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ガン=カタ皇子、夜に踊る――無気力な第十二皇子は影で悪と戦っています――  作者: 2626


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第十話 悪意の曖昧、蒙昧な汚濁×ガン=カタのマスターは

 閃いた!

『塩』だ。

私の【汚濁】を使った『塩』を『頭の良くなる薬』として広めれば、更なる魂を集めるための撒き餌になる。

魂をかじった連中で実験して分かった。

私が一度【汚濁】させたものを体内に取り入れた人間は、私の言いなりになるのだ。




 ……。

『頭の良くなる薬』なんていかにも胡散臭く思えるだろうが、正体はただの『塩』なのだから『悪質な冗談』で済ませるしかないだろう。

しかも、『塩』そのものに毒性がある訳では無いから、調べても何も出てこない。

あの【帝国治安省】であっても私に手出しは出来ないはずだ。


 そんな事を私は考えながら、またこの資料保管室にやってきた――最上級官僚試験を首席で突破した生意気な女を見つめていた。

確か、クノハルとか言う名前の。

生意気にも男装して資料保管室に入り浸り、ハエ共とも親しくしていた……。


 さて、貴様の魂は、どんな味がするのだろうな?

 魂をかじった後は、どうしようかな?


 そうだ。

全部が私の言いなりになるのだから、少しくらい体の方も味見したって構うまい。

いつも反抗的なこの女を泣き叫ばせる光景を想像するだけで、思わず涎が出そうになった。


 ――全身の肌がゾクゾクとあわ立って、下半身が硬くなるのが分かる。

もっと楽しい事をしたい。

今まで不遇だった人生を、取り返したい!

そうだ!

もっとだ!

もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと――!!!


 クノハルが、私の方を不審そうな顔をして見た。

……いけない、少し視線に熱がこもってしまっていたようだ。

とは言え、今の私は【曖昧】で全部を誤魔化しているので、絶対に露呈する訳が無い。


 ――さあ、貴様も汚濁に染まれ。




*******************

 ――夜。

家に帰っても静かなのは、とても良い。

多少のゴミを片づける者がいないのは仕方ないとして、今はこの静けさを一番に愛そう。




 「……ふ、ふう、っ」

【曖昧】を解除して本来の姿になった私は、ベロリと唇を舐めた。

以前だったら【曖昧】を使える時間は一日につきほんの数分だったのに、今では幾ら使っても全く疲れない。

その分、人間の魂をかじる必要があるが、疲れと比べたら実に些細な事だ。

凄い存在となった私に魂をかじられる事を、むしろ光栄に思うべきだろう。




 「【曖昧】……追加で【汚濁】か」

 「母親を自宅の庭に埋める、腐敗した精神性にはおあつらえ向きだな」




 「だ、誰だ、っ!?」

思わず叫んだ私の目の前に登場したのは、奇妙な姿の道化師だった。


 黒装束。

 銀色と黒鋼色の不思議な――武器?


 「誰と聞かれたら応えてやろう」

 「ガン=カタを愛する者として!」




 咄嗟に【曖昧】を使って私の位置をぼやかした。

この道化師からは今すぐ逃げなければ、と本能的に思った。

けれども、閃光と轟音が瞬いたかと思うと、私の体のあちこちから液体が噴き出す。

私の血。

私の、大事な――。

「――ぎゃああああああああああああああああああああああ!?」

一拍遅れて、体中から激痛が襲ってきた。


 痛い!

 痛い!


 のたうち回りながら私は苦し紛れに【汚濁】の原液を滅茶苦茶に口から吐き出した。

それは壁に天井に床に、あちこちの家具に染み渡って、突き刺すような異臭を漂わせる。

ほんの僅かにでもその【汚濁】に触れれば、こちらのものなのに――。


 ――こちらのもの、だったはずなのに。

当たらない!


 道化師は無駄の無い不思議な動きで全ての【汚濁】を躱し、その間も閃光と轟音と激痛が止まらない!


 「な、何で、っ!ど、どうして、っ!?」

私は逃げながら、這いずりながら、思わず叫んでいた。

だって、こんなのはおかしすぎるだろう。

私は凄い存在なのだ。

誰よりも、凄くなったはずなのだ。

なのに、どうしてこんな目に――。

「わ、私は、す、す、す、凄い存在に、っ!だ、誰よりも、っ!す、す、す、凄い存在に、な、な、なったはず、な、なのにー、っ!!!」


 返ってきたのは、冷酷な――まるで戦い慣れた戦士が忌まわしい敵と相対した時のような――無慈悲な返事だった。


 「残念だったな」

 「それこそ【曖昧】な妄想が見せた【汚濁】でしか無いのだ!」




*******************

 ――イルン・デウの身柄は【帝国治安省】でなく【帝国情報省】に移送された。

【帝国治安省】ではニテロド一族の息のかかった者に暗殺されかねないからだ。




 「あの舐めるような視線を二度と浴びなくて良いのかと思うと、正直、ほっとします」

クノハルは温かい茶を飲んで、ふう、と一息ついた。

「――どの道、【神の血】に手を出した者は極刑だ。ニテロド一族の炙り出しに使われるだけ使われて、それでお終いだろう」

とテオは大声を出した。

ユルルアちゃん達と一緒にオレ達も一服決め込みたい所だったが、何せ戦い終わった後で、腰や背中が痛いので奥の部屋で寝込んでいる。

開け放たれた扉越しに会話するだけで……ちょっと背中側が痛くなる……。

「ニテロド一族は、どうするだろうな?」

オユアーヴがお代わりのお茶をユルルアちゃん、クノハルの持つ茶器に順番に注ぎながら、オレ達に聞こえる程度の声で呟いた。

最初にお代わりを貰ったユルルアちゃんは、浮かない顔をしている。

「……きっと、また生贄を出すのではないかしら。所謂、体の良い『身代わり』として、適当な身内を切り捨てる……。私の時も、そうだったから」

その声にはまだ悲しみが残っていた。

だから、テオはきっぱりと言う。

「僕は君を捨てない。何があってもだ」

ユルルアちゃんは微笑んでくれた。

「ええ、テオ様は真心から私を慈しんでくれていますもの」

テオは枕に顔を埋めて、オレだけに聞こえるように呟く。


 (君は、僕達に残された最後の……『大事な人』なんだ)

 (愛しているって今言ってやれよ)

 (言うから、トオルは耳を塞いでいろ)


 オレが大人しく耳を塞ぐと、テオは何か言った。

クノハルとオユアーヴがこちらを向いて、もの凄く呆れた顔をする。

でも、ユルルアちゃんが満面の笑顔で――テオに駆け寄った上に力一杯抱きついてきた所為で、オレにまで激痛がーーーーーっ!!!

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