第29話 嵐の前の静けさ
1日とは存外速く過ぎ去るもので今は既にお昼時。
4限までの授業が終わっていた。
朝はまた1日が始まるのかとげんなりしていたのに既に12時なのだから驚かされる。
昨日はあんな事が起こった訳だが時間は何も変わらず進み続けていて、学校側も変わらず授業があって代わり映えしない1日が進んでいた。
もっとも派手な話題が大好物な若者にとって、昨日の出来事は非常に甘美な味がしたらしくそれをさらに味わいたいと、味の吟味に余念がない。
つまり昨日の出来事は尾ひれ背びれが付いて一人歩きし、SNSを駆使してクラスからクラスへと伝播していく。
その勢いは学校を飛び超えて遥か彼方へと拡散し、もはや誰もその勢いを止める事は出来ない状態だ。
学校側が情報規制を引いても子ども達にとってはそんな物は何の意味もなさない。
既に校内で昨日の事件を知らない物は誰もいないと言っても差し支えないレベルで浸透していた。
学校側もこうなると予測していたからこそ昨日の件を明るみに晒したのだろう。
もし隠し通せるなら隠し通すだろうから。
だってそうだろ?
この不景気の世の中だ。
学生の身分でもわかる程に世界は不景気なんだ。
親達の不興をかい、学生が入学して来なければ先にあるのは廃校だ。
そうなれば困るのはこの学校を管理する側の理事長とか校長とか教頭とかその他の先生達だ。
このご時世で職を失い、オマケにマイナスイメージなんて勲章を首からぶら下げてりゃお先真っ暗って奴だ。
だから学校側は今回の事を黙っていたかったに違いない。
しかしそうはいかない。
何せクラスメイト全員が証人なんだ。
好奇心旺盛で喋りたがりの子供の勢いなんて誰にも止められない。
それがわかってるからこそ教師達は今回の件を明るみに晒したのだ。だから表面的には何時も通りでも僕達生徒の見えないところではさぞかし騒がしく駆け回っているのだろう…。
「どうしたの?タクちゃん、黄昏ちゃって?」
「いや、別に…ただあんな事があったのに何時も通りだなぁって」
僕達は今開放されている屋上で昼メシを食べている。
冬柳さんの手作り弁当……とかでは無く普通に母さんが作った半分以上冷凍食品の物だ。
まぁ僕は冷凍食品が好きだし、わざわざ作ってくれた物にあーだこーだと文句なんて付けたれ何様だって話だしそもそも付けるつもりは無い。
冬柳さんの手作り弁当が食べれなくて残念だったな?
とか思われているならそれはお門違いだ。
彼女の場合、一人暮らししてるのだし料理スキルは波以上にある、ただ何が入れられるか解らないし感想を求められるのも何気にストレスだ。
毎回美味しいだとか在り来りな感想を口にしていたら何かしらのヘイトをかいそうで怖いのだ。
恋人が作ってくれた夢のお弁当なんかよりも平穏なコンビニ弁当や購買のパンを僕は優先したいね。
「美代達は性格がかなり陰湿だしね、いつかはこうなってたわよ」
「友達なのに随分ドライだね?」
「友達モドキよ、私も向こうもお互い友達なんて思ってないわ、たからイジメも出来るし、切り捨てるのも躊躇無く出来る」
「やっぱり女子はこぇ〜…」
「否定はしないけど男子だって私からすれば同じくらい怖いわ」
「そうなの?冬柳さんは男子とか路頭の石ころ程度にしか見えないと思ってた」
「石ころ程度の価値しかないのは否定しないわよ?でも石ころも踏めば痛いし、蹴躓いて転ける事もある、注意を払っていないと思わぬ災厄に見舞われるわ」
「成る程ね…」
男が女を警戒する様に女もまた男を警戒する。
結局のところ、腕力に物を言わせれば単純に男が強いのは明確な事実だ。
これまでの歴史だって女は男を立てるのが一種の常識だった、それは男尊女卑なんて言葉がある事からも明らかだ。
ただ近年の多様化社会では女性軽視は大きな問題なんて言葉はとっくに通り過ぎて軽蔑の対処にまで進んでいる。
女は男を立てるもの!
