7 花の女神リシテア
リシテア王国は花の溢れた王国だった。
花の女神、リシテアが守護している国だ。
「大陸外に漏らしたら殺せって・・・相変わらず、クリフォトの樹の神は荒いね・・・」
「まぁな。マリアは確実に口止めするつもりだ」
翼を伸ばした。
「殺したらリリスが悲しむもんね」
「そうだな」
「ん? なんか素直じゃない?」
カマエルがこちらを見て首を傾げる。
「リシテア王国に入ったからだろ・・・平和な国は久しく来ていない。高度を落とすぞ。人間の様子も確認していきたい」
「了解」
カマエルとリシテア王国の城下町のほうへ降りていった。
「リシテア王国は久しぶりだなぁ。この国、全然戦争とか起こらないから、俺の出番ないんだよね」
「魔神とは無縁の国だからな」
城下町を歩く。
リシテア王国は気候も良く作物の実りも早い。
貿易に利用する宝石や鉄鉱石などの資源も豊富なため、民は余裕が見られた。
「そこのお姉さん、うちで食べていかない? 焼きたてのパンも美味しいよ」
「いらっしゃい。新作の本も並んでるよ!」
城下町は活気に満ちている。
めったに見られないような、海産物も並んでいた。
「お姉ちゃん、待ってってばー」
「早く早く。メリーおばさんのパイが売り切れちゃうよ!」
子供たちが横を駆け抜けていく。
行き交う人たちに貧富の差はなく、妬み嫉みの一つも聞こえてこない。
噴水近くでは、妖精たちが小さな花に座って、楽しそうに談笑している。
俺らには気づいてないらしい。
「・・・俺たち場違いじゃない?」
「電子世界の侵食を懸念していたんだけど、今のところ違和感はないな・・・・」
口に手を当てる。
「どこをどう見ても、ただの平和な国だ。早くマリアって子のところに行こうよ」
「あぁ、リシテアが現れる前にマリアに話して撤退するか」
「まぁ・・・こんなに穏やかな国も久しぶりだし、このまま帰るのは勿体ないけどね。リシテアに会ったら怒られそうだし」
カマエルが頭の後ろで手を組んだ。
戦いや災害から無関係のようなところにある国だった。
サアアァァアア
突風が吹いて、噴水の水が外に飛び散った。
「リシテア・・・」
花の女神リシテアが白いワンピースをなびかせて降りてきた。
柔らかなピンクの髪に、花の冠を被っている。
肩に小さな妖精を2人乗せていた。
「サマエル、カマエル、私の国に何の用?」
「何の用って・・・」
「この国に魔神2柱が来るようなことは無いと思うけど」
地上に着くなり、いきなり睨みつけてきた。
「別に戦争や災害を起こそうとしてきたわけじゃないって」
「じゃあ何?」
「何って・・・そんなあからさまに嫌な顔しないでも・・・」
「私の国の民は何も悪いことしていないんだから。魔神に裁かれるようなことはないからね!」
「見りゃわかるよ」
妙に攻撃的だった。
カマエルがリシテアに圧倒されて、一歩下がっていた。
「リシテアもこの大陸が沈むことは知ってるだろ?」
「あ・・・・うん・・・」
リシテアが俯いた。
「もちろん、ね。大好きなこの国が沈むのは悲しい・・・けど、大地の神カプリニクスが眠りにつくなら仕方ないと思ってる」
「未来の電子世界とやらが侵食してきている話は知ってるか?」
「!?」
はっとしたような表情でこちらを見上げる。
何か知っているみたいだな。
「未来の技術が流出する予言がなされた。大陸外にほんの少しでも流出しそうになったら、大地の神カプリニクスの寿命を待たずに、この世界は沈む」
「そんな・・・・・」
「リシテア王国の姫マリアが未来の技術を使っているのを見た。口止めに来たんだ。彼女はクリフォトの樹に要注意人物に指定された」
「・・・・・」
一瞬、沈黙が降り落ちた。
「・・・・そう」
リシテアが髪を耳にかけて、長い瞬きをした。
「・・・・マリアは貴方たちのこと見えるの?」
「俺はなぜか見えるらしい」
「俺は見えないよ」
カマエルが手を振った。
「魔神が見えるなんて珍しいのね。マリアは隣国のスーラ王国に呼ばれて、今、この城にはいないの。巫女は妖精の声が聞こえるから、早急に伝えるようにする」
「マリアの命がかかってるんだ。俺が追いかける」
