4 大地の神カプリニクスの罪
神は裁かれないわけではない。
罪を犯せば、人間同様に裁きを受け入れることとなる。
この大陸の大地の神は、自らの罪の裁きにより寿命を迎えて、沈むことが決まっていた。
どんな罪を犯したかは、俺もカマエルもわからない。
わかっていても口には出さないけどな。
神々における暗黙のルールだ。
「っと」
巨大な樹の根の間から地下に入っていく。
ずっと降りていくと、中は部屋のようになっており、大地の神カプリニクスが寝ていた。
「カプリニクス、元気にしてたか?」
「サマエルか」
カプリニクスが体を起こす。
「随分、急激に老いたな」
「ははは、寿命が近いからね。若かったらおかしいだろう?」
笑いながら言う。
カプリニクスは白髪を伸ばした老人のような見た目をしていた。
大陸が沈み、大地がもうすぐ眠りにつくことを表している。
テーブルに籠に入ったお菓子を置いた。
「いい匂いがするな」
「土産だよ。泉の女神エリンの祭りで人気だった木の実を砂糖で焼いたものだ。祈りの力が込められている。俺たちが食べても美味しいよ」
「ありがとう。珍しいな、お前がこんな気遣いをするなんて」
「エリンからだよ。エリンはここに来れないからな」
「そうかそうか。泉の女神エリンか。踊りは綺麗だったか?」
「あぁ、今までの中で一番綺麗だったと思う」
目を細める。
「・・・そうか、サマエルが言うならよほどだな。見たかったな」
カプリニクスがゆっくりとテーブルのほうへ歩いてくる。
「ほぉ、木の実の種類が豊富だな。この実はココの実か、珍しいものを」
「俺は正直もう飽きてきてるよ。しばらく、それしか食べてないし」
「おぉ、これは、美味しいな。力が漲るようだ。うまいうまい」
椅子に座り、木の実をぼりぼり齧っていた。
「エリンに言っておくよ」
「サマエルはリリス・・・という少女を気に入ってるらしいな」
「別に気に入ってるわけじゃないって。つか、なんで知ってるんだよ」
「地は繋がってる。この大陸で起こること全て見えていることはわかってるだろう?」
白いひげを触りながら言う。
「はぁ・・・・じゃあ見てただろ。リリスは人間が俺に捧げてきた、普通の少女だ。あいつらは俺が人間を食うとでも思ってるのか?」
「ははははは、人間たちが持つサマエルのイメージは美少女を欲する魔神なんだろう。神を畏れることは悪いことじゃない。よかったじゃないか」
「・・・笑うなよ。そもそも、俺はそんな趣味ないんだが・・・」
カプリニクスが大いに笑っていた。
部屋は土の匂いがしてて、地下にも関わらず昼間のように明るい。
壁に埋め込まれた宝玉が常に輝いているからだ。
大地の神カプリニクスとは遥か昔からの付き合いだが、どんな罪を犯したのかは知らない。
正直、カプリニクスが罪を犯すなんて思えなかった。
「で? 何の用だ?」
「ん?」
「サマエルが用もなくここに来るわけないだろう」
「・・・そうだな。さすが大地の神か」
椅子に座って頬杖をつく。
「未来の来た者が、何らかの技術を持って、今の時代に来るってことはありえるのか? もしくは未来の者がこの時代に何らかの接触を試みたことはあるか?」
「・・・・・!」
カプリニクスの顔色が明らかに変わった。
「その顔・・・何か知ってるんだな?」
「ど・・・どうして、それを・・・」
「リシテア王国の姫マリアが魔法じゃない、神の力でもない、人類が未来に手に入れるであろう技術を使っているように見えた。確証はないけどな」
「・・・・・・・・・」
近くにあった本を開く。
「マリアに直接見せてもらったんだ。本が地図だとして、こんなふうに手をかざすと、確認したい人間の位置がわかる仕組みだった」
「・・・なるほど・・・寝ている間にそんなことがあったのか」
