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ガン=カタ皇子、夜に踊る――無気力な第十二皇子は影で悪と戦っています――  作者: 2626


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第三話 邪悪なる下僕×救済済み君主

 『……ハウロットは処分した。私達の事を自白する前に』

【精霊スレイブ】は『戻ってきた左腕』を吸収し、そこから情報を得ながら、己を従える者に報告する。

『しかし……問題だぞ。「シャドウ」については未だ完全に正体不明なのだから』


 『シャドウ』とは、最近になって帝都の民の間で噂になっている謎の戦士である。

 道化師の仮面に黒装束、閃光を放つ白銀と黒鋼の武器をそれぞれ両手に宿す。

 その常人離れした戦闘力もさることながら、神出鬼没で身元不明。

 おまけに帝都に蔓延る『邪悪』――つまり『彼ら』のような存在とは全く相容れない相手なのである。


 「どうせ、皇太子の放った密偵の一人でしょ。あーあ、ハウロットの代わりをどうしよう?」

彼を従える者はハウロットの死を悼む事もなく、半分ウンザリした顔で言う。

『それについてだが……以前にニテロド一族から申し出があったのを覚えているか?』

「こっちにもっと【神の血】を流してくれ……ってヤツ?無理だよ、これ以上は。原材料を養ってたトロレト村だって帝国軍に潰されちゃったんだもん」

『それでも、彼らの権力ならば原材料を集めるのも容易くなるだろう』

「あー……そうかもね。とにかくこのままやられっぱなしには出来ないもんね。取引でも何でもして皇太子をやっつけなくちゃ!」

そう言ってから『彼女』はとても楽しそうに、嬉しそうに――無邪気なくらいに笑った。

「だって、このままじゃ『おとうさん』にずっと会えないままだもん!」

『……』

いきなり【精霊スレイブ】は黙り込んだ。

その不自然さと違和感に気付かないまま、彼女は続ける。

「わたしが頑張ったら、きっと『おとうさん』だって褒めてくれるよね!だって、だって、たった一人の『おとうさん』なんだもんね!」




*******************

 権力者とは孤独で臆病なものである。

その立場故に対等な友人を持つことも出来ないし、その立場が全て故に臆病過ぎるまでに権力に固執する。

けれども彼は、有能な臆病者でありながらも、己が権力者となる事と権力者であり続ける事を恐れてはいなかった。

孤独である事から死ぬまで逃れられぬ己が運命を、呪いも、恨みもしていなかった。


 彼の心と魂は、呪詛や憎悪、悲哀や怨恨と言った負の感情からは完全に救済されてしまったのだ。




 世界の覇者たるガルヴァリナ帝国の正統な皇統をその身に受け継ぐ、皇太子ヴァンドリックは幼い頃からその将来を嘱望されていた麒麟児である。

それこそ父帝である【赤斧帝】が健在であった頃には大層可愛がられて、何と彼が3つの時に皇太子の位を授けられた程だった。

単に学芸の才や武術の腕前だけなら、もっと得意としている皇子も他にいない訳では無かったが、ヴァンドリックには将来の大国の統治者となるべき決定的な才覚が――いや、不可欠な資質があった。


 ありとあらゆる人を引き寄せる魅力と、未来を見据えた上で一切の私情無くして決断できる冷静さがあったのである。

やや頑固なところがあって、一度やると決めた事は絶対に貫き通す所も【赤斧帝】からはいたく贔屓にされていた。




 そのヴァンドリックには同母の弟テオドリックがいた。

この弟も兄ほどでは無いが利口な皇子で、皇太子である兄を何より敬い慕っていた事もあって、二人はとても仲の良い兄弟であった。

【赤斧帝】がある日から乱心していくに伴い、彼らへの寵愛さえも消えていき、やがて戦争、臣下臣民の処刑、虐殺のような惨い行いばかりするようになっても、二人は力を合わせてどうにか生きていた。


 しかし、ある日ヴァンドリックは荒れていく一方の帝国を憂いて、とうとう【赤斧帝】に諌言をしてしまったのである。


 見た目だけは美しいが邪悪な性根の女達や賄賂まみれの宦官ばかりを侍らせ、無用な戦争に赴く時以外は酒池肉林に溺れ、かつての偉大で英明な姿は何処へ行ったのか、悪い方向にばかり堕ちていく――それでもかつて彼が誰より尊敬し愛した父親を止めたくて、若者らしくどうしようも無く一人思い詰めた挙げ句――弟にも臣下にも相談せずにやってしまったのだ。


 当然ながら【赤斧帝】は激怒した。

激怒してヴァンドリックから皇太子の地位を奪うのみならず、すぐさま公開処刑を命じた。


 「息絶えるまで処刑場で鞭打ちにせよ!」


 一方、ヴァンドリックは己の死をも覚悟していたので、粛々とその死刑宣告を受け入れた。

――が、ここで彼にとって最悪にして最愛の予想外が発生する。


 「陛下は『誰を処せ』とは仰らなかった。兄上、ならば僕が鞭打ちにされましょう」

事態を知った弟テオドリックが自ら身代わりとなってしまったのである。

「駄目だ!」

ヴァンドリックは当然ながら抵抗したが、もはや後の無い臣下や婚約者のミマナ姫達によって押さえ込まれてしまった。

荒廃していくのみの帝国にとってはこのヴァンドリックだけが、唯一の残された希望なのである。

それを理解していてもなお――放せ、止めろと藻掻く兄へ――テオドリックは処刑場へ引き立てられながら、こう言い残した。

「兄上、もはやお互いこれまでのように親しく見える事は二度とは無いでしょう。帝国を頼みます。ですが……もし月に面影を思い出して下さるならば、またお目にかかれる事もありましょう」




 第一皇子ヴァンドリックは目の前で弟が殺される一部始終を見なければならなかったし、その後で彼は徹底的に幽閉されてしまった。


 けれども、この時からこの若者は『傑物』と呼ばれるに相応しい働きをする。


 弟の処刑で完全に心を折られて堕落したふりをしつつ、信頼できる臣下を密かに動かして己の賛同者を増やす。

長年の暴政に戦乱で【赤斧帝】に不満を抱く者は大勢いた――その者らを次々と自陣へ取り込んでいったのだ。

そして【赤斧帝】が戦争に赴いて帝国城に不在の隙を突いて、決起。

後に【破斧の戦い】と呼ばれる数々の戦乱を制して父帝を打倒、己が年若いが故に周辺諸国に侮られぬように叔父の一人を【善良帝】として即位させ、その身は皇太子の地位に返り咲いたのだった。




 彼は弟が処刑された時に、完璧なまでに救われてしまった。

自己犠牲がこの世で最も美しくて残酷な呪いと救いであるならば、彼はもはやそれ以外からは汚される事が無くなってしまった。

一度は死んだ弟が蘇生したものの処刑の後遺症で下半身不随となって、二度と彼と会おうとしなくなっても――彼はその呪いと救いにいつだって守られているのだった。

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