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戦国異聞  作者: 椎根津彦
抱卵の章
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行く末

 風が心地よい。

波も高くないし、これなら田原には昼過ぎに着くだろう。田原では藤吉郎たちが待っているはずだ。

「左兵衛さま」

声を掛けてきたのはお蓉さんだ。

「やあ。今度も助かったよ。忝ない」


 伊豆長浜の戦は散々だった。

なにしろ長浜は北条方の水軍の一大根拠地なのだ。城はないけど砦がある。後年ここは改修されて長浜城になるはずだ。

北条勢に偽装した一揆衆が今川方の興国寺城を攻めたのが三日前。その騒ぎは伊豆にも当然伝わっている。

陣触れとまではいかなくても、北条方の警戒度も高くなっていた様だった。

八百の一揆衆で長浜を攻めた。今回は当然俺も参加した。無論、今回は今川方に偽装している。


いやあ強かった北条水軍。水軍だから陸の戦は苦手かと思ったんだけど百人くらい討たれただろうか。

怪我はともかく、死人はもっと少なくて済むだろうと思っていたんだけど、甘かった。

うんぽる号の砲撃がなければ、俺も死んでたかもしれない…

なるべくなら、うんぽる号は戦闘に参加させたくなかったんだけど…。


 戦闘開始は夜明け前。

一揆衆が押していたのは最初だけだった。湊を攻めたて、船を繋いでいる索という策を切り、陸揚げしてある船は叩き壊した。

長浜砦に詰めていたのは三百ほどだった…と思う。

長浜勢は一斉に打ち掛かってきた。

一揆衆は気が緩んでいたのだろう、何しろ数は味方の方が多いのだ。

だけど、船を壊したのがまずかったのかもしれない、長浜勢の勢いは尋常じゃなかった。

普段船いくさにに備えているからだろう、矢数がやたら多いのだ。

鉄砲は少ないものの、矢を雨あられの様に打ち掛けてくる。逃げ場の無い船上での斬り込みを専門にしている連中だ。肝が座っている。味方の矢を背にしながらこちらに打ちかかってくるのだ。

今まで経験した戦いとは勝手が違いすぎた。

万が一の為に海上待機させているうんぽる号によく見えるよう、大草善四郎に炮烙火矢を上げさせた。ふと綺麗だな、と思った事が恥ずかしい。


 炮烙火矢が上がれば砲撃、という手筈になっている。

砲撃を機に、撤退を指示した。

砲撃が味方に当たらなかったのが不幸中の幸いだ。

砲撃で北条方は大混乱になったし、一揆衆も散り散りに逃げたから大半は助かっただろう。

俺達は奪った小早で命からがら逃げ出して、うんぽる号に合流した。一揆衆のうちから二十人ほどが俺達に付き従っている。

目的は達成した。

でもこれは…負け戦なんだろうな…。


 「…あらあら。九鬼水軍にお声を掛けていれば、もう少しましな戦になったのでは。手抜かりとは左兵衛さまらしくありませんね」

「駿河の海をまたがなきゃいけないだろう。はじめは声をかけようと思ってたんだけど、大仕掛けになりすぎると今川方にばれると思ってね」

「でも、うんぽる号で砲撃を」

「…直に湊に乗り付けて砲撃した訳じゃない。多分大丈夫だろう」

とは云うものの、正直不安だ。

まあ、悩んでもやっちまったものは仕方ない。

田原に着いたら、とりあえず飯を食おう。







 「…それがしならば」

「監物どのなら何とする」

「美濃攻めは致しませぬ」

「ほう」

柴田権六も佐久間半介も、顔を見合わせた。

「監物どのは搦手を攻めなさるか」

「はい。時はかかりまするが、味方の犠牲は避けられまする。それに、搦手などせずとも美濃斎藤家は痩せ干そっていきましょう」

「何故でござる」

自分の策を否定されたのかと思ったのか、権六は多少しかめ面だ。

「舅殿を討てなかった故にござる」

「さればこそ、今こそ美濃攻めを…」

言いかけた権六を半介が手で制した。半介は監物に目で先を促す。

「はい。舅殿は美濃から追い出した。さらに細作によれば、義龍どのは先日の戦の前に弟二人を手にかけた様子にござる」

「ほほう」

「よって、めでたく義龍どのは美濃の国主になったに見えまするが…それがしはそうは思いませぬ。義龍どのが政事を行うとする。常に舅殿の目を気にせねばならぬ。美濃に残った舅殿を慕う者共の目を気にせねばならぬ。それでは政事も骨抜きでごさる」

監物の言葉に黙っていられなくなったのか、今度は半介が口を開いた。

「監物どの、舅殿を慕う者共はこの尾張や他国に散ったのであろう。義龍どのが気にせねばならぬ事とは思わぬがのう。ワシも権六が云う通り、舅殿が此方に居ればこそ美濃攻めの大義名分を手にいれたと思うのじゃが」

「半介どのの云う通りじゃ。それに先代を追い出して国を治めて居るのは甲斐の武田もそうでござろう。……これではワシが義龍どのを庇うておるようじゃの、ガハハ」


 監物は権六の言葉に苦笑しながら先を続けた。

「武田とはまた事情が違うてござりまする。先代信虎どのを追放したのは、武田譜代の意を受けて、でござる。それに追い出された先も娘の嫁ぎ先の今川じゃ。今川は先代信虎どのより当代の晴信どのを取ったということでござろうな。翻って、美濃は追放ならまだしも戦になって居る。ちと拙うござるな」

「何故拙いのじゃ」

「…ようお考え下され。義龍どのは何もせずともいずれ美濃を譲られたお方でござるぞ」

「あ」

「成程のう」

「得心なされたか。武田などとは事情が違うのでござる。美濃のオトナ共も義龍どのの手腕は認めておったろう。義龍どのの弟たちも兄者を立ててよう仕えて居ったろうと思われまする。何故か。義龍どのが次の美濃の国主になるからじゃ」

「されど舅殿は、義龍どのより我らの大殿を買うて居られるように見受けられるが」

「…美濃は今のままではいずれ、うつけの馬前にくつわを並べねばならぬであろう、でござるか」

「左様でござる。舅殿は初めて大殿を見て、義龍どのにそう申されたとか」

「義龍どのに発破をかけたのでござる。今のままでは美濃は負けるぞ、ヌシも気張れ、と。我が子より婿が可愛い親など何処を探しても居りますまい。それが種かどうかは判りませぬが、ともかく義龍どのは拙うござった。我等はその綻びを更に大きゅうせねばならぬ。発破の言霊を真にせねばならぬ。故に急いて攻めてはならぬのでござる」



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