3 神への憎悪
エリンの踊りが終わるとすぐに、サマエルが動いた。
湖から離れて、森の中に入っていく人間たちを追いかけていた。
ザッ
「な・・・なんだ? このガキは」
「神だよ」
カマエルが紋章の入ったローブを着た3人の前に降りていった。
1人は呪術で使うような道具を持っている。
「神って、本当なのか? 本当に・・・神が見えるとは・・・」
「このガキが神?」
「空から降りてきた・・・人間じゃない、間違いない、神だ。やっぱり存在したんだ」
「俺は死期の近い人間には見える。君らはここで殺されるから見えるんだ」
「死・・・・?」
「そう、死だよ。全員ね」
「!?」
ドサッ
「うわっ」
「これで9人、全員だな」
蔦で縛っていた人間を、地面に放り投げた。
「さんきゅ、サマエル」
「ったく、人間が神を利用して神の力を手に入れようだなんて、よくそんな傲慢な発想に至ったな」
人間の欲望は底知れない。
豊かな生活が成り立っていてもなお、何かを欲しようとする。
「あははははははは。死の間際に神と話せるとはな」
カマエルに剣を向けられた男が急に笑い出す。
「?」
「神の力を手にする計画はもう計画を始まっている。俺たちを殺しても計画通り運べば問題ない」
「どうゆう意味だ?」
「俺たちは神を許してないんだよ。神が度々起こす災害で、家族を失った! ここにいる者みんな、同じだ!」
男が手足を固定されたまま叫ぶ。
俺らへの憎悪に満ちていた。
「人間は肉体が滅んでも魂は生き続ける。君らの家族はこんなこと望んでいないと思うけど?」
サマエルが冷静に言うと、人間たちが烈火のごとく怒っていた。
「綺麗ごとを抜かすな!」
地面に這いつくばりながら顔を上げた。
「神がやることだから許せ? 俺たちの幸せを奪っておいて何を言ってる?」
「災害は全て神のせいだろうが! なぜ神は裁かれない!? 人間も神と同じ力を持たなきゃ、公平じゃないだろうが!」
「俺たちが望むのは神への復讐だ。呪いだ。見ていろ、想像もできないような世界に導いてやる」
次々に喚いていた。
矢のような視線がこちらを刺す。
「・・・・・・」
正直、反論するのも馬鹿馬鹿しいな。
「いい加減にしろ・・・」
カマエルが息をついて、剣を突き立てた。
「思い知れ! 俺たちの・・・」
― 雷業裁 ―
ゴゴゴゴゴゴ ガンッ
しゅぅううううう
人間たちが突然現れた雷に打たれて倒れていた。
黒くなった遺体には、赤黒い怨念が残っている。
「執念深い奴らだな。これじゃしばらく霊魂も彷徨うだろうな。死の神が迎えに来ても拒否しそうだし」
「そうだな・・・・・・」
「サマエル、どうした?」
カマエルが剣をしまってこちらを覗き込む。
「ん・・・まぁ、あいつらの最期の言葉が気になってな」
「あんなの気にしてたらやってられないって。死ぬ間際の人間は、みんな同じようなことを言うんだから」
神に対する憎悪か。
自信満々に死んでいった奴らの顔が頭に浮かぶ。
何かを仕掛けて死んでいったのだろうか。
「ここに居たのね。サマエルの使い魔に聞いちゃった」
泉の女神エリンが服をなびかせて降りてくる。
「戻っていいって言ったのに。女神に甘いんだよな、俺の使い魔」
「きっと、私の踊りが見たかったんだよ。ねぇ、2人とも見てくれた?」
カマエルが少し緊張しながら頷いていた。
「み、み、見たよ! 深海や草花、いや、この世界の誰よりも美しかった。エリンは女神の中で美しいとおもふ。ぜったい」
呂律が回らなくなっていた。
エリンがくすくす笑う。
「ありがとう。サマエルも結局来てくれたのね」
「あぁ、最後だからな」
「・・・・・」
エリンが寂しそうに頷いた。
「今の人間たちは?」
「神の力を得ようとする者たちだ。神を恨んでるらしい」
「人間が神の力を得たら均衡が崩れる。だから殺さなきゃいけない」
カマエルが淡々と言う。
「なるほど。そっちも大変ね」
