8 101
リシテアに案内されたのはリシテア王国から数キロ離れた岩場の洞窟だった。
洞窟の中に入ると、雷が走るのような感覚があった。
「なんだ? ここは・・・」
「空間が破れてるのか?」
リシテアが張ったガラスのような結界の中は、切って貼り付けたように別の空間になっていた。
人間が一人分入る大きさの、夜のような穴が空いていた。
時折、流れ星のように光が飛び交っている。
「これが電子空間?」
「不思議なのはそれだけじゃないの」
リシテアが結界に近づく。
ジジ ジジジジ
「なっ!?」
『こんにちは』
派手なオレンジの短いスカートと体のラインがはっきり見える服を着た少女が現れた。
魔術師が使うような小さな杖を持っている。
カマエルが咄嗟に剣を出した。
『杖・・・戦闘するつもりか?』
「ううん。彼女は攻撃してこない。この結界からは絶対出られないから。人間に見えるけど、人間でもないの」
『呼ばれたかと思い、出てきただけです。私は未来に生成された魔法少女モデル、アンドロイド、名は"101"といいます。"101"とお呼びください』
"101"という少女の体は透けていた。
『ご用件は?』
「貴女の言う未来の技術、電子世界の侵食が深刻なの。想定より早く大陸が沈んでしまうかもしれない」
リシテアが普通に話していた。
「今すぐ電子世界の接続を切って」
『リシテア様のお願いでも、それはできません。まだ、リリスが戻ってきていないので』
「リリス?」
「どうゆうこと? 誰かこの結界の外に出たの?」
『・・・・・』
"101"がリシテアの言葉を無視して、こちらを見る。
『貴方がサマエル様ですか』
「どうして俺の名を知ってる?」
『データを検索して一致しました。不思議と懐かしいお顔です。ここに来るには容量を減らさなければいけなかったため、65%程度の精度となります』
「・・・?」
なぜか、"101"は俺を見てほほ笑んだ。
「ねぇ、力づくで壊せばいいんじゃない? そこを・・・」
カマエルが剣を持ち直す。
近くの小石が、カマエルの魔力で浮き上がっていた。
「駄目!」
リシテアが両手を広げる。
「この結界を破ったら、電子世界の侵食はもっと広まってしまう。彼女は一瞬で洞窟内を空間を電子世界にしていたの」
「え・・・・」
『現在は花の女神リシテア様の魔力により、抑えられ、このスペースしか取れませんでした。しかし、問題ありません。リリスがここで対応することを完了できましたら、接続を切断します』
「じゃあ、君の言うリリスってどこにいるんだよ!」
カマエルが苛立ちながら言った。
『・・・・スーラ王国へ向かう馬車になります。マリアを殺すために』
「は・・・・?」
「どうゆうことなの!? 聞いてないわ!」
リシテアが結界に張り付く。
『話すようプログラムされていませんでしたが、話してしまいました。バグですね。ですが・・・・』
"101"と目が合った気がした。
サアアァァァ
『大変です! リシテア様!』
リオネーが血相を変えて、洞窟の中に飛んできた。
「マリアの乗っている馬車が襲撃されました!」
「!?」
血の気が引いた。
「嘘、そんな・・・・」
リシテアがよろけると、カマエルが支えた。
「サマエル、リシテアを連れて後で追いかけるよ。先に行って」
「わかった。リオネー、案内しろ」
『りょ・・・りょ、了解です』
リオネーがボロボロ泣きながら頷いた。
『サマエル様』
翼を広げようとした時、"101"が声をかけてくる。
『リリスは悪くありません。仕方ないことなのです。今後、未来永劫続く魔法少女・・・』
「お前が何者かも、お前が言うリリスも知らない。俺は神だ。自分の目で見て決める」
"101"の言葉を遮って話した。
勢いよく地面を蹴って、リオネーの案内する方角へ飛んでいく。
ガシャッ
砂地の途中まで来ると、馬車の崩れる音がした。
馬たちが息をせずに横たわっている。
