18 ねぇ、⑥
リシテア王国、スーラ王国、ぺリスト王国、ダフィネ王国・・・。
多くの国や街に降りていた魔法少女アンドロイドはリリス、マリア、メイリアの3人によって、消滅していった。
丸一日、ほとんど休むことも無く戦闘や回復に尽力していた。
神の力は魔法少女アンドロイドには、ほとんど効かない。
クリフォトの神やセフィロトの神たちも、戦闘を見ているだけだった。
犠牲者もいたが、3人がいなければ魔法少女アンドロイドにより、被害は拡大されていただろう
マギアシステムと呼ばれる魔法陣はいつの間にか消えていた。
3人は奇跡を起こした三賢者として称えられ、名を遺すこととなった。
リリスを捨てた奴らも、手のひらを返したようにリリスを讃えていた。
人間は単純な生き物だ。
「で? お前の思惑は外れたな。魔法少女リリス」
『聖杯』の現れた泉の近くで、魔法少女リリスが座っていた。
伏し目がちに、こちらを見る。
『サマエル・・・・・・』
「3人は魔法を使いこなし、たった2日で三賢者と呼ばれ、救世主となった。いまだに代償は受けていない。あの魔法陣から出てくる魔法少女アンドロイドも、もう出せないんだろ?」
『・・・・どうして私がここにいるってわかったの?』
「ただの勘だ」
魔法少女リリスの体は、前よりも透けているように見えた。
月明かりに照らされると、足は消えかかっている。
『サマエルの言う通り、もう魔法少女アンドロイドは召喚できない。私の負け。また、三賢を殺せなかった』
「勝てない勝負だったからな」
『そんなことない。魔法少女アンドロイドがいれば・・・数があれば殺せると思った』
消え入るような声で言う。
『・・・メイリアやマリアまであんなに魔法を使いこなせると思わなかったの。誤算だった。最初は、全く使えなくて、苦労してたから。最初のタイムリープで、殺せたらよかったのに』
「へぇ、違う時間軸の3人も見てみたかったな。俺はこの時間軸の3人しか知らない」
『どうせ、行きつく先は同じ未来・・・』
「だろうな」
ふわっと飛んで、近くの岩に座った。
『もうすぐ私は消える。マギアシステムのタイプリープにかなりの魔力を割いてしまった。また、メイリアとマリアを救えなかった』
「・・・あぁ。『聖杯』が与えた力は人間の肉体に収まらない。3人はじきに代償を受ける」
『・・・私って・・・本当バカ・・・』
魔法少女リリスが俯いて、両手を握り締める。
『マリアを殺して、メイリアを殺して、最後に自分を殺して消滅しようと思ってたの。そうすれば、三賢のいない世界になる。魔法少女戦争は無くなる・・・今後魔法少女になる子は現れない』
「何度も言っただろ? 未来は大きく変えられないんだ」
『でも、変えなきゃいけなかった・・・・・・』
月明かりが泉を照らす。
水面が波打っていたが、『聖杯』が現れる気配はない。
「じゃあな、魔法少女リリス。俺はクリフォトの神々への報告がある。お前も元の世界に帰れ」
『サマエル』
リリスと同じ声で呼ぶ。
「・・・なんだ?」
『リリスの願い、聞いちゃダメだからね』
「それはこっちの自由だ」
『お願い。聞かないで、拒絶して! サマエルは魔界の王でしょ? 魔神としての役目がある。私の・・・リリスのことなんか気にしないで』
「・・・・・・・・」
『ねぇ、サマエル!』
「リリス」
『!』
魔法少女リリスの髪に触れる。
指先に電流が走ったような音がした。
『あれ・・・』
大きな瞳から涙が溢れていた。
どこにいても、リリスはよく泣くな。
「本心を言ったらどうだ?」
『え・・・・』
「俺は一度もお前から本心を聞いていない」
じっと目を見つめる。
『わ・・・私・・・本当はメイリアとマリアの・・・元気な姿が見れて嬉しいの。嬉しくて、ずっと決意ができなくて殺せなかった・・・今回こそはって、計画も緻密に立てて、決めてきたのに・・・』
ぼろぼろと流れる涙が煌めいていた。
『ひどいことばかり考えてる。今だって本当は、サマエルに・・・』
「魔法少女戦争が始まったら、俺たちで終結させよう。時には神に、時には人間になり、何度でもお前を守る」
『で・・・できないの。魔法少女戦争は終わらないの!』
「終わらせるんだよ。俺は魔界の王だ」
ふっと、ほほ笑む。
「俺が頼りにならないか?」
