50 兄妹の誓い
葛城さんからメールが入っていた。
『RAID5』というゲームについて、確定ではないが、情報があった。
業界内では人間にゲームの世界を体感させるオンラインゲームがリリースされるという噂が広まっているらしい。
人間の五感を管理するなんて、信じられないけどな。
スピード感から、AIが設計開発からリリースまで行っているのではないかという。
葛城さんは、PVのみ流れている『RAID5』と繋がるのではないかと予測していた。
俺も同意だ。
夢見の魔法少女ルピスの言っていることと話が合う。
問題はどの程度プレイヤーが権限を持つのか、だな。
「へぇ、今の技術はすごいよね。人間が人間を創るんだもん」
「AIにしても、体感させるオンラインゲームっていうのは現実的じゃないな。魔法が関わってるから可能なんだろう」
背もたれに寄りかかってモニターを見つめた。
ゲームランキングにさすがに『RAID5』は無いか・・・。
「今こっちのモニターに表示されているのは何?」
カマエルが右のモニターを指す。
「こっちはゲーム配信者のランキング確認してるんだよ。ほら、1位から4位まで、魔法少女が独占だ」
「マジか。魔法少女が配信・・・こんなの今までの魔法少女戦争で経験したことないよ。魔法少女戦争は普通の人間の見えないところで行われるのが基本だからね」
鍵らしきものをつけた魔法少女が映っていた。
花音は17位になっているな。
少し配信頻度が減ったのか、ランキングを落としていた。
「現実世界では見えない魔法少女が、ここまで目立っていいのかも疑問だな」
「いいんじゃない? そもそも電子世界で魔法少女戦争をするってのも『ロンの槍』の意志だし」
「戦略練らないとな。電子世界は戦い方が違うんだ」
足を伸ばして息をつく。
「ゲームや仕組みについて知らないと、強くても負ける」
「リリスみたいに?」
「そうだよ。前回の魔法少女戦争に勝ち抜いて、『ロンの槍』を手に入れたファナだって危ないからな」
葛城さんへのメールを書きながら言う。
葛城さんは葛城さんで、俺に探りを入れてきていた。
新たなゲームを自分で開発しようとしてると思ってるのかもな。
金になると思えば、上手く引き込もうとしてくるはずだ。
まさかゲームの中に入っているとは思わないだろう。
葛城さんほど、現実主義の人間もいないからな。
「・・・・・・」
情報に対しての対価を何か提供しなければいけないと思っていた。
「エリンちゃんのことなんだけどさ」
「ん?」
「俺のこととか覚えてると思う?」
「はぁ・・・・そのことかよ」
集中しているときに、どうでもいいことを聞いてくる。
「俺にとっては重要なんだ。最重要事項だよ」
「さぁな。その生まれ変わりとやらに会ったら聞いてみればいいだろ」
「どこにいるのかわからないんだよ。ルピスも、もうちょっと詳細見れないのかな・・・って・・・・ちょっとそのランキング拡大して?」
カマエルがモニターに張り付いた。
「こうか?」
「これ、これ! ほら、エリンちゃんじゃない!?」
配信者ランキング二位のえりえりという名前のVtuberを指して言う。
「いや、Vtuberの姿じゃわからないだろ。これだって、2次元の絵だし」
「俺が間違えるはずない。かけてみて。この子の動画!」
「・・・わかったって・・・・・」
書いていたメールを保存して、目のくりっとしたVtuberの動画を開く。
柔らかな音楽が流れて、えりえりが踊っていた。
泉の女神エリンの舞とよく似ている。
『はーい、えりえりの動画見てくれて、ありがとう! 配信は気まぐれにやってるから、是非登録よろしくね』
音楽の途中でぐっと画面に近づいてきた。
笑顔で手を振っている。
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・」
PV動画が終わって、一瞬沈黙する。
「エリンちゃんじゃん!」
「うわぁ・・・マジだ! つか、絵だけで当てられるお前が怖いよ」
「俺は愛するエリンちゃんなら、どこにいても見つけられるんだ。可愛いなぁ、エリンちゃんに会えて本当、嬉しいよ。さっき、目が合ってほほ笑んでくれたし」
