第百六十四話
「”アイスソーン”!」
ルナリアが先行して放った魔法は氷の茨。
彼女の呪文に呼応するように激しくうねる太い茨が次々に伸びていき、古龍の身体にまとわりついて動きを封じていく。
「”フローズンアロー”!」
次に撃ちだされたのはアイスアローの上位魔法で、大きめの氷の矢が古龍の背中に向かって数多く飛んでいく。
狙いは、先ほどシルフェウスがむしり取った翼の根元部分。
これまでの戦いで古龍の再生力の高さは痛感している。
だから、そこを凍らせて再生できないようにという作戦である。
「うおおおお!!」
「やああああ!」
矢が放たれると同時に、剣を手にしたハルと拳に魔力を込めたエミリは声をあげて古龍のもとへと向かっていた。
大きな声を上げ、自分たちに意識を集中させることで、ルナリアの魔法から注意を逸らさせる作戦だ。
「GURAAAAAA!」
痛みに苛立ちながら古龍は再度炎のブレスを放とうと大きな口を開ける。
ブレスを受けてもハルは耐えられる。
それは先ほどのやりとりでわかっていたが、エミリまで飲み込まれるわけにはいかない。
「エミリ!」
「うん!」
名前を呼んだハルは剣の腹を上にして横に構える。何も言わずともそこにエミリはひょいと飛び乗った。
「いっけええええ!」
乗ったエミリの跳躍を助けるために思い切り剣を振り抜く。
剣の後押し、自分の脚力――それらがエミリを勢いよく古龍へと接近させる。
「くらっええええええ!」
そして、眼前まで迫ると思い切り拳を頭にたたきつけて上から口を閉じさせる。
無理やり閉じさせられた口の中はブレスで渦巻いていたが、古龍に衝撃をもたらして霧散する。
なんとか再生しかけていた羽もルナリアの魔法によって全て凍り付いている。
「うちの女性陣二人がここまでやってくれたわけだ。……俺が力を見せないなんて選択肢はないよな? うおおおおおおお!」
ふっと気合みなぎる表情で飛び出したハルの身体が真っ赤に燃え上がる。
「エアブレス!」
ここにルナリアが援護するように風の魔法を送り込む。
魔法の援護によって、炎は更に強く強く燃え上がる。
ハル自身も、炎鎧の炎に火魔法を送り込んで更に火力を強めていた。
「――青い……」
見入るようにぼんやりとそう呟いたのは戦いを見ていたミスネリアだった。
先ほどまでの赤く燃える炎ではなく、燃焼温度が高い青い炎はこれまでの最高温度に達している。
今のハルの姿はまさに青き炎の化身だった。
「吹けよエアブリンガー! 燃え上がれ炎剣!」
身体に纏っていた全ての炎が徐々にエアブリンガーへと集約されていく。
緑がかったエアブリンガーの刀身は赤から青に、青から白へと変化している。
ハルが作り出した最大の火力が全てエアブリンガーに流し込まれていた。
「古龍、悪いな。これは、俺の最大の一撃だ!」
さすがに炎耐性があり、炎鎧を普段から使っているハルでもここまでの火力は初めてであり、身体への負担も大きい。
チリチリとむしばむように暴れる力をコントロールするのに神経をとがらせ、その表情は歯を食いしばるようだ。
スキル自己再生を使用することでなんとか今も踏ん張っていた。
「こいつはすごいね。だったら、最後の一押しだ。“ヒールボール”!」
少しでも力になれればとシルフェウスは残った魔力をかき集めて回復魔法をハルへと投げる。
「助かる!」
優しくやわらかなシルフェウスの回復魔法によって身体の負担が軽くなったのを感じた。
決して強力ではない魔法だったが、この全力の一撃を過不足なく打ち出す力を与えてくれた。
「くらえ、フレイムブリンガー!!!!」
うねるような炎の力強さを感じながらハルは剣を持てる全力で振り下ろす。
その動きだけで、周囲の温度が上がっていき見える範囲にいる者は全員汗をかいていた。
「GA、GAAAAAAA!?」
ありえないほどの強さを感じ取った古龍は悲鳴のような声をあげるが、瞬時にこと切れたため、その声はすぐに止まった。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
肩で大きく息をしながらハルが手にしていたエアブリンガーの刀身はあの炎の衝撃に耐えられなかったのか、黒く変色し、ボロボロと崩れている。
その目の前には炎で溶けるように真っ二つになり、ピクリとも動かなくなった古龍の姿があった。
「やりました!」
「や、やった!」
ハルが古龍を倒したことに喜ぶルナリアとエミリ。
それと同時にドサリという音がする。
「ハルさん!」
「ハル!」
焦ったように音がした方へ振り返ったルナリアとエミリがかけだす。
音の先では全力を出し尽くしたハルが倒れていた。
「はは、いや、彼はすごいねえ。はあ……」
力なく笑ったシルフェウスがハルのことを褒めようとするが、彼女の疲労も強く、意識を保っているだけで精一杯だった。
「シルフェウス様!」
それに気づいたミスネリアが慌てて背中から支えて、必死にあたりを見回す。
「誰か! 誰か来て下さい!」
シルフェウスをこのままにしておけない。
かといってどうすればいいかわからないため、神官の姿を探そうとして声をあげる。
「みんな避難しています、ハルさんとシルフェウスさんは私たちで運びましょう!」
「わ、わかりました!」
この場にいる元気な者は自分たちだけであるため、なんとか三人で二人のことを運んでいく。
実際にはハルのことをグラードに運ばせて、シルフェウスをルナリアとミスネリアが運ぶ形になった。
古龍が現れたり、シルフェウスが倒れたというドタバタで精霊であるグラードの存在は目立つことがなかった。
巫女であるシルフェウスはもちろんのこと、古龍を討伐したハルたちも特別待遇を受けて神殿内に部屋を用意されてそこでゆっくりと休めることとなった。
更には神殿側が回復魔法を使える人物を用意して、ハルたちの治療も行ってくれた。
それから数日後、ハルが目を覚ます……。
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