『ううん! そんなことない・・・でも・・・』
リリスが首を振る。
どの時間軸から来たかは知らないが、リリスはリリスだった。
「じゃあ、心配するな。元の世界に戻れ」
『・・・・・』
「自分で背負い込むな。未来にいる俺がなんとかする」
『・・・・・ありがとう、サマエル』
魔法少女リリスが長い瞬きをする。
膝をつき、祈るように手を組むと、身体が光の粒になって消えていった。
「やっと来た。サマエル、どこにいってたんだよ」
「散歩だ」
「自由だねぇ」
ヘカテーが守護する地に来ていた。
カマエルが岩に座ってリンゴを食べている。
「相変わらず、呑気だな。お前ら」
「今更、慌てても仕方ないしね」
「サマエル、クリフォトの神々の集まりはどうだったんだ?」
ヘカテーがちらっとこちらに視線を向けた。
「想像通りだよ」
『聖杯』と三賢の出現はクリフォトの神と、セフィロトの神に大きな亀裂をもたらしていた。
「セフィロトの神は、神々が制御不能になった状況に怒り心頭らしい。この大陸にいたクリフォトの神々のせいにして、魔界に戻れと喚いてるんだと」
「ほぉ・・・大きな戦争に向かってるのか」
「そうかもな」
翼をたたんで、柱の前に座る。
岩がひんやりとしていた。
「あ、砂漠の地の太陽神はこの大陸を残すって言い始めているんだ」
「太陽神まで動くのか」
「もう、めちゃくちゃだよ。距離を置いて眺めていたいね」
カマエルがリンゴを齧って、足を伸ばす。
ヘカテーの祭壇に火が灯った。
「未来に起こる魔法少女戦争・・・信憑性が増してきたな」
ヘカテーが長い髪を後ろにやって、椅子に座る。
「俺はしばらく魔界に戻るよ」
「え!? マジで?」
「なんでそんなに驚くんだよ」
息をついて、柱に寄りかかる。
「収集つかないだろうが。元々、ミハイルが地上を守り、俺は魔界を守るようになっている。地上にいるのも、好奇心みたいなものだからな」
「ほぉ・・・」
ヘカテーが瞼を重くする。
「何か目的でもあるのか?」
「さぁな」
「食えない奴だ」
「・・・・・」
視線を逸らして、天を仰いだ。
「星が眩しいな」
今にも落ちてきそうなほど、煌めいていた。
「星の女神たちも降りてきてるんだって」
「へぇ・・・珍しいな」
「三賢者と巨大な魔法陣の出現に、数多の神々も興味津々だ。タイムリープが行われたってことで、クロノスも重い腰を上げたようだしな」
ヘカテーが意地悪く笑った。
「珍しい名前だな」
「クロノスとか、100年以上会っていないよ」
「普段は時空を飛び回ってるから捕まらないだろう。神の子が天に召され、『聖杯』が現れたことが時間の大きな分岐点になるらしい。しばらく、この大陸にいるようだ」
「ふうん」
あくびをする。
クリフォトの神々の集まりで、大分疲れていた。
あいつらはあいつらで、セフィロトの神に文句があるらしい。
熱い議論が交わされていたが、正直、どうでもいいと思っていた。
ベリアルあたりが騒ぐから口には出せないけどな。
「サマエル、怪我の治癒は必要か?」
「ん?」
「兄妹喧嘩もほどほどにしろ。ミハイルとお前は聖と魔だ。考えが合わなくて当然なんだからな」
祭壇に埋め込まれた宝玉が七色に輝く。
「いいよ。これくらいすぐ治る。少し月明かりを浴びれば体力も回復するしな」
魔神にとって、太陽の光よりも月の光のほうが回復が早かった。
カマエルがリンゴの芯を燃やして、岩に横になる。
「あーあ、なんか疲れたよ。エリンちゃんに癒されたいな」
「じゃあ、なんでここにいるんだよ」
「わからないかな? 大好きなエリンちゃんの悲しんでいる姿を見ると、胸が苦しくなるんだ。愛だよ。愛する者の苦しむ姿を見たくないっていう、ね」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「何その無言」
ヘカテーと同時にため息をつく。
「お前、そんなんだからモテないんだ」
「エリンもこんな奴と付き合うくらいなら、他の奴見つけたほうがいいな」
「え? え? なんで? どうして? 教えてよ。つか、サマエル、俺がモテないってどこ情報だよ」
カマエルが勢いよく起き上がった。
殺伐とした空気に、穴を空けるように、ヘカテーの説教が始まった。
軽く笑いながら、消えていった魔法少女リリスを思い浮かべていた。




