9 魔神の触れる禁術
夕日で背中が熱くなっていた。
湖が見えてくると、速度を下げて降りていく。
「サマエル、遅かったのね。え・・・・」
両腕に抱えたマリアを見つめる。
リリスが家から飛び出てくると同時に固まった。
「・・・マリア・・・・?」
マリアの手がだらんと落ちる。
「マリア! マリア! 何があったの?」
「スーラ王国へ向かう途中で襲撃されたんだ。護衛の者は皆死んだ」
「冷たい・・・心臓の音がない。いや・・・嫌だ! マリア! マリア! お願い、死なないで」
リリスが取り乱していた。
マリアの手を両手で握り締めてボロボロと涙をこぼす。
「嫌だ、こんなの嫌! お願い。私の・・・私の大切な・・・大切な友達なの」
「死んでいない。今は仮死状態だ。魂をここに留めるためにな」
「え・・・・・」
「リリス、ついてきてくれ。マリアを蘇生する。絶対に生き返らせる。だから安心しろ」
「・・・・うん」
リリスが涙を拭って、力強く頷いた。
家から少し離れた森の中に、柱に囲まれた祭壇があった。
普通の人間には見えない。妖精たちでもわからないだろうな。
岩の敷き詰められた地面には魔法陣が描かれている。
俺が近づくと、魔法陣が青白く輝いていた。
「ん? どうした?」
リリスが祭壇の柱の前で、ピタッと立ち止まった。
「わ・・・私が入っていいの? ここは神聖な場所なんでしょ?」
「・・・リリスは特別だ」
軽く笑って、マリアを魔法陣の中央に寝かせた。
リリスが緊張しながら、後ろについてくる。
「サマエル、私にできること、何かある?」
「今からマリアを蘇生する。俺はおそらく気を失うから放っておいてくれ。月の光を浴びればを覚ます」
「ど、どうゆう意味・・・・?」
「マリアが目覚めたら、家に連れて行ってもらえるか? マリアは家から出すな。絶対にな」
「・・・わかった。サマエルは、大丈夫だよね?」
不安そうな顔でこちらを見上げる。
「確かに蘇生は苦手だな。魔神は破壊するほうが得意だ。慣れない力を使うから、力は消耗するが、確実に生き返らせる。マリアは、想定外の死だった」
「想定外・・・・?」
「あぁ・・・神が予見できなかったってことだ」
「?」
未来の毒は、一度仮死状態にして再生しなければ抜けない。
毒を打たれた時点で、魔神はマリアを殺さなければいけなかった。
リリスに似た少女に攻撃された瞬間に、な。
リシテア王国の姫には戻してやれないかもしれない。
でも、まだ生きたいという気持ちがあるなら・・・。
「とにかく、そこで待っててくれ」
「・・・うん。マリアをお願い」
リリスが一歩下がる。
深呼吸をして目を閉じた。
マリアに両手をかざす。
― XXXXXXXXデXXゥXXXXXXXXX
XXXXXXXXナX XXXXXX
XXXXXXXXXXXXXフィXXXXXXXXXXXXXX -
魔法陣が七色に輝いていく。
マリアの肉体を毒が広まる前の肉体に戻していった。
額に汗が滲む。
少しでも手順を間違えれば、対象者も死ぬが、反動で俺も消える。
神は基本死ぬことはないが、大地の神カプリニクスと同様、寿命を与えられてしまう。
蘇生術は神においても、禁術といわれる類のものだった。
― XXXXXXXXデXXゥXXXXXXXXX
XXXXXXXXナX XXXXXX
XXXXXXXXXXXXXフィXXXXXXXXXXXXXX -
しゅうぅううう
マリアの皮膚が元の白い色に戻っていく。
あと少しだな・・・。
「ごほっ・・・・・」
喉が焼け付くように痛かった。
やっぱり、肌に合わない術だ。
「サマエル」
手を上げて、『問題ない』と伝える。
― XXXXXXXX ルプXXXXXXXXX
XXXXXXXXヘX XXXXXXXXXX XXXXXXXロXXXXX
XXXXX XXXXX XXX XXXXXデXXデXXゥXXXX -
詠唱を続けていくうちに、マリアの体から光が溢れた。
心音が戻ってくる。
「マリア!」
リリスが声を出すと同時に、マリアが目を開ける。
ゆっくりと体を起こしていた。
「マリア、よかった。本当によかった」
「あれ? リリス・・・私・・・」
リリスがマリアを抱きしめて涙をこぼしていた。
「サマエルが生き返らせてくれたの。マリア、びっくりした。助かってよかった」
