第一話 最強のSF格闘銃術×異世界人生リトライ
お互い、一度死んだくらいじゃ死にきれなかった事だけは間違いない。
人間には不完全なヤツしかいない。
己の不完全をなすり付けては相手の不完全をなすり付けられ、四六時中ギーギーと不協和音を軋ませている。
でも、たまに出てくるんだ。
奇跡的に不完全と不完全が噛み合って、完璧な結晶みたいになる事が。
オレ達は一度死んだ結果、無二の相棒にして親友を手に入れた。
*******************
とても懐かしくて忘れられない――オレが一度死ぬ前、『トオル』だった頃の思い出話をさせてくれ。
――その映画を見た瞬間、オレ達の頭の中に稲妻が走ったんだ。
邦題『リベリオン』。
ごく一部のマニアの中でカルト的な人気を誇る近未来ディストピアSFアクション映画だ。
超大作のマトリックスシリーズの影に隠れて一般には知られていないが、何がこの映画をして、熱狂的な信者を獲得するほどの映像作品たらしめたか。
答えは一つ。
合計10分にも見たぬ間、スクリーンに映されたSF戦闘格闘銃術――『ガン=カタ』である。
『ガン=カタ』とは銃の型……すなわち銃と東洋武術の型を由来として名付けられた架空の格闘銃術である。
元々は低予算ながらも派手なガンアクションシーンを撮りたいがために、苦労して考案されたムービーアクションだ。
ほら、ガンアクションって基本的には『撃つ』、『撃たれる』の2パターンしか無くて絵面が退屈だろう?
そこを爆発シーンや派手なエフェクトで映画として盛り上げるためには、とにかく予算が要るんだ。
『リベリオン』の中の設定では――膨大な戦闘情報を統計学の元に分析、集計した結果導き出された、最も効率的な体捌きと攻撃位置、銃口の向きから敵の銃弾の弾道を予測して完全に避け、かつ己の銃弾を命中させる技を幾つも持つ。
それらを東洋武術の型のように様々な戦況に応じて使い分け、かつ柔軟に組み合わせるのだ。
基本的に一対多数で瞬時にその多数を制圧する状況を想定しているが、これが『ガン=カタ』の達人同士の戦いだとそうはいかない。
互いに弾道は見切っているので遠距離戦だと99%決着が付かない。
だから、超肉弾戦で相手の型を崩しあい、かつ己の銃撃をたたき込む命がけの激闘になる。
近接格闘に銃を組み合わせているが故にただの一撃で勝敗が決まってしまう、実に迫力のあるバトルシーンになるのだ。
映画『リベリオン』そのものは不評で、興行収入も悲惨な結末に終わったものの、これこそを嚆矢として『ガン=カタ』の遺伝子は世界中にぶちまけられ、その遺伝子を受容する土台のあった地で芽生いては結実し、そしてまた新たな『ガン=カタ』の遺伝子を拡散させていった……。
何を隠そう、オレもその遺伝子を直に受容した者の一人である。
*******************
長い歴史を有するガルヴァリナ帝国が帝都ガルヴァリーシャナは、眠る事が無い。
昼と夜では闊歩する連中がガラリと異なるし、壮麗で治安の良い貴族街から、常時に危険極まりない無法地帯の貧民街に至る多種多様な姿を擁している巨大な都でもある。
今宵、その貧民街の一角では悍ましい違法物の取引が行われていた。
この数年、帝都でどこからともなく蔓延り始めた、反吐が出そうな程に邪悪な代物である。
(【固有魔法】を一つ増やす代わりに、人の魂を貪るバケモノ【虚魂獣】に変貌する、か)
(誰が何のために、かくも非道な代物を生み出したのだろうな……)
そんな事を考えながら、じっと身を潜めているオレ達の目前で、その違法物の取引が行われている。
【帝国治安省】――分かりやすく言えば『警察』に相当する組織の潜入調査員が、多大な犠牲を払ったものの、ついに違法物を帝都に売りさばく組織の親玉の所までたどり着いたのだ。
……ここに来てようやく分かったのだが、何とこの親玉の背後にまだ黒幕がいるようで、ソイツをもお縄にしなければ帝都に安寧の日が来る事は無いだろう。
「ああ、今夜は実に良い夜ですねえ。月が怖いくらいに美しいじゃありませんか」
貧民街の一角、廃屋に近しい建物の中。
潜入調査員に向けて、そうやって穏和に挨拶した好々爺ハウロット・コーこそが親玉の正体である。
その人の良さそうな外面に油断は出来ない。
