第百六十六話
複雑に絡む心をほどいていこうとハルたちに心の内を語るエミリは心揺れている。
ハルが眠っている間にシルフェウスから巫女についての話をいろいろと聞かされていた。
「――巫女っていうのはね、みんなのためにいるの。巫女がいるおかげで多くのエルフは生きていける。巫女の祈りがエルフを守ってくれているの!」
巫女が捧げる祈りによって精霊樹が活性化し、それはエルフという種が生きるための力を与えてくれていた。
「そもそもエルフが長生きなのは、初代のエルフがこの星と契約したからなの。そして精霊樹に祈りをささげる代わりにたくさんの寿命が与えられることになったの。強い魔力を持っている人が多いのもそこに理由があるの」
初代エルフと星の契約というとんでもなくスケールの大きな話が出てきたことで、ハルとルナリアは驚いている。
エミリもこの話を聞いた時には同じ心境だったが、しかしハルたちと違うのは彼女が当のエルフであるということだった。
「今の話を聞いた私は、すごく遠い話だなあと思ったのと同時に――エルフだからそれが本当のことなんだなってわかったの」
そこでエミリは穏やかな表情でひと呼吸おく。
「……私は村ではずっと役立たずだって言われていて、でも本当の力をハルが解放してくれて、ルナリアもずっと一緒にいてくれた。だから、二人とずっと一緒にいたい……」
エミリは自分の心のうちを話す。これが本心であることはハルとルナリアに伝わっていた。
「でも、私はエルフだから、村じゃなくてエルフという種族のために何かをしたいとも思っているの。ミスネリアさんも同じことを考えているって話だったの。考えてみたら私は巫女という仕事について誰とも話したことがなかったの……それで、ミスネリアさんがどんなことを考えているのか聞いてみたの」
同じ立場の、巫女候補であるミスネリアとも話をしたようで、それは彼女のこれまでの考え方に大きな影響を及ぼしたようだった。
「ミスネリアさんにとって巫女というのはとても名誉な仕事で、自分からなりたいと真剣に目指していたの。もちろん住んでいた場所が潤うというのは理由の一つだったけど、あの人はエルフとしての自分にプライドを持っていて、真っすぐに巫女になることを目指していたの」
ハルたちは言葉を挟まずにエミリの話を聞いている。
その中で、あのミスネリアという女性ならばきっとそんな風に話すのだろうなとも思っていた。
「巫女といっても、ずっと大森林にいるわけじゃないし、色々な街に出向いて困っている人を助けたり、見込みのある人に声をかけたり色々やることがあるの」
ここまで聞いてきてエミリの気持ちがどちらに向いているのは、ハルもルナリアも理解している。
「だから、その、あの……」
エミリはそこから次の言葉が出てこない。
そして、みるみるうちに彼女の大きな目には涙が溜まっていく。
「エミリ、いいんだ。わかってるから」
「うんうん、エミリさん。大丈夫、私たちはエミリさんのこと大好きですから、エミリさんがやりたいことを全力で応援しますよ!」
穏やかに笑うハルはエミリの頭を撫で、背中を押すように微笑んだルナリアは背中を優しく撫でる。
「俺は最高の冒険者になる。俺の師匠であるゼンラインさんのように」
「私はハルさんと一緒に冒険者を続けて、最高の冒険者にとっての最高の相方になりたいです!」
ここで、ハル、ルナリアの順番でそれぞれの目標を口にする。
急なことであったため、何の話をしていたかわからなくなったエミリは涙を拭きながらキョトンとしている。
「俺たちには俺たちの目標がある。今はまだまだ足らないけど、いつかそこにたどり着けるように頑張るつもりだ」
「です!」
ハルはしゃがんでエミリと視線を合わせて続きを言葉にした。
「ここに来るまで、エミリの目的は中央大森林に来ること、巫女候補をいい感じに辞退すること、あとは俺たちの旅について行くことだった――そうだよな?」
その質問にエミリはこくりと頷いた。
どういう意図なのかわかっていないが、確かにハルの言うとおりで間違いはない。
「今言ったのは、エミリの目的だ。やりたいことじゃなく、これまでの旅の流れで目的としてあげていただけのものだ。でも、今のお前はやりたいことをちゃんと見つけた。俺たちがいるからじゃない、俺たちに言われたからじゃない。自分の目と耳で見聞きしたことを自分の中でちゃんと考えて、その結果エミリにとって巫女を目指すことがやりたいことになったんだ」
ハルは自分たちに目標があるように、エミリにも目標ができたということを言いたかった。
「ちょっと遠回りになったけど、俺にはさ、今のエミリの目は出会った時よりずっとキラキラ輝いているように見えるよ。前の目標がなくてただ動かされていたような目をしたエミリとは全然違うんだ」
ニッと笑ったハルにそう言われて、自覚がなかったエミリは驚いて目を見開く。
「わ、私そんな目をしてたの……?」
その問いかけにハルもルナリアも頷く。
急に恥ずかしくなってエミリは顔を真っ赤にして、その顔を見られないように手で覆う。
「それにだ、俺たちは冒険者。誰に縛られることもない。仮にここで一旦お別れすることになったとしても、またくるさ」
「はい! その時はそうですね……空を飛んでくるかもしれません!」
「うふふっ、そうなったら私もお空飛びたいな!」
「もちろんです!」
いろいろ悩んでいたエミリの既にエミリには涙はなく、笑顔があふれていた。
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