こんな事をSNSで言えば炎上不可避。
末代まで晒し上げられ叩き上げられる事となる。
まぁ…何が言いたいかと言えば女も既に男と同じくらいの社会的地位を持っていて前時代的な考え方は身を滅ぼすのだ。
現に日本の総理大臣だって女性がなる時代だし、この僕が所属するクラスのカーストトップはこの前まで冬柳さんが牛耳っていた。
その冬柳さんが男を恐れる対処として見ていたのは個人的には少し意外ではあった。
「そういえば私、少し解せない事があるのよね」
「え?解せない事?」
僕が下らない事を考えてると冬柳さんはおもむろに口を開いた。
「夏芽さんの読書方…私には理解できないわ、目次から物語の経緯を予測したり効率的に読むとか、書物を冒涜しているわ」
「あぁ…その話ね」
意外だ、夏芽さんと加藤の話に耳を傾けていたのか。
まるで興味無さげだったのに。
「私は本を読む時は余計な考察なんて挟まずただ純粋に物語を楽しみたいわね」
「映画とかもネタバレとかしたら殺すって良く言ってるしね」
「ええ、ネタバレする様な奴はクズよ!例え貴方でも許さないわね」
「おおぅ…」
ネタバレ駄目!絶対!
そう改めて痛感させられるな。
「そうだ、今日は私の家に来てちょうだい、お菓子を焼いたのよ、是非食べてほしいわ」
「お菓子?」
「えぇ、自信作よ?」
マジかよ…
感想言わなくて良いように立ち回っていたのに…、まぁ…彼女は料理は普通に上手い。
味は保証されている。問題は気の効いた感想が言えるかと言う事と他に…。
「髪の毛とか入れてないよね?」
と言う懸念だけだ。
「タクちゃんの中で私はヤンデレのテンプレートみたいなキャラ付けになってるみたいだけどそんなメンヘラみたいな事をするわけないでしょ?」
「そ…そうだよね~あはは…」
これまでの数多あるメンヘラ的エピソードには全力で目をつむり僕は形だけの同意をする。
全くどの口がそれを言うのか…。
そんな事を思いながらも彼女と僕の関係も大きく変わったなとふと思う。
今思えば最初の条件で週に4回は学校外で会うなんて約束をしていたけど3つの条件全て今となっては意味が無くなってしまってるなと思い至る。
冬柳さんが佐渡と表向きな付き合いをしている事を容認する。
学校内では付き合っている事を隠す。
放課後と土日、週に4回は絶対に会う。
どれも今の僕達には意味の無い約束だ。
そうして放課後、僕は彼女が一人暮らしする家に彼女本人と一緒に向かう。
彼女が一人暮らしする家に向かう。
これは何も今が初めてではないし、彼女の家に行く事に今更特別感なんて無い。
もうほぼ毎日何方かの家に行き来している。
先程述べた3つの条件があった頃は考えられなかった状況だ。
しかし親と言う邪魔者がいない分彼女の家を選択しがちだ。
だから慣れてしまって習慣化している。
だから警戒心がおざなりになる。
予測出来ない珍事にアドリブが働かない。
「え……?」
「どうしたの…、…これって…?」
冬柳さんの家の玄関。
そこにはいつもは無い靴が置かれていた。
見慣れない靴。
それが指し示すのはこの家に僕等以外の誰かがいると言う事。
そしてそれは泥棒とかの類ではなく正規の方法で入っているって事だ。
「遅かったわね、何処をほっつき歩いてたの?」
「お…お母さん…」
玄関にあらわれたのは黒髪の綺麗な美人の女性。
冬柳さんの母親だった。




