2 メイリアとマリア
街は夜にもかかわらず、エリンの泉を中心として盛り上がっていた。
屋台には木の実のパンや肉料理が並び、どこからともなく音楽が流れてきて、人間たちが酒を飲みながら騒いでいる。
『サマエル様』
使い魔の黒猫が小さな翼を広げて、こちらに飛んできた。
『リリスを狙う者は今のところいません』
「みたいだな。ありがとう」
『エリン様のお祭りなので、あまり心配なさらずとも大丈夫かと思いますよ。リリスを突き落とした者たちはもちろん来ていませんし。何かありましたら僕が守りますので』
「エリンの最後の祭りを見てみたくなっただけだよ。戻っていいよ。あとは俺が見てるから」
『かしこまりました』
使い魔の黒猫が空高く飛んで、森の中に消えていった。
泉の女神エリンの祭りは清らかな空気に包まれていた。
18歳以下の少女たちは、祭りでエリンと似たような踊りを披露する。
女神と繋がる祈りの舞とも呼ばれていた。
リリスはなぜか少女たちの踊りの中に混ざっていた。
エリンのように蒼いベールを広げて、くるくる回っている。
周りの少女と比べて、かなりぎこちないし、全然踊れていないけどな。
いつかバランスを崩して転びそうだ。
時折フードが取れそうになって、押さえていた。
「・・・・・」
泉の女神エリンが泉の中央にある岩に座って、少女たちの様子をほほえましく眺めているのが見える。
カマエルは見当たらなかったが、どこかからエリンを見てるんだろう。
「あ!!」
「!?」
突然、リリスが俺を見つけて、駆け寄ってくる。
慌てて、人ごみから離れて、近くの草むらに移動した。
「サマ・・・・」
「静かにしろ。俺の姿はリリスにしか見えないんだから」
「そうだった。つい・・・」
リリスが口を押えて頷く。
「でも、来てくれてたんだね。サマエルも祭りが好きなのね」
「リリスー!」
リリスを追いかけてきた少女が2人いた。
リリスよりも2つくらい年上で、おっとりした貴族の服を着た少女。
同い年くらいで、胸にアクアマリンを身に着けた・・・おそらく、リシテア王国の姫だろう。庶民の服を着ていたが、すぐにわかる。
「リリス、この人誰? 翼があるってことは・・・もしかして人間じゃないの? でも、同い年くらいに見えるし・・・」
「え? 漆黒の翼・・・綺麗・・・・」
少女たちがこちらを見上げる。
「ん?」
「サマエルが見えるの!?」
リリスが興奮気味に言う。
「・・・見えるよ。もしかして神様?」
「あぁ、一応な」
「!!」
2人が顔を見合わせて目を大きく見開いていた。
「リリス、この2人は?」
「私はルーリア家貴族のメイリア=ルーリア」
「私はえ・・・っと、マリア・・・」
マリアが視線を逸らして、言いにくそうにしていた。
姫だということはなるべく隠したいようだな。
「サマエルは私の旦那・・・・」
「えっと、リリスとはどうやって知り合ったんだ?」
リリスの口を塞いでメイリアとマリアに尋ねる。
「どうって・・・そうそう、リリスがリズムに乗るのが難しいみたいで・・・」
「私がぶつかっちゃって。吹っ飛ばしちゃったの。ごめんね」
「ううん。私がぐるぐる回ったら周りが見えなくなっちゃって、マリアとメイリアに助けてもらったの」
「リリス・・・・」
だろうな。
泉の女神エリンの踊りを習えるのは特権階級の者のみだ。
「2人に踊りを教えてもらってね。蒼いベールも借りちゃった」
ベールを大切そうに抱えていた。
「リリスが面倒かけて悪かったな」
「・・・・・・」
メイリアとマリアが顔を見合わせて噴き出した。
「え? どうしたの?」
「サマエル様、私ね、こうゆうふうに友達ができるの、初めてなの。いつも・・・・部屋にいなきゃいけなくて、友達ができなかったから」
マリアが表情をキラキラさせた。
「私も。いつも勉強ばかりで疲れちゃって。執事が目を離した隙に、こっそり踊りの列に並んだの。バレずにここまで来ちゃった」
メイリアが口に指を当ててほほ笑む。
「きっとエリン様が私たちを引き合わせてくれたのね」