「・・・・会えてないし、そもそも動画だから、目が合ってないって」
「そんなことないね。俺にはわかる」
「・・・・・・」
まずい。カマエルが厄介な方向にいきそうだ。
「2人してVtuber映して何やってるの?」
「ファナ」
ファナが腕を組んでこちらを見ていた。
「配信者ランキング・・・・魔神もこうゆう子好きなの? 意外・・・というか、Vtuber好きとは、なかなかコアなところいくのね」
「違う、彼女はエリンちゃんなんだ!」
「・・・・エリンちゃんって・・・もしかして、えりえりっていうVtuberのこと?」
「そうそう。エリンちゃん。可愛いよね」
「もう呼び名までつけてるって・・・すごい・・・ね」
必死に言うカマエルに、ファナがドン引きしていた。
「ゲーム配信者ランキング、1位から4位まで魔法少女が独占してるんだよ。アイコンはバラバラだけど、魔法少女の魔力を感じるだろ?」
「あ、そうゆうこと。確かに・・・」
ファナがモニターに近づいた。
「ファナはどうしてここに来たんだ?」
「カイトがすぐに美憂のフォローに行かないから・・・」
「すぐって、さっき出ていったばかりだろ」
頭を搔く。
「ほとぼりが冷めてからでもいいんじゃない?」
カマエルが後ろで手を組んで、軽く飛ぶ。
「すぐに行ってあげてほしい。私も兄がいたからわかるの。自分の考えを認めてもらえないって苦しいことだよ。特に、身近な存在だったら余計にね」
髪を耳にかけながら言う。
「今の美憂は、いくら私たちが何かを言っても駄目。兄であるカイトの言葉が必要なの」
「・・・わかったよ」
渋々、立ち上がった。
美憂のことは、俺が一番よくわかっているつもりだったんだけどな。
「えー、もっとはっきりエリンちゃんの動画見せてよ。これ、俺が触っても動作しないんだよね」
「魔神なんだから当然だろ。ファナ、カマエルにVtuberのえりえりの動画見せてやってくれ」
「えっ、えりえり?」
「そうそう。見せて。あ、一覧出してよ。できれば全部見たいな」
「全部? い、いいけど・・・何時間だろ・・・」
「エリンちゃん可愛いから時間気にならないよ」
ファナにカマエルを預けて、研究室から出ていった。
遠くから、カマエルが拡大しろだの、止めろだの、騒ぐ声が聞こえていた。
聖堂の扉を開ける。
美憂が一人で長椅子の端のほうに座っていた。
「やっぱりここに居たのか」
「・・・・おにい」
美憂がこちらを振り返る。
「さっきは言い過ぎた。悪かったよ」
聖堂の空気は澄んでいる。
祭壇の魔法陣に、ステンドグラスの光りが差し込んでいた。
足音が響く。
「私が魔法少女になったこと怒ってるんでしょ?」
「正直、なってほしくはなかったな」
「ふうん・・・・そうだと思った」
鍵を握り締めていた。
「でも、俺を生き返らせるためにやったことだろ。実際、美憂に助けられた。感謝してるよ」
「違う。私は自分のために魔法少女になりたかったの」
手をぐっと握り締めていた。
「・・・・・・・」
「この聖堂にいることが落ち着くの。学校よりも七陣魔導団ゲヘナにいるほうが落ち着く・・・私はたぶん・・・魔法少女にならなきゃいけなかったんだよね?」
「・・・・・・」
「戦わなきゃいけないと思った。剣を握ったとき、絶対に勝ち抜かなきゃって力が湧いてきた」
『聖杯』が美憂を呼んでいるのか、『ロンの槍』が美憂を呼んでいるのか・・・。
運命には逆らえないな。
「美憂の主は俺なんだろ?」
「うん。カマエルが兄妹は血の契約があるから省略できるって・・・・」
「じゃあ、ちゃんと俺の言うことを聞けよ」
念を押すように言う。
「わかってるけど・・・私、戦いに・・・」
「美憂にも戦いに出てもらう。ファナも含めて7人の魔法少女と同等に、主戦力としてな」
「おにい・・・・」
「魔法少女、美憂は確かに強いよ。普通の魔法少女に比べて、桁違いに強い。力になってくれ。俺は兄として、主として、必ず美憂を守る」
「・・・よかった。ありがとう」
美憂がほっとしたような表情を浮かべた。
「もちろんだよ。絶対に勝ち残ろうね」
「あぁ」
目を合わせて頷いた。
祭壇の魔法陣がうっすら光って、落ち着いていった。




