14 ねぇ、②
「このルルベの街を越えた、森の中心部に泉があるの。乙女の祈りにより、『聖杯』が現れるって書いてあった」
ユウミが地上を指す。
「よくそんな詳細に覚えられたな」
「私、ルーリア家の天才って言われてるの。将来は学者になるの」
「はは、そうか」
自慢げに話していた。
「空から見ると、地上の人って小指の先くらいしかないんだね。みんな、ちっちゃい」
明るい声で言う。
ユウミは今の状況でも混乱することなく、冷静に『聖杯』の位置を説明していた。
『聖杯』がユウミを呼んでいるのかもしれない。
「・・・ユウミちゃん、地上の人たちを見て、怖くないの?」
リリスが抱えられたまま、力の抜けたような声を出す。
「私、怖くて仕方ないよ。急にあんな魔法陣が現れて、魔法少女あんどろいど・・・人間を殺そうとする魔法少女も出てきて、この大陸を支配しようとしている」
「何もしないで、みんなが殺されるほうが怖い・・・かもしれない」
「・・・・・・」
「・・・私、わからないけど・・・いつどんな時も、ルーリア家の者として、恥じることが無いようにって、お父様に言われてるから」
小さな体からは恐怖を押さえているのが伝わって来た。
「自分にできることは精一杯やりたい、やらなきゃいけないって思ってるの」
「そ、そうだよね」
「2人とも、今は『聖杯』を見つけることに集中しろ。魔法少女が現れても、クリフォトの神々が守るだろう。一方的な虐殺にはならない」
「サマエル、クリフォトの樹って何?」
「まぁ・・・説明すると長くなる。あとでな。速度を上げるぞ」
「ふわっ」
翼を斜めにして、加速していった。
追いかけてくる魔法少女たちは、誰一人としていない。
吸い寄せられるように、『聖杯』のある場所へと向かっていた。
「ここだな」
「うん」
人が入らない、森の奥深くで地上に降りる。
ユウミの言うように、小さな泉があり、清らかな水が湧き出ていた。
ギルドの人間もこの地までは辿り着けなかったか。
ちょうど魔法陣から外れた位置にあった。
「久しぶりに空を飛んだ気がする。やっぱり、空を飛ぶって楽しいね」
リリスが神を耳にかけた。
「リリス、また少し太ったか?」
「えっ、最近食べ過ぎちゃってるから。痩せないと」
「ねぇねぇ」
ユウミがリリスの服を引っ張る。
「リリスお姉ちゃんは魔法少女になったら何するの?」
「え・・・?」
無邪気に聞いていた。
「魔法少女・・・私は・・・本当は魔法少女になりたくないかな。あんなふうに、なりたくない」
作り笑いをしながら、空を見上げる。
「リリス・・・」
「でも、ちゃんと魔法少女になるよ。魔法陣を止められるかわからないけど・・・・・彼女は私だもんね。でも・・・」
リリスが屈んだ。
「ユウミちゃん、もしね、私が魔法少女になって、あんなふうになったらどうする? もう、メイリアもユウミちゃんも、マリアも、友達になってくれないよね・・・」
「リリスお姉ちゃんは絶対にあんなふうにならないよ!」
「・・・・・・・」
「お姉ちゃんからよく聞いてたの。リリスはいつも料理をたくさん用意してくれて、天然で可愛らしくて、誰にでも優しいって」
ユウミがリリスの手を握り締める。
「リリスお姉ちゃんは、優しいことのために、魔法を使うと思う」
「優しいこと・・・・」
「うん」
リリスが目を潤ませて呟く。
「ユウミは達観してるな。年相応に見えないんだが」
「神様に褒められて光栄です」
「人生何周目だ?」
「私、天才だから」
ふんぞり返っていた。
「ありがとう、ユウミちゃん」
リリスの表情が和らいだ。
「ここで間違いないんだろうが、『聖杯』が現れる気配はないな」
腕を組んで泉を見つめる。
「純潔な乙女の祈りが必要。私とリリスでお祈りすれば大丈夫!」
「え・・・あ、うん。そうだよね!」
「・・・・・・・」
リリスが顔を赤くしながら、ユウミの話に合わせていた。
