第二話 無気力系皇子×影に潜む戦士
「――まさか?!」
ハウロットが顔色を変える。
「おい、アイツを喰え!先にだ!」
次の瞬間ハウロットはそう命令するなり、振り返りもせずに隠し扉から逃げていった。
が、このまま素直に逃がしてやる程オレ達は甘くも優しく無いんだ。
「――ガン=カタForm.9『ハーミット』」
2丁拳銃『シルバー&ゴースト』を構えながら、オレ達は【虚魂獣】共の中へ突撃した。
零距離で繰り出される【固有魔法】と異形の拳やらを完全に見切り、ふわりふわりと踊るように躱しながら数多の魔弾を放つ。
瞬時に多数を制圧する――一対多数の圧倒的不利な状況を想定して考案された、この最強の近接格闘銃術こそ、オレ達の『ガン=カタ』である!
Form.9『ハーミット』とは、その中でも『回避』に最大の重点を置いた『型』だ。
どうしてこの『型』を選んだかって?
潜入調査員の彼女の安全のために決まっているだろうが。
万が一にも誤射したら、可哀想が過ぎる。
「ぐ、お……」
呻き声を断末魔に次々倒れる【虚魂獣】共を飛び越えて、オレ達はハウロットを追った。
「待って!」
背後で潜入調査員が叫ぶが、悪いな、今はヤツを追い詰めるのが先だ!
――が、一歩遅かった。
「ははは……まさか噂の『シャドウ』が出てくるとはな……」
路地裏に追い詰めたと思ったハウロットが無様に喚き散らしていたので、オレ達は黙って『シルバー&ゴースト』で狙いを定めた。
殺しはしない。
だが、当分の間は動けなくしてやる。
袋の鼠となったハウロットは【神の血】を取り出して己に突き刺そうとしたが、足下に投げ捨てて笑い出した。
「いいや!幾ら『シャドウ』だろうと!所詮は下賤だ!我が主には敵うまい!」
それがハウロットの最期だった。
投げ捨てた【神の血】が地面に落ちて突き刺さったところから、何者かの黒い左腕が伸びた。
その腕は一瞬でハウロットの首に絡みついたかと思うと、鈍い音を立ててへし折った。
グシャリとハウロットの体が地べたに倒れると、その腕はまるで蛇のように瞬く間に逃げ去ったのだ。
「何て事……!」
オレ達を追いかけてきたらしい。
背後で潜入調査員が絶句する。
(……黒幕、絶対に追い詰めるぞ、テオ)
(無論だ、トオル)
オレ達は「待って頂戴!」と潜入調査員が叫ぶ直前に、路地裏の壁を駆け上って姿をくらましたのだった。
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テオドリック・ネロキアス・ガルヴァリーノスはガルヴァリナ帝国の正統な皇室に生まれた十二番目の皇子だ。
でも、『無気力な第十二皇子』と周りからは半ば疎まれ、半ば哀れまれている。
なまじ同母兄のヴァンドリック・ネロキアス・ガルヴァリーノスが、幼少期から天才児だの神童だのと呼ばれていた上、凶悪非道で恐れられた先の皇帝【赤斧帝】を帝位から若くして追い払い、今上帝である【善良帝】を即位させ、自らは再び皇太子の地位に就いた『傑物』(オレに言わせれば怪物)なので、比較対象として余計に冷遇されているのだった。
テオドリックことテオが皇太子の地位を狙う可能性があるから?
兄ヴァンドリックから邪険にされているから?
