16 ねぇ、④
「サマエル、今すぐメイリアとマリアのところに行くね」
リリスがスカートをなびかせて、空を見上げる。
「待て、ユウミはどうした?」
「私が作った転移魔方陣で、メイリアたちのところに飛ばしたの」
「転移魔法って・・・・・」
あり得ない。
人間がすぐに転移魔方陣を展開できるなんて・・・。
「リリス、僕は貴女を許しません。よくも兄さんを、陥れましたね」
ミハイルがよろけながら、何とかリリスの魔法を解いていた。
力を使い切ったのか、かなり弱体化している。
「天使が・・・セフィロトの神々が許すことはないでしょう。ここで逃げられると思わないでくださいね」
「私は逃げられないし、運命から逃れられないってわかってる。魔法を使えるようになって、色んなことを理解した」
リリスが凛とした口調で言う。
足元に転移魔方陣を展開していた。
「じゃあ、後でね。サマエル。ゆっくり休んで」
「俺も連れて行け」
岩を掴んで、リリスの隣に降りていく。
「でも、サマエル、まだ力が戻ってないでしょ?」
「俺を見くびるなよ。これくらいの傷、何でもない」
「・・・そっか。ありがとう」
リリスが両手で杖を持って頷く。
「兄さん・・・・!」
ミハイルが何かを言いかけたが無視した。
詠唱無しに、魔法陣が輝く。
シュンッ
「リリス、サマエル!」
「フン、やっと来たか」
目を開けると、ヘカテーの結界の中に入っていた。
結界の外では、数体の魔法少女アンドロイドたちがじっとこちらを見つめている。
魔法少女リリスはどこにも見当たらなかった。
「気が抜けないんだよ、こいつら」
カマエルが結界の前で、9つの剣を宙に浮かせていた。
刃先を魔法少女アンドロイドたちに向けている。
「いや、いや、いや・・・こんなのってないよ・・・ユウミ・・・冗談止めてよ」
メイリアが悲痛な声を上げる。
ユウミがメイリアの腕の中で息絶えていた。
「ユウミ、ユウミ、起きて!!」
「ユウミちゃん・・・」
リリスが駆け寄っていく。
「どうした? 何があった?」
「ユウミが『聖杯』を持って転移して来た。すぐにマリアが『聖杯』の水を飲んだんだ。数分後、ユウミが突然倒れて、息を引き取った」
「は・・・?」
「信じられないだろ? 何の前触れも無かった。呪いを受けたようにも見えない」
ヘカテーが結界を強化し続けながら言う。
「『聖杯』の意志は私にもわからん。確かなのは、『聖杯』をマリアに渡し、再度受け取った後、ユウミが死んでしまったということだ」
「ちなみにマリアは魔法陣を展開して、リシテア王国に行ったよ。自分の国を守るって強引にね。魔法少女アンドロイドの攻撃は全て避けていったよ」
カマエルが息をつく。
「俺たちでさえこんなに苦戦しているのに。その『聖杯』の水って、正直、かなりヤバいと思うよ」
「・・・・・・・」
リリスが不安そうな顔をしていた。
『聖杯』は何を始めようとしている?
メイリアの足元に転がった『聖杯』を見つめる。
素材は古い木だった。真ん中に百合の紋章が描かれている。
「魔法少女アンドロイドの攻撃は一時休戦か?」
「作戦でも練っているのかもな」
「最悪だよ。あいつら、マジで強いんだ。ずっと気を張ってなきゃいけない」
カマエルが背を向けたまま、舌打ちした。
「こうやって、抑え込むのがやっとだ」
「リリス、魔法使えるようになったの?」
メイリアが泣きはらした顔を上げる。
「うん」
「ユウミを生き返らせること、できないかな?」
「えっと・・・・」
リリスがユウミの手に触れる。
「無理だ」
メイリアとリリスの会話に口を挟んだ。
「蘇生は魂がここになきゃ、できない。ユウミはもう既に死んでるから、魂がここにないんだ」
「回復が得意な女神の力を以ても、不可能だな」
「そんな・・・」
スウゥウウ
地面に転がっていた『聖杯』が、突然浮き上がる。
「・・・・!」
音もなく、メイリアの前で止まった。
急に水が溢れ出す。
「なんだ!?」
「・・・『聖杯』の水を飲めば、私も魔法が使える。私が願うなら、ユウミを蘇らせることも可能だって言ってる・・・」
「え・・・私には何も聞こえないけど・・・」