まぁ、ユウミには気づかれるわけないか。
純潔な乙女の祈りっていうのも曖昧だ。
『聖杯』・・・か。
「あれ、誰?」
「?」
ユウミの視線の先に、透き通るような緑の瞳と、純白の翼を持つ神が現れる。
手には太陽のような炎をまとう剣を持っていた。
双子の弟ミハイルだ。
「・・・ミハイル」
「やぁ、セフィロトの樹の啓示がありました。クリフォトの神では手に負えなくなってしまったようですね。兄さん」
中性的な顔立ちで柔らかに言う。
「兄さん? え・・・サマエルの弟って」
「確かに似てる。私とお姉ちゃんみたいにそっくり」
リリスとユウミが俺とミハイルを交互に見ていた。
「まぁな、人間たちは神の予想をはるかに超える選択をする」
「兄さんはもうすぐ魔界の王になるんですよ。もっと自覚を持ってもらわないと」
「さぁ、俺はお前みたいに従順な神じゃないからな」
笑いながら剣を出す。
「魔界の王なんかにならずに、気ままにのんびり過ごすよ」
「兄さんの自由さには呆れます。強大な力を持ちながら、ひけらかさないのは、弟として誇らしく思いますけどね」
ミハイルが皮肉っぽく言う。
「セフィロトの神々も加勢に来ましたが、あの魔法少女たちには苦戦しているようです。『聖杯』は人間の手に渡ってはいけないものだと、よくわかります」
リリスを見下ろす。
「はじめまして、リリス。あれは未来のリリスが創り出したものですね?」
「信じられないけど・・・たぶん、そう・・・」
「では、貴方が魔法少女になる前に、死んでもらいます」
「っ・・・・・」
ゴッ
ミハイルの剣を弾いた。
火花が飛び散る。
「兄さん」
「ちゃんと学習しなかったのか? もう、ここまで来たら未来は変えられない。リリスは魔法少女になるしかないんだ」
「リリスを殺せば、得体のしれない魔法陣は消えるでしょう?」
「未来を補正する力が加わって、更なる混乱を招くだろうが」
「今は魔法少女が次々と降りて、人間を殺している異常事態です。先のことは、リリスを殺してから考えればいいこと・・・」
ミハイルがリリスに飛び掛かる。
キィン キィン キィン キィン
前に立って、剣を止めた。
剣と剣が激しくぶつかり合う。
力は同等、体格差も無い。
「サマエル!」
リリスに手を上げて、『こっちを気にするな』と合図をする。
「どうして兄さんはリリスにこだわるんですか?」
「深い意味はない。自分の大陸の人間を守るのは神として当然だろうが」
「確かにそうですが、僕には僕の正義があります。でも、兄さんと戦闘するのは久しぶりで、昔を思い出しますね」
ミハイルが笑みを浮かべる。
「僕も力をつけてきたので、兄さんに見てもらいたいです。昔とは違いますよ」
ミハイルが下がって魔法陣を展開した。
同様に、魔法陣を展開して、剣をかざす。
― 聖なる光よ、魔を焼き払え ―
― 闇の慟哭よ、聖なる神に復讐しろ ―
ゴオォオオオオオオオオ
「きゃっ」
突風が巻き起こる。
閃光と闇がとぐろを巻くようにして絡まり、消えていった。
勝負がつかないな。
「ユウミちゃん、大丈夫!?」
「うん」
背中越しにリリスの声を確認する。
ミハイル(弟)相手だと、一瞬たりとも気が抜けない。
「っ・・・・・!」
ミハイルがはっとしたような表情をする。
「兄さん・・・」
「なんだ?」
「攻撃が以前と違います・・・慈悲・・・いえ、これは愛です。まさか、人間と何かあったのですか・・・・?」
剣を構えたまま、呆然としながら言う。
「特にない」
「僕に嘘はつけませんよ」
「そうか」
剣を漆黒に染めて、ミハイルに振り下ろす。
カンッ
瞬時に剣を止められた。
「・・・・僕が兄さんの目を覚ましますよ。弟として!」
ミハイルの体を金色の光が包み込む。
決着はつかない。
ドドドッドドドドドドドド・・・・
激しく剣と魔法陣がぶつかり合う。
互いに、譲らず、周辺の木々がなぎ倒されていった。




