドウ』に協力してくれる限り秘密は守るさ』
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「それより、ちょっと用立ててくれないか。情報収集の必要経費」
「またか!?またかロウ!?」
テオは渋ったがロウが手の平をしつこくこちらへ突き出してくるものだから、嫌々ながらも金を渡した。
渡したは渡したが、たまりかねて文句を言う。
「良いか、ロウ達こそ知っているだろうが、僕だって身分の割に金持ちじゃないんだ。僕が公的には何の成果も上げていないから、毎月貰える皇室の予算が驚く程に少なくて――」
しかし、受け取るなりロウは金額をしっかりと確かめてから、オレ達にもう用は無いとばかりに、さっさと寝床に入り込んでしまった。
ブッ!とトドメに屁までしてから、
「そんなのはオマエが好き勝手に隠れて『シャドウ』をやっているからで、俺達の知った事じゃあ無い。おい【パーシーバー】、これで明日は借金取り共が大人しくなるぞ!」
(あ、相変わらず自由気ままなヤツだな……)
(公権力が嫌いなのは仕方ないとしても腹が立つ!)
(クノハルもそうだけどさ、兄妹揃ってオレ達に対する当たりが強いんだよなあ……)
(なまじ実力があるが故に全く僕達に忖度しない所が、苛立たしいくらいにうり二つだ!)
『良かったわねーっ!でも、そのお金はちゃんと借金返済に充てるのよ!?絶対に絶対に絶―っ対に賭け事とかに浪費しちゃ駄目だからねっ!ねっ、ロウ?あら、ロウ……?もう、ロウったら!』
【パーシーバー】がロウの頭をポンポンと叩いたが、ロウは早くも狸寝入りしていたのだった。