何故ならこの老爺こそが、平和だった田舎の村一つを丸ごと違法物の『原材料』の飼育拠点に変貌させた、世界指折りの大悪党だからだ。
元々は旅人を襲撃し、女子供は拉致して売り飛ばす凶悪な盗賊団の頭目だったらしい。
あまりの悪行乱行に地方の行政庁から帝国城に直訴が飛んできたくらいだ。
結果、盗賊団は討伐されたが、しぶとくコイツ一匹だけが逃げ延びた。
そこからもっとエグい犯罪に手を染めて――最終的にこの違法物【神の血】を取り扱う組織の親玉となった所までは判明している。
「本当に。それで、お願いしたモノは100個用意できたのですか」
潜入調査員は淡々と話す。場合に応じて色仕掛けも出来るようにか、うら若い美女が選ばれているらしい。
「頂くモノさえ頂けるなら確実に用意しますよ。……でも100個もコレをお求めになるだなんて、まるでこの帝国に反逆を考えているようですねえ?」
「相手の事情に深入りは不要。そう仰ったのは貴方でしょう?」
「ははは、違いない」
軽く笑ってハウロットは【神の血】が詰め込まれているのであろう、豪華な木箱に手を伸ばし、机の上に置いて潜入調査員の方へ押しやった。
「まあ、まずはこれから。――どうぞお改めを」
「どうも」
と小声で言って、木箱の蓋を開けた潜入調査員の手が固まる。
「……!」
「どうしたんです?」
ハウロットは微笑んでいる。
穏やかに。静かに。
鋭い眼光以外は、笑っている。
「まさかとは思いますが、『コレ』とはお知り合いだったのですかねえ?」
(……マジで良い趣味してんな、許さねえ!)
(まだだ。抑えろトオル!)
木箱の中にあったのは先日から行方不明になっていた、別の潜入調査員の生首だった。
「……」
潜入調査員は黙って木箱に蓋をした。
「取引は不成立、と言う事ですね?ははは!」
にんまり。ハウロットはしたり顔で大いに嗤う。
ハウロットの手下共もつられて大笑いした。
「アンタらもコイツの仲間だろ?」
「【帝国治安省】の犬なら大人しく紐に繋がれとけってんだ!」
パチリとハウロットが指を鳴らすと、その手下共が次々と刃を抜いた。
「今度こそ自害させるなよ、女は楽しめるからな」
「分かってますよお頭!」
「でもさ、大人しくさせなきゃならねえでしょう?」
うんうん、とハウロットは満足げに頷く。
「そうだ、上手くやれよ。そうしたら後でお前達にも使わせてやるからな」
(もうオレ、限界だ!テオ、良いだろう!?)
(耐えろトオル!ここで逃したらどうなる!)
「……本っ当に嫌な男だわ」
小声で潜入調査員は呟いて、すぐさま笛を鳴らした。
鋭い音が周囲一帯に響き渡るが、涼しい顔をしてハウロットは告げた。
「そう来ると思っていたよ。だからここにいる『人間』は、俺達だけだ」
次の瞬間、手下共が雄叫びと共に【虚魂獣】へと変貌した。
この世界の人間は、体と精神が成人を迎えるとほぼ同時に、一つだけ【固有魔法】を得る。
強くて使い勝手の良い【固有魔法】から、何でそんな変なのを引き当てたんだ……?と不思議になるような【固有魔法】まで、本当に様々だ。
【神の血】は釘の形をしていて、一度でも己に突き刺した者【虚魂獣】の人生の何もかもを生贄とするが、この【固有魔法】をもう一つおまけで使えるようにするのだ。
……笛の音が響いたのに、何も物音がしない。
外で控えているはずの【帝国治安省】の同僚や協力者の動く気配が、ない。
「……。アタシを舐めないでくれるかしら?」
潜入調査員は素早く短刀を抜いた。
たった一人で対峙するのは文字通りバケモノの【虚魂獣】となった手下共なのに、並大抵の度胸じゃない。
「これじゃあ、俺が舐める前に骨も残さず喰われるかも知れんなあ……」
ハウロットが呆れ交じりで呟いた瞬間、【虚魂獣】達が彼女めがけて襲いかかった。
だけど、彼女は取り囲む【虚魂獣】よりも何よりも――真っ先に振り返ってオレ達の隠れている物影を見つめて、叫んだのだった。
「だ、誰!?」
そう聞かれたら、応えてやるしか無いじゃないか!
「誰と聞かれたら応えてやろう」
「ガン=カタを愛する者として!」
隠れていた物を片っ端から蹴っ飛ばして【虚魂獣】共を怯ませながら、オレ達はようやくこの修羅場の舞台に登場したのだった。




