15 ねぇ、③
剣に黒い炎をまとわせて、ミハイルに斬りかかる。
ミハイルの聖なる炎が攻撃を無効化した。
「俺らが戦ってる場合じゃないだろ! 決着がつかない。力を相殺し合うだけだ!」
「兄さんが引けばいいことですよ!」
― 聖なる風よ、闇を薙ぎ払え ―
ドドドッドドドドドド
風圧で木々がなぎ倒されていった。
リリスたちに攻撃がいかないようにしていたが、2人の様子を確認していられない。
ミハイルは、俺と正反対の力を持っていた。
俺が勝つことも無く、ミハイルが勝つことも無い。
このまま消耗戦になれば、互いに何も得られないまま消滅する。
「僕が聖なる地上を守る。兄さんが魔界を守る。僕らが誕生したときから決められていたことです」
ミハイルが息を切らして、純白の翼を広げる。
「リリスは、聖なる地に不幸をもたらします。謎の魔法少女に占領された地上を見てください。一目瞭然です」
「リリスもお前が守るべき聖なる地上で生まれた。どうしてリリスだけに罪を擦り付けようとする?」
「アレを見て、どうしてそんな考えを・・・」
ミハイルの剣が白銀に輝いた。
「兄さんを魔の手から祓うためなら、僕も力を解放します」
「!?」
サアァァァアァアアア
突然、ミハイルの力が格段に上がった。
「僕は聖なる神々をまとめる、天使長となりました。兄さんより強いんですよ」
「へぇ・・・」
ザッ
ミハイルが剣を振り下ろす。
「っ!!」
ドーン
剣は止めたが、風で飛ばされて、岩に身体を打ち付けられる。
羽根が堕ちていく。
ミハイルは、想定よりはるかに強くなっていた。
「ミハイル」
顔を上げる。
ザッ
「諦めてください。兄さんにこんなことをしたくないんです」
ミハイルが瞬時に俺の胸に剣を突きつける。
「俺を刺すか」
軽く笑う。
剣を消した。
「お前が天使の長なら、俺は魔神の王だ」
ズズズズズズ・・・・
ミハイルの剣に闇が伝っていく。
すぐに剣を後ろにやった。
「・・・兄さん、その姿・・・」
「俺はにくかったんだ。自分たちの保身のためにリリスを投げ捨てた人間どもが・・・神の力を手に入れようと躍起になっている人間どもが・・・」
体が黒い毛で覆われていく。
爪は鋭く、獣のようになっていった。
「憎しみは力となる。罪を逃れる者が無くなるよう、裁く力が必要だからな。俺の根源となる、全てを制する王としての力だ・・・」
鋭い牙の間から息が漏れる。
「そっちが、その気なら、力を見せてやるよ」
「兄さん!」
「憎い・・・お前のように何もわからず否定してくる、神さえもな」
ドッ
力強く地面を蹴って飛び上がる。
勢いをつけて、ミハイル目掛けて降りていった。
グアアァァァァッ
ミハイルに襲い掛かっていく。
爪で翼を引っ掻いた。
「かはっ・・・・」
ミハイルが逃げ遅れて、仰け反った。
シールドを展開しながら、自身に回復魔法を施している。
「・・・・ミハイル、やっぱり俺はお前らセフィロトの神々と合わないようだ」
「兄さん・・・そのまま、憎しみにゆだねれば・・・」
ミハイルが体勢を立て直して、剣を構えた。
「自我が無くなりますよ」
グアアアァァァ
咆哮を上げる。
風が激しく木々を揺らした。
憎しみから湧き出る力は、上限が無かった。
肉体に収まらずに、身体から溢れ出していく。
憎い。
憎い。
節制のない人間が憎い。
強欲な人間が憎い。
忍耐のない人間が憎い。
怠惰な人間が憎い。
傲慢な人間が憎い。
妬みや嫉みにまみれた人間が憎い。
そして・・・・・。
「こうなった兄さんは僕だけじゃ止められません。援軍を呼ぶしかなさそうですね」
ミハイルが地面を蹴って、飛ぼうとした時だった。
― サイレント ―
騒がしかった森が静まり返る。
空から白い杖を持ったリリスが降りてきた。
口に指を当てている。
「リリス・・・・?」
リリスがほほ笑んで、サファイアのような瞳をこちらに向けた。