「『聖杯』が私を選んでくれた。力を与えてくれる・・・・って」
メイリアが泣きながら、聖杯を両手に持った。
「落ち着け」
キィンッ
メイリアに剣を向ける。
「あの・・・魔法少女のリリスに聞いただろ? メイリアが聖杯の水を飲んで、魔法を使えるようになれば石化する」
「私がどうにかできないかやってみるから! 少し時間を頂戴!」
リリスが重ねるように言った。
「神としても、得体が知れないんだ。何かの罠かもしれない」
「普段はサマエルに同意することなどないが、今回は同意だ。『聖杯』とやらの声は、我々神々にも聞こえぬ。胡散臭いからな」
ヘカテーが横目でメイリアを見る。
「でも、『聖杯』が私に言ってる。ユウミを生き返らせる力を与えるって」
「・・・・私には聞こえないよ」
「私にだけ語りかけてるのね」
メイリアがユウミの髪を撫でる。
「私がしっかりしていなかったからいけないの・・・私のたった一人の妹・・・でも、もう大丈夫。私はどんな罪を負ってでも、この子を生き返らせたい」
メイリアが『聖杯』の水を見つめる。
「この水を飲めば・・・」
「石化してもいいの!?」
リリスが必死に言う。
「怖いって言ってたじゃない。私もメイリアが石化したら・・・」
「リリスだって絶対に失いたくない者、いるでしょ?」
「それは・・・・」
「私にとって、ユウミがそうゆう存在なの。ユウミはこんなダメダメな姉でも、お姉ちゃんって慕ってくれて・・・だから、今度は私がユウミを助ける番」
メイリアがほほ笑んだ。
『聖杯』の思う通りに、事が運んでいるようにしか思えない。
ユウミの死さえも仕組まれたようだった。
ドンッ
魔法少女アンドロイドが槍を持って突っ込んできた。
ヘカテーの結界を強引に破ろうとしている。
ジジジジジジ ジジジジジジジ
「ったく、俺らより化け物じみてるよ」
ザッ
カマエルが結界を突き抜けて、3本ずつ剣を魔法少女アンドロイドに突き刺す。
「!!」
「こいつら死なないんだ」
『"119"負傷、性能に異常なし』
『"003"同じく異常なし』
剣が刺さったまま、魔法少女アンドロイドが続ける。
『メイリアが『聖杯』の水を飲むと、石化します。危険です』
『三賢のリリスの記憶です。未来永劫、石化したままの状態になります』
魔法少女アンドロイドが剣が刺さったまま言う。
「・・・ふうん、私が魔法使えるようになると、そっちの子たちにとっても都合悪いのね」
メイリアが鼻で笑う。
「メイリア」
「リリス、私は大丈夫」
ごく・・・
メイリアが一気に『聖杯』の水を飲み干した。
「!?」
サァァアアアアアア
流れるように、メイリアの体に力が宿るのを感じた。
「だ、大丈夫!?」
「わかる。魔法が使える、魔法が流れてくる」
目を閉じて、指を動かす。
杖が現れた。
― 魂呼蘇生―
シュウウウウ
空から炎に包まれた鳥が飛んできて、ユウミの体を通過していった。
ユウミがゆっくりと片目を開ける。
「お姉ちゃん・・・・?」
「ユウミ、よかった!」
メイリアがユウミに抱きついた。
「ごめんね、ユウミ。心配ばかりかけて、お姉ちゃんの私がしっかりしなきゃいけないのに」
「お姉ちゃん、まさか魔法を使ったの? 『聖杯』の水を飲んだの?」
「そう、私魔法を使えるようになった」
「大丈夫・・・なの?」
「うん。大丈夫、今のところ石化するような感じもないし」
メイリアが自分の腕を見ながら言う。
「あのリリスの話、嘘だったのかな?」
「お姉ちゃん、ありがとう!」
「もう、ユウミ、危ないことしちゃ駄目だからね」
「はーい」
「よかったー! ユウミちゃん! メイリア!」
「リリス、倒れるって」
「わ、リリスお姉ちゃん苦しいよ」
リリスがユウミとメイリアを抱きしめていた。
「・・・・・・」
メイリアとユウミのやり取りを聞きながら、ヘカテーとカマエルと目が合った。
おそらく考えていることは同じだ。
リリスの力も、メイリアの力も、人間が持つ力ではない。
神と契約して制御しなければ、世界の理を脅かす力だ。
早くしないと、代償を受けてしまうだろう。
『聖杯』はいつの間にか消えていた。