「・・・サマエルが?」
未来の毒は消失していた。
マリアの体のどこにも電子世界の何かを感じなかった。
しいて言うなら服か。
リリスに似た少女に刺された布に、電子世界特有の痕跡が残っている。
まぁ、後でリリスの服を貸してやれば問題ない・・・か。
「サマエル、リリス・・・」
「よかった・・・な」
ほっとして息をつく。
魔法陣を閉じて、よろめきながら祭壇の柱に寄りかかった。
蘇生術を使ったのはいつぶりだろうな。
リリスとマリアが何か話してくるのが聞こえたが、頭がかすんでいく。
膝を立てて、目を閉じていた。
星のささやきが聞こえる。
「サマエル」
月明かりの眩しさに、うっすら片目を開いた。
体中が痛かった。
「ヘカテーか・・・」
新月の女神ヘカテーが降りてきていた。
深海のような光をベールのようにまとっている。
「魔神が蘇生術を使うとは意外で降りてきてしまったよ。癒しの光りが必要だろう」
「さんきゅ。助かるよ」
月明かりは力の源だった。
座ったまま後ろに手をついて、ヘカテーを見上げる。
「は!? リリス!!」
隣でうずくまるようにしてリリスが寝ているのに気づいた。
寝息を立てていて、起きる気配がない。
「はははは、気づかなかったのか」
「家に戻ってろと言ったのに。マリアは・・・・」
「安心しろ。全てを見ていたが、お前の使い魔とペムペムが家でマリアを守っているようだ。魔神は誰もここに来ていない。ハラハラして見ていられなかったわ。ったく・・・」
ヘカテーが祭壇に手を置いて息をつく。
「お前も無茶をするな。蘇生術を使うなら他の者に任せればよかったものを。自らが消滅する可能性だってあっただろう。破壊を主とする魔神の役目ではない」
「時間がなかった。とにかく、成功してよかったよ」
「・・・・・・・」
リリスの髪を撫でる。
柔らかいシルクのベールに触れているようだった。
「・・・・電子世界のリリスとやらを見た」
ヘカテーが声を低くする。
「そこのリリスとそっくりだったな。どうやって未来の者がリリスのことを・・・?」
「さぁな。俺にもよくわからない。でも、彼女は人間の肉体ではない、何かだった」
「何か・・・か・・・未来は恐ろしいな」
「ん・・・・」
リリスが寝返りを打っていた。
マントを外して、リリスにかける。
「・・・・タイムリープがどこかで起きると思っていたが、人間がそこまでの力を得るとはな。神にも等しい力だ」
ヘカテーが深刻な顔で言う。
「遠い地では神の子が迫害で死に、世界の均衡が崩れつつあると聞いている。未来の電子世界がどうゆう者かわからないが、嫌な予感がする」
蒼い瞳をこちらに向ける。
「あまり目立つなよ」
「魔神は世界が平和だったら目立たないって」
「・・・そうだな。また来る」
「おう」
ヘカテーがふっとほほ笑んだ。
リリスをちらっと見てから、空高く飛んでいく。
「リリス、リリス、起きろ」
「ふわ・・・サマエル!」
起きた瞬間、ぱっと表情を明るくしてマントを握り締めた。
黒い羽根が数枚落ちている。
「マリアのこと、ありがとう! もう、なんともないって」
「そうか。ったく、リリスがどうしてここに居るんだよ。マリアには家から出ないように伝えただろうな?」
「うん。サマエルの使い魔がいるから大丈夫」
リリスが目じりを下げる。
「サマエルがこのまま目を覚まさなかったらどうしようって心配してたの。サマエルもマリアも無事でよかった。本当に・・・本当に・・・」
「蘇生術が苦手なだけだ。不要な心配かけて悪かったな」
砂を払って立ち上がる。
「サマエル、本当にありがとう」
「どういたしまして」
「あ、じゃあ、サマエル。私の願いを叶えてくれたお礼に、私もサマエルの願いを叶えてあげる」
「は?」
「ね、ね?」
リリスが無邪気に笑って、隣に並ぶ。
拍子抜けするな。
リリスは俺が魔神だということを忘れている気がする。
「サマエル、サマエルの願いは何?」
「ないって」
「何かはあるよ。そうだ。お腹すいたよね? 任せて、明日はとびきり美味しい料理を作るから」
「じゃあ・・・肉料理で」
「了解! 今回はスパイスもちょっと変えてみようかな」
2人で他愛のない話をしながら、小さな家のほうへ歩いていった。