獣化していた体が、元の姿に戻っていった。
「え・・・俺に・・・何をした・・・?」
「止められてよかった。『聖杯』を見つけたよ」
リリスが目を細めながら言う。
「よかったって・・・リリス、『聖杯』の水を飲んで、魔法少女になったのか?」
「ううん。まだ、ただの魔法使い」
ふわりと、岩に降りる。
ミハイルがこちらを警戒している。
リリスを纏う魔力は、神をも脅かす、圧倒的な力だった。
これが『聖杯』の力・・・。
「・・・その力、あらゆる神々の力を、手に入れたのか?」
ミハイルが愕然としながら、リリスを見下ろす。
「そう。ユウミちゃんが『聖杯』を見つけてくれたけど、『聖杯』はユウミちゃんを拒否したの。ユウミちゃんが持っても、水は湧き出てこなかった」
白い杖の宝玉がくるくる回っている。
「『聖杯』が私を選んだ。最初の罪を犯し、呪われる者として」
「は・・・・罪って・・・」
「クリフォトの神、サマエルを誘惑した罪だよ」
「!!」
「やっぱり! お前が!!!」
ミハイルが目を血走らせて、リリス目掛けて走る。
― 呪縛強制固定―
「なっ・・・・」
リリスがミハイルのほうを見ずに、足を固定させた。
人間が持つべき力ではない・・・。
クリフォトやセフィロトの神にも匹敵する、魔法の力だった。
「ぐっ・・・兄さん、そいつの言うことを聞いちゃ駄目だ。悪女だ」
「サマエル・・・」
リリスがミハイルを無視して近づいてくる。
「・・・リリス、大丈夫なのか?」
「うん。私、『聖杯』の水を飲んで、全ての魔法を手に入れたよ。でも、この力は神との契約によって、制御をかけなければ、私は力に呑まれてこの世界を望まぬ方向に書き換えてしまう」
「兄さん・・・・」
ミハイルが必死にリリスの魔法を解こうとしていた。
「・・・『聖杯』が、そんな話をしたのか?」
「たぶん・・・『聖杯』の意志なんだと思う。頭の中に流れてきたの。サマエル、私と契約してほしい。私の願いを叶えて・・・他の神でもいいらしいんだけど、私の願いはサマエルにしか叶えられないから・・・」
「なんだ?」
「えっとね・・・・・」
リリスが少し言いにくそうにしながら、瞳から涙が溢れていた。
『駄目!!!!』
「・・・・!?」
シュンッ
ドーン
リリスと俺の間に黄金の矢が突き刺さる。
炎が巻き起こり、岩に亀裂が走った。
軽く飛んで、別の岩に着地する。
魔法少女リリスが勢いよく降りてきて、矢を剣に変える。
すぐにリリスに剣を向けた。
『その願いだけは言わせない!』
「貴女が私なら、わかるでしょ?」
リリスが杖を回す。
「私は魔法少女じゃない。まだ、強大な魔法を覚えた魔法使い。神と契約しなければ、世界の均衡を乱す存在になってしまう。それに、今勝負しても、貴女は絶対に私に勝てない」
『違う、違う』
「じゃあ、何?」
リリスが、魔法少女リリスを睨んだ。
『貴女が言おうとしている言葉は、サマエルを永遠に呪う言葉になるのよ!』
「永遠に呪う・・・?」
魔法少女リリスの体は透けていた。
時折電子のような音が混じる。
『残酷なことになる』
すがるように、リリスの服を掴んだ。
「でも・・・・・・・」
『お願い、駄目なの。私は、ずっと・・・これからもずっと後悔することになる。私、貴女を止めに来たの。『聖杯』は止められなくても、この願いだけは』
「・・・・・・・」
リリスが口をつぐんだ。
ミハイルが腕を組んで、リリスの魔法を解こうとしている。
ジジジジ ジジジジジ
突然、魔法少女のアンドロイドが2人現れる。
『リリス様、魔法少女モデル、アンドロイド"222"です。メイリアとマリアの手に『聖杯』が渡りました』
『魔法少女モデル、アンドロイド"311"です。緊急事態につき、ご同行をお願いします』
『・・・すぐ行くわ』
魔法少女リリスが、リリスをじっと見てから視線を逸らす。
すっと表情を切り替えて、リリスの服から手を離した。




