20 マリアの愛の告白、旅立ち
リリスとマリアは石化したメイリアにくっついて、手を繋いで眠っていた。
泣き疲れたのだろう。
2人に毛布を掛けてから、家の屋根に上っていく。
「うわっ、ここに来ると危ないよ。いくら魔界の王でも時空の歪に落ちたら助けられないからね」
「わかってるって」
「じゃあいいけどー」
クロノスが軽い口調で言う。
時計の模様が描かれた魔法陣をいくつも展開していた。
「魔法少女戦争か・・・残酷だな」
「仕方ないよ。決められていたことだ。メイリアに代償の説明しなかったの?」
「代償を受けることは言ったけど、石化するとは言っていないよ」
「さすが、魔神。天使だったら、真実を伝えて慰めるのに」
「・・・確かにな」
「否定しないんだ?」
「事実だから仕方ないだろ。俺は元々人間を癒すことが苦手だ。何考えてるかわからないしな」
後ろに手をつく。
時空間は夜空のように暗く、たまに星のような光がちらちら輝いていた。
無数の過去と未来と繋がる場所だ。
クロノスがいなければ、神でさえ来ることはない。
「サマエルが人間に入れ込むとは、天もおかしくなるよ」
クロノスがこちらを見て冷やかす。
「あれだけ人間を嫌っていたくせに・・・」
「別に今だって嫌いだ。人間ほど浅はかな奴らはいない」
「弟のミハイルはどうなの? ぎゃーぎゃー騒がなかった?」
「兄弟喧嘩に興味があるのか? クロノスも暇だな」
「はは、ただ聞いてみただけだよ。相変わらず、兄離れできないのが面白いんだよね。天使長としては立派なことを言うんだけど」
「笑い過ぎだ」
「悪い悪い」
腹を抱えて笑っていた。
ミハイルはリリスに否定的だ。
おそらく、同じように少女と契約し、魔法少女戦争に参加させるつもりだろう。
『ロンの槍』がリリスとマリアの手に渡らないようにな。
「んー、俺も誰かと契約したほうがいいと思う?」
「好きにしろって」
未来から来たリリスが話していた通り、魔法少女戦争の下地は着実に整っていた。
「サマエル」
マリアが窓から顔を出す。
「っと・・・危ないって」
「今行く。そこを動くな!」
「??」
慌てて、家の中に入っていった。
「どうしたの?」
「外は時空間なんだ。落ちたらもう戻れない。気をつけろ」
「そっか。ごめんごめん。聞いたんだけど忘れてた」
マリアが腫れた目を逸らしながら言う。
「私、そろそろ戻りたくて」
「ん?」
「リリスが寝てる間に行きたいの。私・・・契約したの、なんとなく思い出した。願いを叶えてもらった神様のところに行ってみるね」
マリアがワンピースの裾を整える。
「いつ魔法少女になって、自分が見えなくなっちゃうか・・・これから、どんな代償を受けるのか、確認しておきたい」
「・・・・・」
「魔法少女になる前に、『永遠の輪廻と魔法少女戦争への参加』ってどうゆうことなのか、ちゃんと知りたいの。契約した神じゃなきゃ、教えてくれないよね?」
「・・・そうだな。聞いてみるといい」
「うん」
マリアの受ける代償はわかっていた。
でも、リリスが寝ている場所で言いたくなかった。
石化したメイリアよりも、残酷だからな。
「あとは・・・・私が消えてしまう前に、お父様とお母さま、民を安心させたいの。そうね、三賢者として、リリスとメイリアと冒険に行くってことにしようかな?」
冗談っぽく言う。
リシテア王国の姫としての責務を全うしなければいけないという強い意志が伝わってきた。
ひりひりと、痛いくらいに。
「もし、さっきクロノスが言っていたように、魔法少女戦争になったら・・・リリスとも戦わなきゃいけなくなるのかな?」
「さぁな。マリアの契約した神次第だろう」
腕を組んだ。
リリスが石化したメイリアの足元でうずくまったまま寝息を立てている。
「嫌だなぁ・・・メイリア、私、リリスと戦いたくないよ。また、3人で他愛もない話をしたい。1週間前の・・・平和だったときに戻りたい」
瞬きをすると、涙が零れ落ちていた。