悪いが、それらの質問の答えは否だ。
テオは絶対に皇太子にはなれないし、兄ヴァンドリックだけはテオに対してずっと心を砕いているからな。
テオは己の足で歩けなくなった。一生、車椅子生活だ。
人前で喋らなくなった。いつも下を向いている。
何もしなくなった。他の皇子や皇女達は色々な功績を挙げようと躍起になっているのにだ。
そんな有様だから帝国城でも後宮でも、『テオに仕える』=『左遷』を意味する言葉になった。
唯一の救いは婚約者がいる事だけれど、この婚約者は『捨てられ姫』と言う侮辱じみたあだ名が付いている。察してくれ。
そんな悪評不評も全て知らぬ存ぜぬのフリをして、【黒葉宮】と言う狭くて陰気な離宮で、テオは毎日怠惰に引きこもりニート生活を送っているのだった。
表向きは。
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【黒葉宮】の隠し扉を特殊な符丁でノックすると、すぐに開いた。
「お帰りなさいませ、テオ様」
テオの婚約者であるユルルアちゃんがオレ達を出迎えてくれる。
「それで、どうだったんだ?」
今宵の首尾を訊ねつつ、やって来た宦官のオユアーヴに『シルバー&ゴースト』を渡してメンテナンスを頼んでから、
「黒幕に、逃げられてしまった」
とても忌々しげにテオは答えるのだった。
「殿下が相手を逃がすなんて……何があったのですか?」
男装の女官僚、クノハルが車椅子を押してきたので遠慮無くオレ達は腰掛ける。
そのまま丸いテーブルの前まで押して運ばれると、ユルルアちゃんが暖かな飲み物を用意してくれている所だった。
「まあ、座ってくれ」
ユルルアちゃん、クノハル、オユアーヴが着席したところで、軽く一服する。
――一息ついたところで、さっき起きた事をどう説明したものか悩みながらも、テオは話し始めた。
「追い詰めたハウロットを……【精霊】が始末したのだ」
「【精霊】だと!?かの【精霊】で本当に間違いないのか!?ガルヴァリナ帝国の皇統を強く宿す者だけが希に従える事が出来ると言う……」
オユアーヴもそうだが、クノハルもユルルアちゃんも目を見張った。
「間違いない。僕にも【精霊クラウン】がいるから、断言できる」
何を隠そう【精霊クラウン】とは、オレことトオルの事である。
オレとテオは二人でやっと一人前なのだ。
しばし沈黙した後で、クノハルが顔をしかめて口にする。
「――確かに【精霊】は【精霊】を従える者同士にしか基本的には認識できない、そう本にも書かれていました」
「嫌だわ……黒幕は皇統の者、つまり皇族のどなたかと言う事なのかしら?」
怯えたような顔をするユルルアちゃんを慰めるようにテオは言った。
「まだ確定した訳じゃない。それに……」
ウンザリした様子でクノハルも頷いた。
「【乱詛帝】、【赤斧帝】と二代に渡って戦乱や暴政が続きましたから……正直、何処の誰が皇族の血を引いているのかの判別も出来ませんしね」
【乱訴帝】は女好きで有名だったし、【赤斧帝】は己に従わない村や街を自ら出向いて焼き払う事も多々あった。
おまけに両者とも、あっちこっちで美女を拉致とかしていたからな……。
「恐らくはな。――ところでゲイブンは?」
そう訊ねつつも、テオもオレも大体予想は付いている。
クスッとユルルアちゃんが微笑んで、
「いつも通り、熟睡していますわよ」
「では明日入れ替わると伝えてくれ。僕はこれから【よろず屋アウルガ】に向かう」
「もう少し……ゆっくりされませんの?」
悲しそうなユルルアちゃんの顔に手をやって優しく撫でながら、テオは砂糖を塊で蜂蜜に突っ込んだかのように甘すぎる声を出した。
「済まない、ユルルア。でも明日こそ共に学院に通おう。誰よりも愛している」
「ま、まあテオ様っ!そんな、情熱的な……ああっ」
ごめん。
突然始まったメロドラマに、オレもついて行けない……。
と思っていたらクノハルも無理だったらしくて、
「お二人が慕いあっているのは重々承知の上ですので、また今度にして下さいませんか。毎度のことながら胸焼けがします」
完全に脳内お花畑でメロメロのユルルアちゃんはいざ知らず、邪魔されたテオはかなり怒った。
「少しは忖度しろ、クノハル!」
「殿下に威厳が無いからです」
……もの凄く冷たく反論された。
(うわー、相変わらず辛辣だな……)
(幾ら最上級官僚試験を首席で突破していてもだ、これは左遷されて当然だ!)
「もう良い!明日の夕刻には戻る!」
オレ達はオユアーヴが迅速にメンテナンスを終えた『シルバー&ゴースト』を受け取ると、また隠し扉から外に忍び出たのだった。




