10 3人なら奇跡も起こせるかもしれない
家に入った後、3日程度、寝ていたみたいだな。
想像以上に力を消耗していたようだ。
ソファーから、体を起こす。
「サマエル!」
「マリア・・・」
マリアがシンプルなワンピースを着て、椅子に座っていた。
「おはよう。3日も寝てたの。あまりにも眠り続けちゃうからびっくりしちゃった。神様でも寝るのね」
「慣れない力を使うと、こうなるんだよ。蘇生や回復は、天使や女神がやるものだからな。リリスは?」
「ちょうどハーブを摘みに行ったところ。使い魔の猫ちゃんとカラスちゃん一緒だから安心して」
「そうか」
軽く伸びをして、カーテンを開けた。
雲一つない青空が広がっている。
「体調は大丈夫なのか?」
「もう大丈夫。刺された跡も毒も無くなってびっくりした。ありがとう」
「・・・・・」
どこか浮かない顔をしている。
「悪夢のような出来事が嘘みたい・・・」
袖をまくって、白い肌をかざした。
「大切な人たちがみんな・・・・」
「悪いが、マリアを城には帰せない。未来の力が広まることを畏れる神々が、何をするかわからないからな。しばらく俺の監視下に置かせてもらう」
「・・・・・・・」
「マリアは死んだと伝わってるだろう。親族、国民は悲しむけど、花の女神リシテアア癒すよう努める」
「・・・・うん。本当は私、あそこで死ぬはずだったんだもの。生きてるほうがおかしいから・・・・」
腕を触りながら、俯く。
「生きたいと思っちゃった。護衛の者が、私のために亡くなっているのに」
涙を溜めながら話していた。
「私って本当最っ低・・・姫として、一緒に、死ななきゃいけなかった・・・」
「マリアを助けたのは俺だ。恨むなら俺を恨め」
「そ、そうゆう意味じゃ・・・・」
マリアが慌てて首を振った。
「あの時の光景を忘れろ・・・とは言わない。護衛の者たちが、マリアを守ったのは事実だからな」
椅子に座って、手を組む。
「でも、マリアは悪くない。絶対に自分を責めるなよ。いいな」
「・・・・・・」
こくんと頷いて、こぼれた涙を拭っていた。
マリアを刺そうとしていた者がリリスに似た少女だったという記憶だけは、消去していた。
彼女の正体は、神である俺もわからない。
疑心暗鬼になるくらいなら、覚えていないほうが楽だろう。
「でも、いいの? リリスとの家に私が入っちゃって」
「別にいいよ。俺もずっとここに居るわけじゃないし。でも、城と比べると狭いし居心地が悪いかもな」
「ううん。私、ずっとこうゆうところで暮らしてみたかった。おとぎ話の家みたいで素敵。お父様、お母様には申し訳ないけど・・・庶民の生活って憧れだったの」
キィッ・・・
「ただいま。あ、サマエル!」
リリスが籠いっぱいにハーブを摘んで、ドアを開けて入ってきた。
使い魔の黒猫が砂を払って後をついてきていた。
「やっと起きた!」
「リリスってば、サマエルが眠り続けるから死んでないかって、ずっと手を握って心配してたのよ」
「だって・・・あ、パンが焼きたてだと思う。持ってくるね」
リリスが少し顔を赤らめて、ハーブをキッチンに持っていった。
「神は基本死なないんだが・・・」
「・・・サマエルって神だよね?」
「まぁ、リリスは忘れてるかもしれないけどな」
「そうね」
マリアが耳打ちして、小さく笑う。
息をついた。
『サマエル様、休養の間、カマエル様がいらっしゃいました。襲撃された際の電子世界の痕跡は消去したとのことです』
「あぁ、ありがとな」
『また何かありましたらお申し付けください』
使い魔の黒猫が軽く頭を下げてから、毛布にうずくまっていた。
俺の力の消耗は使い魔にも影響する。
カラスも黒猫もしばらくは休ませたほうがいいな。
「今日はね、焼き菓子とパンを焼いたの。ハーブティーと合うように、ちょっと甘めにしたから食べてみて」
「わぁ、美味しそう!」
リリスが焼きたての、パンをテーブルに並べていく。
こんがりとした香りに、使い魔の黒猫とカラスも寄って来た。