「運命を避けられなくて悪かったよ」
「サマエルのせいじゃないでしょ?」
「いや、俺にも責任がある」
「・・・・?」
魔神の王になる俺が・・・・。
ミハイルが怒るのも仕方ない。
魔を人間に浸透させる一環を担ってしまった。
「神様のことは、よくわからないけど、私はサマエルが好きよ」
マリアが目を潤ませる。
「できれば、サマエルと契約したかったな」
「お前と契約した神に言ってやるよ」
「悪魔みたいなことを企むのね」
「魔神は別の大陸では悪魔と呼ばれているからな」
マリアが緊張が解けたように、ほほ笑んでいた。
「ふふ、でも、私はサマエルが大好き。私たち3人を引き合わせてくれた、私を救ってくれた。本当にありがとう。感謝してもしきれないくらい」
「そりゃどうも」
「ねぇ、また、会える?」
「俺は魔界へ戻ることになった。だからしばらくお前らの前に現れないだろう」
「・・・・そう」
マリアが涙を拭った。
リリスのほうをちらっと見てから、こちらを見上げる。
「これが最後かもしれないなら言っておくね。私、サマエルのことが好き」
「さっき聞いたって」
「愛してるって意味よ」
頬を赤らめながら言う。
「もちろんリリスがいることは知ってる。でも、私もサマエルのこと愛してるってこと、忘れないで」
「マリア」
背伸びをして、唇を重ねようとしてきた。
「ねぇ」
クロノスが窓からさかさまに顔を出した。
「きゃっ!」
マリアが飛び跳ねるようにして体を離す。
「そんな、驚かなくても・・・」
「えっと・・・・」
胸を押さえながら、耳まで真っ赤になっていた。
「クロノス、要件は?」
「俺、アポロンたちに呼ばれちゃって。色々説明があるからここを離れるんだけど、まだ、ここにいる?」
「俺はリリスが目を覚ますまでここに居るよ」
古びたソファーに腰を下ろす。
「あ、わ、わ、わ、私、私は、地上に行きたい。地上でやらなきゃいけないことがあるから」
「了解。準備してくるよ」
クロノスが引っ込んで、魔法陣を消していく音が聞こえた。
「マリア、さっきの話」
「え?」
「心に留めておくよ。あと、リリスの友達になってくれてありがとな」
「うん」
マリアが髪を耳にかけて大きく頷いた。
クロノスとマリアがいなくなって、部屋は静まり返っていた。
ランプの炎が微かに揺れている。
「メイリア、マリア・・・・ごめんね・・・・」
リリスが眠ったまま呟いていていた。
本を置いて、石化したメイリアに近づく。
「メイリア、安心しろ。リリスとマリアとメイリアにかかった代償は、いつか絶対に解いてやるからな」
メイリアは何も言わないし、聞こえない。
魂ごと、時間が止まっていた。
「・・・・あれ? サマエル?」
リリスが起き上がって目を擦った。
「ま、マリアは!?」
「先に地上に戻った。魔法少女になって、姿が見えなくなる前に、やらなきゃいけないことがあるんだと」
「・・・そっか・・・お姫様だもんね。マリアがいなくなると、みんな悲しむよね。メイリアも・・・そうだけど・・・」
リリスが毛布を握り締めて顔を上げる。
「メイリア・・・・ちゃんと、石化を解いてみせるからね。魔法少女戦争に勝って『ロンの槍』を手に入れるから安心してね。私の魔法、すごかったでしょ?」
自分に言い聞かせるようにメイリアに語りかけていた。
「リリス、俺は魔界に戻らなきゃいけない」
「魔界・・・・?」
「そうだ。しばらく、リリスの前に現れないだろう」
片膝をついて、リリスと目線を合わせる。
「その前に、神としてリリスと契約する。いいな?」
「うん」
「お前の願いを言え。代償を失くす以外は、どんな願いでも叶えてやれる。人間たちの思考を上書きすることも、リリスをマリアのようにどこかの国の姫にすることもできる。悩むなら待っててやるよ」
「そんなの、もう決まってるよ」
リリスが目を細めて笑いかけてきた。
指を口に当てて、当然のように続ける。