「この大陸に何があったかわかるか?」
カプリニクスの目を見る。
「まぁ・・・お前とは長い付き合いだ。話しておくか」
重い口を開く。
カプリニクスが自らの罪と、この大陸が沈む理由について話し始めた。
未来にいる人間たちがタイムリープの方法を探していたこと。
何らかの方法で、この大陸に接触してしまったこと。
カプリニクスは自らの不注意から受け入れてしまい、この時代にあってはならない技術が一部、大陸に流出してしまったこと。
「未来には電子世界というものがあるらしい。数千年かけて築き上げる人類の英知の結晶だ。未来に存在する途方もない技術が、神の力に等しいタイムリープを成功させたようだ」
「電子世界?」
「あぁ・・・はるか未来の知識が広まることは、人間の知的向上心を脅かすこととなる。世界に広まる前に、大陸ごと沈まざるをえないと判断された」
「なるほど・・・」
背もたれに寄りかかる。
「未来から来た奴か。人間の可能性は未知だな」
「随分、受け入れるのが早いな」
「カプリニクスの罪が人間みたいな馬鹿げたものじゃなくて安心したんだ」
「・・・・・・・」
テーブルに埋め込まれたエメラルドがきらっと反射する。
カプリニクスは大地の神としての役割を果たしていたから、この部屋の宝石はいつ見ても輝いている。
一つも曇りがないのは、カプリニクスが神格を保ち続けた証拠だ。
椅子を引いた。
「じゃあ、俺はそろそろ戻るよ」
「・・・待て」
カプリニクスが両手を組む。
「話にはまだ続きがある」
「?」
「多くの者はタイムリープを失敗していたが、一人だけ成功した者がいると言っただろう。俺が接触を許してしまった者・・・リリスと名乗る少女だった」
「は?」
息が詰まる。
「お前のところにいる"リリス"そっくりの少女だ」
「そんなはずはない! リリスは・・・」
「わかってる。街の人身供養として捧げられた少女だ。確かに見ていた。リリスが赤子から育ってきた姿を・・・」
カプリニクスが木の実を見つめながら息をつく。
「でも、未来から現れた少女もリリスだった。それだけは確かだ」
「・・・・・・・・」
「悪い。俺が言えるのはここまでだ。土産持ってきてくれてありがとな。カマエルにもよろしく伝えておいてくれ」
口をつぐむ。
カプリニクスはそれ以上、リリスの話題に触れることはなかった。
「サマエル」
湖の近くに戻ると、リリスが駆け寄って来た。
空がオレンジに染まり日が沈みかけている。
「今日は遅かったね。神様も色々と仕事があるの?」
「リリス・・・・」
「え?」
「・・・・・」
屈託のない表情で首を傾げる。
言葉が咄嗟に浮かばなかった。
リリスが未来から来た? どう見ても信じられない。
でも、カプリニクスが嘘をつかないことは、よくわかっている。
未来から来た者との接触で、大陸が沈むことになったのも確かだ。
リリスは一体・・・。
「どうしたの? 何かあったの?」
心配そうな顔でこちらを見上げる。
「・・・・いや、何でもない。腹が減った。何か作ってくれ」
「もちろん! ビーフシチューとパンを焼いたの。作りすぎちゃったからサマエルが食べてくれると嬉しいなって。サマエル肉料理が好きなんだよね? 食糧庫にあった肉で作ったらすごく美味しかったの」
リリスが飛び跳ねるようにしてついてくる。
「自信作だよ・・・一緒に食べると美味しいから、私もサマエルと一緒に食べる」
「リリスはここに来てから食べ過ぎだ。太っただろ?」
「えっ!? どうしてわかったの? 見た目はそんなに太ってないつもりだったのに・・・・明日からサラダ中心にしようかな・・・痩せないと」
リリスが頬に手を当てていた。
「・・・・・」
息をつく。
どうしてもカプリニクスが言っていたリリスと、目の前にいるリリスが結びつかなかった。