「肉料理は夜ね。昨日の夜から仕込んでるから楽しみにしてて」
「あぁ、腹を空かせておくよ」
リリスが鼻歌を歌いながら、ハーブティーをカップに注いでいく。
『サマエル様、随分人間寄りの生活になりましたね』
こちらをパンをくわえて、振り返る。
「お前らもただの猫とカラスになってるだろうが」
『う・・・それは・・・』
『リリスの作る料理には不思議な力が宿っているので。どうしても欲望に抗えなくなるんです』
『カラスもか。私もだよ』
カラスと黒猫がパンを食べながら話していた。
「リリスの料理美味しいもんね。ねぇ、リリスは料理、どこかで習ったの?」
「ううん。私、両親を早くに亡くしたから、昔から食事は自分で作ってたの」
「・・・そうだったの・・・」
「でも、こうやって食べてくれるみんながいることが、とっても嬉しいの。私、幸せ者だね」
リリスが満面の笑みで、席についた。
シュンッ
『着いたぞ』
「リリス! マリアが・・・・って、マリア・・・?」
「メイリア!」
ペムペムが転移魔方陣でメイリアを連れてきた。
涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げて、呆然としていた。
『うおっ、パンがたくさん』
ペムペムが弾むようにしてカラスの隣に座った。
『あたちも食べる。ハーブティーも飲む』
「今準備するね」
リリスが慌てて棚から皿とカップを取り出していた。
『厚かましい妖精だな』
『全くです』
『自分たちだってちゃっかり座ってるのによく言う』
黒猫とカラスとペムペムが睨み合っていた。
「どうしたの? メイリア」
「マリア!!」
メイリアがマリアに駆け寄ってきた。
「私、リシテア王国の姫マリアが死んだって聞いて・・・信じられなかったんだけど、ペムペムも中々来ないし・・・どうしようと思って」
「メイリア、心配してくれてありがとう」
「襲撃されたんだよね? ・・・本当になんともないの?」
「うん。サマエルが助けてくれたの。連絡遅くなっちゃってごめんね」
「うぅ・・・・」
安堵で泣きだすメイリアに、マリアがハンカチを渡す。
「でも、私死んでることになってるから・・・・もう、リシテア王国の姫には戻れないの。理由を話すと長くなっちゃうんだけど・・・」
「姫じゃなくたって、マリアはマリアだよ。よかった。本当に・・・」
メイリアがハンカチで目を押さえていた。
「ペムペム、メイリアに状況説明してなかったのかよ」
『余計なことは言うなと釘を刺されていたもので』
「普通、この状況なら話すだろ」
『ん?』
きょとんとする。
「はい、ペムペムもたくさん食べて。みんな来るかなって思って、作ったから」
『わーい! あたち、このパン食べる!』
リリスが皿を置くと、ペムペムがパンを一つ載せて、美味しそうにもぐもぐ食べ始めていた。
頭を搔く。
ペムペムに悪気はないのはわかっているんだが、空気を読めない妖精だった。
リシテア王国の妖精とは会話がかみ合わないらしい。
「みんなこうして集まれるの、嬉しいね」
リリスがハーブティーをメイリアの前に置く。
「ねぇ、メイリアが3人なら奇跡も起こせるかもしれないって話してたこと、本当かもよ? 現実になっちゃったりして」
「リリス・・・」
「マリア、メイリア、私の友達になってくれてありがとう」
「私も・・・メイリア、もう泣かないで。本当にごめんね」
「違うの。しばらく泣いてなかったからかな? 涙止まらなくなっちゃった」
メイリアが鼻をすする。
3人の弾むような笑い声が室内に響く。
ラベンダーのハーブティーを飲みながら、背もたれに寄りかかった。
『ペムペム、食べ方が汚いですね。こぼしてますよ』
『カラスには言われたくない』
『私は上品に食べてるので、問題ありません』
カラスが背筋を伸ばした。
ペムペムが無視して、パンを頬いっぱいに詰め込んでいる。
黒猫がカラスとペムペムの様子を見て、ため息をついていた。
小さな家にしてはかなり煩かったが、不思議と心地よく感じられた。




