第百五十七話

　案内された先では、巫女ごとにそれぞれ部屋が用意されており、そこには質素ながらパーティの人数分だけのベッドが用意されていた。

　また、夕食も専属の料理人がいるらしく、それぞれに振る舞われた。

　しかし、ここに宿泊する上で決まりごとがあった。それは巫女同士の接触を禁じるというものだ。

　その理由をハルが確認すると、かなり昔のことだったが夜のうちに他の巫女に圧力をかけてわざと負けるように指示を出したものがいたということだった。

　その発覚以降は巫女の試練中は巫女同士が会うことを禁じていた。

　待機室では神官が目を光らせているため、そういった不正は行えないように対策がされていた。

　また、今回の試練で怪我をした者たちには手厚い治療が行われ、万全の状態で明日に臨むことができるようにしている。

　最終試練に残った巫女たち四人は、それぞれの思いを抱えながら一晩を過ごした……。

　翌朝、神官が起こしに来る前にエミリは目を覚ましていた。

　寝る前にハルとルナリアとおしゃべりをしたことで、緊張がほぐれてぐっすりと寝ることができた様子だ。

「エミリ、調子はどうだ？」

　ハルも既に目覚めて、出発の準備を終えていた。くるりとエミリのほうへ振り向くと彼女は顔を上げる。

「うん」

　返事をしたエミリは部屋の中で素振りをして身体の調子を確認していた。

　彼女の武器である魔導拳（鳳凰）を身に着けた状態で振るわれる拳は、武器の重さをみじんも感じさせず、軽やかに空を切っていく。だが空気を切る音はその軽やかさとは打って変わり、鋭いものだ。

「すごいです！」

　拳だけでなく、素早い足さばきを見せるエミリにルナリアは賞賛の声をかける。

「ルナリア、ありがとう。二人のおかげで調子がいいの。戦いの結果、どうなるかわからないけど……やれるだけやってみるの！」

　気合十分といった様子のエミリは次の戦いに向けて思いをはせる。

　戦うからには負けたくない、でもただ勝ち抜いてしまっては巫女になってしまうかもしれない――そんな葛藤を胸に抱えながら、エミリは開始の時間を静かに待っていた。

　その後部屋に朝食が運ばれて、それを軽く食べ、更に一時間が経過した九時過ぎごろ、いよいよエミリたちは会場に案内される。

「ここから真っすぐ進め」

　相変わらずの不愛想な表情と端的な口調で神官はそれだけ言うと、足を止めてエミリたちを見送る。

　進めと言われた通路は薄暗く、奥が見えないほど長い通路だった。

「エミリ、大丈夫か？」

「もちろんなの」

　ハルの問いかけに真剣な表情のエミリは即答する。その表情には一ミリの迷いも見られない。

　ここまでくるともうかける言葉はないとルナリアは何も言わず肩に手を置いて頷き、エミリも笑顔で頷いて返した。

　ゆっくりと歩き、暗く長い通路を抜けると、飛び込んできた眩しさに三人は一度目を瞑る。

　光と共に降り注いでくるのは、大勢の歓声だった。

「――わわっ！」

　エミリは驚いて数歩下がってしまう。

「おっと、大丈夫か？」

「一緒に行きましょうね」

　そのエミリの背中をハルが支え、ルナリアが優しく手を握る。

　ハルたちは歓声を受けても、動揺せずにエミリのことを支えている。

「……うん！」

　二人に勇気づけられたエミリは顔をあげて、前をしっかりと見据えて歩き出す。

　円形の石舞台の上には既に他の三人の候補が今か今かと待ち構えていた。

　彼女たちの付き添いも怪我が良くなったようで、一緒に舞台に上がっていた。

「ふむ、全員来たようだね」

　そう口にしたのは現在の白い装束をまとった、真っ白な長い髪の女性だった。

　白い目は、全てを見通しているかのような全能さを感じさせる。

「それでは、最終試練の説明は私の方から行うよ。私は当代の巫女で、名をシルフェウスと言う。こんな話し方だけど、一応女だよ。ふふっ」

　顔立ちや体つきから女性だということは誰もがわかっていたが、シルフェウスは冗談めかしてそんなことを言った。

「おやおや、滑ってしまったかな？　……まあいい、説明をしようじゃないか。一対一で戦ってもらって、勝ち抜いた者同士で決勝を行ってもらう――つもりだったんだ。事前の説明でもそうだったと思うんだけど、合っているかな？」

　その問いかけに誰ともなく頷く。

　昨日の試練終了後、神官からの説明では確かにそう言っていた。

　それを全員が記憶していた。

「――それをね、ちょっと変えようと思うんだ」

　手を合わせたシルフェウスは楽しそうにニコニコと笑っている。いたずらをしている子どものような笑顔だった。

「み、巫女様？」

「一体何を！？」

　近くにいた神官たちも聞いていなかったようで、困惑している。

「ふふっ、毎回さ、同じトーナメント戦で勝ち抜いてもらっても、ちょっと面白くないなあって思っていたんだよね。だから……バトルロイヤルにしよう！　巫女四人で同時に戦ってもらうんだ！」

　手を広げて宣言するシルフェウスは最高の笑顔になっていた。

　舞台上にいる全員がざわつく。

　それだけではなく、席を埋め尽くしている観客たちも、今回の運営を手伝っている運営サイドも全員が全員驚いている。

「ルールは単純、四人で戦って最後まで立っていた者が勝利。んっんっんー♪　もしかしたら、一人だけ狙われるなんてこともあるかもしれないね」

　いたずらっぽく笑いながら口元に手を当てたシルフェウスはエミリのことを見ている。

　参加者の中でエミリの身体は最も小さく、しかし前の試練で一番に到着したのはそのエミリである。

　今現在、最も巫女に近いのはエミリだと他の三人が理解していた。

「まあ、大丈夫だろ。エミリ、強いもんな」

　それはハルの言葉。ハルは、この状況にあって、エミリの勝利を疑わない。

「はい！　エミリさんは強いです！」

　ぐっと胸元で拳を作ったルナリアもその言葉に同調する。

　二人の言葉に、他の参加者はギリッと歯を噛みしめている。

　煽っているつもりではなく、心の底から言っているその言葉は、一層他の巫女候補三人をイラつかせていた。

「うんうん、いいじゃないか。それじゃあ戦いは一時間後！　ルール変更があったから、色々準備も必要だろうし、それくらいの時間があればいいよね。はい、というわけで神官さんたちは選手のみなさんを案内してくださあい！」

　明るいシルフェウスの掛け声とともにそれぞれのチームは神官に案内されていく――。