「2柱の魔神が移動するだけで、大気が震えるのよ。私の妖精が必ず伝えるから。リオネー、今の聞いてたでしょ? お願いできる?」
『りょーかい。任せて』
リシテアの肩に座っていた妖精が羽を広げて飛んでいった。
「ここはリシテアに任せれば大丈夫だよ」
「・・・あぁ」
不服だが、頷かざるを得ない。
リシテア王国やスーラ王国のような、平和な国では特にな。
「サマエルが一人の少女の身を案じるなんて、珍しいのね」
「俺もそう思ったんだよ。サマエルって細かいことあまり気にしないじゃん。やっぱりリリスが関係あるよね?」
「リリス?」
「人間がサマエルに投げてよこした少女だよ。人身供養でね。マリアはリリスの親友なんだ」
「リリスは関係無い。俺が急いでるのはクリフォトの樹の予言があったからだ」
「ふうん」
リシテアがにやにやしながらこちらを見上げる。
女神は勘がよくて、苦手だ。
すぐに何かを悟る。
「サマエルも人間とそうゆうことするんだ」
「・・・・・」
「えっ、どうゆうこと?」
「鈍いのね。交わったってこと。お熱いのね」
「!?」
カマエルが大きく目を見開く。
「なっ・・・!? マジで? 確かに、おかしいとは思ったけどさ。まさか本当だったとは。じゃあ、俺より先にサマエルのほうが進展してるってこと? エリンちゃんと手を繋いだことも無いのに?」
いきなり口調が早くなって、俺とリシテアを交互に見る。
「えー・・・なんかショックだ」
「なんでカマエルがショック受けるんだよ」
「なんとなく・・・」
肩を落としていた。
「カマエルって、泉の女神エリンのこと、まだ好きだったの? 向こうはカマエルのことはなんとも思ってないと思うけど?」
「グサッとするようなこと言うな。これでも進展あったんだ。この前エリンちゃんのお祭りのとき、2人きりで周ったんだよね」
饒舌に話し始めた。
「2人きりってことは、デートで間違いないよね。3時間くらいかなぁ・・・エリンちゃんはずっとにこにこしてたし、会話も弾んだし、これって脈アリじゃない?」
「2人きりになっても何もなかったんでしょ?」
「それは・・・」
「脈無しだと思う。好きになるのは自由だけど、エリンは人気だから難しいと思うよ? 他の神々からも言い寄られてる噂聞くし、可愛いもの、当然のことよ」
「えぇっ!?」
「誰かにとられて後悔するくらいなら、気持ちは早く伝えておくことね」
容赦ないな。
カマエルが魂の抜けたような顔で呆然としていた。
「それにしても・・・サマエルは恋愛とは無縁だと思ってたのに。まさか人間と・・・とはね」
リシテアが自分の花の冠を取って、近くの木のベンチに置く。
「リシテア・・・」
「あまり一人の人間に熱を入れるのは駄目よ。私たちは神、人間の信仰によって力を得て、見守る存在。人間には、誰にでも公平じゃなきゃいけないんだから」
「・・・・わかってるよ」
リシテアの警告はもっともだった。
リリスといると、本来の自分を見失いそうになる。
大陸が沈むことも、どこかで止められないかと考え始めていた。
マリアとメイリアのことも・・・。
「わかってるならいいわ。ついてきて」
「ん?」
リシテアが背を向けて一呼吸置く。
「電子世界のこと、少し知ってる。侵食してきている場所があるの。私が結界を張って堰き止めている場所があるの・・・サマエルとカマエルには言わなきゃね」
「え・・・・?」
「ここから遠くないところにあるから」
くるんとした髪を後ろにやった。
「電子世界・・・・って、リシテアの力に異変はないの?」
「うん。今のところは変わらない。ほら・・・」
指を回して、軽く風を起こす。
「電子世界・・・なんて、見たことなかったけど、明らかに違う場所ってわかる。幸い、今は一か所だけど、広がったらどうしようかって思ってたの・・・人間と接触したのかもわからない」
自信なさげに言う。
「すぐに、案内してくれ」
「うん」
ふわっと飛んでいくリシテアについていく。
飛びながら、カプリニクスが話していた言葉を思い出していた。
『未来から現れた少女、リリス』のことを・・・。