「こんな出会い、奇跡だよね」
「いや、エリンはそこまで考えてなさそうだけどな」
遠くから見る限り、自分の踊りのことで頭がいっぱいのように見える。
「えっ、エリン様が見えるの!?」
「まぁ・・・同じ神だからな」
「へぇ・・・すごい・・・・」
「すごいね!」
メイリアとマリアは、俺だけが見えるのか。
リリスはともかく、関わりのない人間が俺の姿を見ることができるということはな。
他の人間たちには見えていないようだが。
「サマエル、どうしたの?」
「いや、何でもない」
「?」
リリスが首を傾げる。
「ほら、そろそろエリンが踊るぞ」
「え・・・どこにいるの?」
「泉の真ん中だよ」
エリンがすっと泉に降りると波紋が広がっているのが見えた。
深海のようなベールを身に纏い、両手を伸ばして泉の上を歩く。
「・・・見えないけど・・・何か感じる。温かいような、清らかな風を感じる・・・なんだろう、不思議な感覚なの。言葉にできないけど」
「ねぇ、もう少し近くに行ってみない?」
「うん!」
「ほら、リリスも」
メイリアがリリスの手を引く。
「サマエル・・・・」
「いいよ。メイリア、マリア、リリスは、なるべく街の人の目につかないように気をつけてくれ。なんとなく、意味はわかるな?」
「・・・・・・・!」
メイリアとマリアがはっとして小さく頷いた。
「・・・わかった。私たちが絶対にリリスを守るから、エリン様の踊りが終わったら、ちゃんとここに連れてくるね」
「守る? 守られるの? 私・・・」
「早く、行きましょう。エリン様の踊りは見えないけど、エリン様が踊っているときに願いを言うと叶うって言い伝えがあるの」
「わわっ・・・・危ないよ」
「ふふ、リリスって意外と臆病なのね」
メイリアとマリアがリリスを引っ張って、泉のほうへ走っていった。
戸惑いながらも、あんなに楽しそうなリリスは久しぶりに見たかもな。
「やっぱり来てたんだ。過保護だねぇ」
カマエルが頭上で腕を組んでこちらを見下ろしていた。
地面を蹴って、カマエルの横に並ぶ。
「エリンの踊りも見納めだからな」
「エリンちゃん綺麗だなぁ・・・もう、美少女の中の美少女、女神、天使」
「女神だって。天使ではないな」
カマエルが惚れ惚れとしながら見つめていた。
「リリスといたのって、リシテア王国のマリア姫とルーリア家の令嬢メイリアでしょ?」
「そうだな。身分は違うけど、話は合うみたいだ」
「姫も令嬢も、どこかリリスと繋がるところがあるのかもね」
3人は初めて会ったとは思えないくらい打ち解けていた。
「カマエル、さっきからこそこそやってる、あの人間たちはなんだ?」
見慣れない生地のローブを羽織った人間たち数人が、泉のほうを見ながら何かぼそぼそと話していた。
明らかに祭りを楽しんでいる雰囲気ではない。
「神の力を手に入れようとしている奴らだ」
「あぁ、言ってたな。神殺しを目論み、その能力を手に入れようとする人間たちのことか。無謀なことを・・・」
「馬鹿だよな」
カマエルが剣を出す。
「エリンのことは見えないくせに、エリンを狙ってるんだろう。踊りが終わったら殺してくるよ」
「じゃあ、今は踊りのほうを見てろ」
「っと」
カマエルの頭を無理やりエリンのほうを向かせる。
エリンは柔らかなワンピースをまとって、軽やかに踊っていた。
人々を癒す、女神の祈りだ。
「数か月後、大陸は沈む。これで祭りは最後なんだからな」
「わかってるよ・・・・ちゃんと、目に焼き付けておかなきゃね。エリン、本当は寂しいんだと思うんだ。大地の神が寿命を迎えるからといって、一夜にして沈んでしまうなんて悲しいよ」
カマエルが髪を直しながら剣を降ろした。
「俺は人間嫌いだから、別にどうでもいいけどな」
「・・・俺もサマエルみたいに割り切れればな・・・」
ため息交じりに目を細める。
エリンが時折水しぶきを上げて、周囲を輝かせていた。
月明かりの中で踊るエリンはどこか哀しげで、泣いているようにも見える。