辺り一帯、生々しい血の匂いがした。
『・・・・・・・』
砂埃でよく見えなかったが、近づくと声が聞こえた。
「リリス・・・・じゃないよね?」
『ごめん、リリスだよ。マリアにGPS機能をつけておいてよかった。もうすぐ楽になるからね・・・』
― 黒獄牙 ―
手を伸ばして皮膚を斬る風を起こす。
砂埃が掃けていき、声を出していた者が軽やかに飛んで避けていた。
「・・・・!」
黒いローブに身を包んだリリスに見えた。
剣には血が滲んでいる。
『マリア・・・レペック・・・みんな・・・みんな』
リオネーが混乱しながら、一人一人呼吸を確認していた。
姫であるマリアを庇ったのか、護衛含めて全員死んでいた。
「ごほっ・・・サマ・・・エル・・・なの?」
「マリア」
マリアに駆け寄っていく。
脈がどんどん弱くなっていった。
傷は浅いが、毒が入り込んでいる。
何の毒だ? 見たことがない。
「心配しなくていい。お前は死なせない」
マリアを抱きかかえた。
『無駄だよ。マリアに刺した毒は、この世界ではまだ見つかっていない毒だから、解毒方法がない。でも、楽に死ねる利点もある。マリアはここで死ななきゃいけないの。手遅れになる前に・・・』
リリスに似た少女が言う。
"101"のように、少し体が透けていた。
『私が何もしなくても、もうすぐ死ぬ。ここでのやることは終わった』
リリスに似た少女が剣を消した。
シュッ
カマエルが剣を振り下ろす。
リリスに似た少女は蜃気楼のように消えて、別の場所に移っていた。
「え?」
カマエルの剣は空を斬った。
慌てて体勢を整える。
『この身体は電子世界専用の体。消えたり、現れたり、自由にできるようにプログラムされてる。でも、さすがに力を使いすぎたかな。充電モードにしなきゃ』
首から下げていた鍵を握り締めると、足元に転移魔方陣が展開されていた。
「逃げる気か?」
『サマエル、マリア、ごめんね』
悲しげに視線を逸らす。
一瞬、リリスと重なって見えた。
シュンッ
リリスに似た少女が瞬く間もなく消えていった。
「電子世界の技術・・・って、人間でも神でもない・・・何者だ? こんなの世界に漏れたら・・・」
「私の国の・・・民が・・・こんな、こんな死に方をするなんて」
髪を乱したリシテアの悲痛な声が響く。
「じきに遣いの者が魂を迎えに来るよ」
「うぅっ・・・・私がもっと止められたら・・・」
カマエルがリシテアの背中を支える。
リシテアが顔を覆って泣いていた。
「みんな・・・・ごめんね・・・今・・・私もそっちに行くから・・・・」
マリアが亡骸を見下ろして手を伸ばそうとした。
「マリアは絶対に死なない。死ぬと思うな」
「・・・・・?」
呼吸が浅く、心音は今にも止まってしまいそうだった。
「サマエル、ここはリシテアと俺に任せて。ここにある亡骸も、電子世界の痕跡がないか調査しなきゃいけない。未来の毒って言ってただろ? 今のままだとマリアは、どちらにしろ殺すべき存在になってしまう」
「・・・あぁ、マリアの命の存続が最優先だ」
「他の魔神に見つからないようにね」
マリアの白い右腕に薔薇のような模様の痣が出ていた。
血管を伝い、少しずつ毒が広がっている。
リリスに似た少女が言うように、もうすぐ死ぬだろう。
「サマ・・・エル・・・・・」
マリアがうっすら目を開けた。
「しゃべるな」
翼を広げて、マリアの体への風の抵抗を減らしながら飛んでいく。
森の奥にある、湖の小さな家のほうへ向かっていた。
「ふふ・・・こうやって、必死になってくれるのも・・・リリスのためなんでしょ?」
片目を開ける。
「神は・・・・以外と・・・一途・・・なのね・・・」
「今、んなこと話してる場合じゃないだろ」
「いいな・・・リリスは・・・。羨ましくて、憧れだった。花嫁として投げられたのが・・・私だったらよかったのに・・・」
消こえるか聞こえないかのような声で呟いていた。