「じゃあ、俺はそろそろリリスを迎えに行ってくるよ」
「えーっ、もう行っちゃうの?」
「俺がいたら2人の邪魔だろ?」
「邪魔?」
「サマエル! いいから!」
カマエルの顔が真っ赤になっていた。
エリンはまだカマエルの気持ちに気づいていないらしい。
「カマエル、一緒にいこ。夜も更けてきて、祭りがどんどん盛り上がっているの。神々もたくさん来てるから」
「う・・・うん」
カマエルの手を握り締めていた。
女神は色恋沙汰が得意と聞くんだけどな。
もしくは、わからないふりをして弄んでいるのか・・・。
「あ、サマエル」
「ん?」
エリンに呼ばれて振り返る。
「あの・・・リリスと一緒にいたマリアってリシテア王国のお姫様、魔法が使えるみたいなの」
「魔法?」
「神の力のこと?」
「・・・わからない・・・私が見たのは地図を広げて、手で撫でると見たい人の位置情報がわかるもの、彼女は魔法って言ってた・・・」
珍しく、心配そうな表情で話していた。
「とにかく、サマエルも気をつけて。なんか嫌な予感がするの」
「あぁ、確認してみるよ。ありがとな」
地面を蹴って飛んでいく。
夜風に混ざって、カマエルとエリンの何気ないやり取りが聞こえていた。
「リリス、そろそろ帰るぞ」
リリスとメイリアとマリアは、草むらに座って、まだ談笑していた。
3人に特に変わった様子もない。
「えー、まだ帰りたくない」
「わがまま言うなって。メイリアとマリアもそろそろ帰らなきゃいけないだろ?」
「えっ、もうこんな時間」
マリアが首から下げた懐中時計を見て驚いていた。
「行かなきゃ。メイリアもだよね?」
「・・・うん。また3人で会うことってできるかな?」
「・・・私、リシテア王国の姫だから・・・なかなか外出を許してもらえないの。これで最後になっちゃうかもしれない」
マリアが俯きながら言う。
「え・・・・」
「ごめんね。これで最後なんて思いたくないんだけど」
「私もマリアと同じなの。これから全寮制の学校に入って、他国の言語の勉強をしなきゃいけない。お父様の教育方針で、ここを離れなきゃいけないの。リリスとマリアと一緒にいる時間が最後かもしれないなんて・・・」
メイリアが花柄の髪飾りに触れながら、リリスとマリアを見つめていた。
「ありがとう。私と出会ってくれて」
「そんな・・・」
マリアが俯いて目を擦る。
「そうだな。3人が会える時間か・・・他の神に聞いてみるよ。俺は専門じゃないから叶えられないんだ」
「ほ、本当・・・?」
「ありがとう! サマエル様」
マリアが前のめりになる。
「いや、リリスの友達になってくれて、ありがとな」
「よかった。マリア、メイリアまた会おうね。絶対だよ!」
「うん」
リリスが少し涙目になりながら、ほほ笑んでいた。
「ところで・・・・マリア、魔法って使えるのか?」
「えっと・・・魔法・・・かな? うん。これだよね?」
マリアがポケットから地図を出した。
名前が浮き出て、誰が移動したのかわかるようになっている。
「すごいよね。王国の人がどこにいるかわかっちゃうんだもん」
「国を出る時は必ずこの地図を持っていくの。あ、さっきも言った通り誰にも内緒、3人だけの秘密ね」
「うんうん」
「私のお付きのメイドはここにいる。執事はこっち。3人ともちょっと動きが遠いわね」
「マリアを探してるんじゃない?」
「ふふ、私がここにいるなんて絶対わからないわ。お菓子の売ってるところばかり行くんだから」
3人が地図を囲み、弾むような声で話していた。
「・・・・・・」
腕を組んでマリアが出した地図を見つめる。
一見すると神の力を利用した魔法のように見えたが、何か違和感があった。
おそらく人間が創った高度な技術だ。
今の世界には存在しない特殊な技術・・・いつか人類が辿り着くであろう技術の一部だ。
どうしてリシテア王国の姫がこんな力を・・・?




