1 魔神の花嫁
遥か遠い昔、俺は混沌から生まれた神として、ある大陸で祀られていた。
文明は栄えていたが、人間は魔法を使えない。
豊富な資源があるため、度々この地を奪おうとする人間たちがいた。
俺は戦艦が来れば、災害を起こし、他国から大陸を守っていた。
何もしなければ、大陸はあっさりと敵国に乗っ取られていただろう。
大陸であることもあり、平和ボケしているのか海沿いの住民の軍事力は皆無だった。
「退屈だな」
高い木の上から、街を眺める。
人間から俺の姿は見えない。
街から少し離れた場所にある、大きな木の上でぼうっとしながら、人間たちの様子を眺めていた。
港には大きな船が停まっていて、市場が活気づいているようだ。
この街で作られる金属製品はかなり高度で、貿易船の商人たちは目の色を変えて購入していく。
「わっ」
リリスが急に顔を出してくる。
「っと、驚かせるなよ。こんなに高いところまで上ってくるなって言ってるだろ。落ちたらどうするんだよ」
「だってサマエルがここにいるんだもん」
「・・俺は羽根があるし飛べる・・・」
「落ちそうになったら、サマエルが助けてくれるし」
屈託のない笑顔を見せる。
リリスはまだ14歳になったばかりの少女だった。
この街には人身供養の風習があった。
圧倒的な勢力を持つ軍事国家が攻めてきたとき、竜巻を起こし、大陸全体を守ったことがある。船は沈み、多くの敵国の戦士たちが死んでいった。
自分の大陸の民を守ったつもりだったが・・・。
人間は俺の力に怯えはじめ、怪物か何かのように崇めていた。
怪物・・・って。
・・・・まぁ、あながち間違ってもいないが・・・。
街の人々は感謝を込めて、14歳になったばかりのリリスを俺の花嫁にと、谷底に突き落とした。
木の葉でクッションを作り受け止めたが、無ければ確実に死んでいた。
「ここから、街が良く見えるのね」
「マジで危ないからな」
「気をつけてるもん」
リリスが木の枝を掴んで、前のめりになる。
俺は人間を食うわけでもないし、花嫁など求めていない。
リリスを哀れに思い、湖の近くの小さな家にかくまっていた。
食料は十分にある。
人間は浅はかな上に、脆いからな。
リリスには絶対に、湖の外には出ないように言っていた。
「ん? サマエル?」
「白いパンツ、見えてるぞ」
「きゃっ・・・」
リリスが顔を赤くして、木の枝に引っかかったスカートを直していた。
「・・・・サマエルってば、そんなに私の体が気になるの?」
「ガキが何言ってるんだよ」
「ガキじゃない! ちゃんと、街のみんなに認められたサマエルの花嫁だからね。私は可愛いんだから」
むきになってめちゃくちゃなことを言う。
「はぁ・・・・」
人間で俺の姿が見えるのはリリスだけだった。
「私はサマエルの花嫁だけど、花嫁って何するのかな?」
「別に何もしなくていい」
「そっか」
当然、花嫁にした覚えはない。
「で? 何の用だ?」
「・・・・・・・」
「ここに上って来たってことは、何か話があるんだろ?」
枯葉をつまんでくるくる回す。
「・・・ねぇ、今日は隣の街で祭りがあるらしいの」
リリスが表情を明るくする。
「行ってきていい?」
「駄目だ」
「えー」
ふわっと飛んで木から降りる。
「行きたいよー! だって、年に一度の祭りだから、私行ったことがないの。部屋にある本は、全部読んじゃったし」
「んー、そうだな・・・」
「あ、私の街の人とかもいるかな。ね、サマエル、いいでしょ?」
「・・・・・」
リリスは国に自分が捨てられたとは思っていない。
顔がバレれば直に殺されるだろう。
「ついてこい。条件を守れるならいいよ」
「あ、待って・・・降りるのは怖いなぁ・・・」
「だから上るなって言ってるのに・・・」
リリスがもたもたしながら、ゆっくりと木から降りてきた。
リリスに黒いローブを着せて、顔を隠すように指示していた。
元いた街の人と会っても、絶対に話さないように言ってある。
何の疑いも無く頷いて、楽しそうに街のほうへ出ていった。
念のため、リリスの様子は使い魔に見張らせていた。
「サマエル、久しぶり・・・ってあれ? さっきの女の子、ここを出てもいいの? サマエルの花嫁として捧げられた子でしょ?」
「街で祭りがあるらしいからな。使い魔に見張らせてるから何かあったら俺のところに来る」
「そうそう、祭りなんだよね! エリンちゃんのお祭りなんだよね。絶対可愛い服装でくるんだろうな」
カマエルが純白の翼を伸ばして降りてくる。
隣国の戦の神として祀られているのがカマエルだった。
子供の姿で現れ、戦況を乱していくため、死の神と呼ばれることもあった。
カマエルは俺とは違い、死が近い者には見えるらしい。
「エリンならまた露出してるだろ。なんで、この辺りの女神は肉体を見せたがるのか・・・」
「エリンちゃんはそんなことしないから!」
「はいはい。女神に入れ込むなよ。手玉に取られるぞ」
「エリンちゃんならいいと思ってるからね」
カマエルはなぜか、泉の女神エリンに惚れている。
柔らかな水色の髪を、女神の割に、幼げな表情が可愛いのだという。
「っていう、サマエルだってリリスって子に随分入れ込んでるじゃん。あのローブ、どんな仕掛けがあるの?」
カマエルが瞼を重くして腕を組んでいた。
「あのローブは俺の羽根を差し込んだ布でできている。リリスから話しかけない限り、人間からはリリスだと気づかれない」
「人間に神の力を貸すのは危ないんじゃないの? 貿易で魔道具なんかで回ったら終わりだ」
「・・・固いこと言うな」
木に寄りかかって伸びをする。
「リリスは悪いことに使わないよ。ただ、祭りを見たいだけなんだから」
「サマエルが人間に優しいの珍しいね。まさか、本当に花嫁にしちゃうつもりだったり?」
カマエルが憎たらしい笑みを浮かべる。
「からかうなよ」
「あはは、まぁ、俺たち一応神だもんね。今は戦が無くて暇だけど・・・」
穏やかな午後の日差しが差し込む。
木漏れ日がキラキラと跳ねているように見えた。
「サマエルもリリスと一緒に祭りに行けばよかったのに?」
「ぞっとすること言うなよ。俺はそもそもカマエルと違って人間嫌いだ。人間の集まるところになんか行きたくない」
「そうかな? 人間好きなのかと思ってたよ」
「・・・・・・・」
リリスを捨てたときから、人間たちに対して不信感を抱いていた。
人間は未熟だ。
そうゆうものだと、割り切ればいい話なんだけどな。
ぶわっ
風が吹いて湖の水が小さく波打つ。
「ねぇ、今日は私の生誕祭なのよ」
「エリン! な・・・その服装は・・・」
泉の女神エリンが透き通るようなドレスを着て降りてくる。
大きな瞳をパチパチさせていた。
「似合うでしょ?」
ふわっと回って見せる。
「ろ・・・露出が高くない・・・?」
カマエルがぼそぼそという。
布は光が当たると透けて、豊満な胸が露になっていた。
「人間みたいなこと言うのね」
「そ、そうゆうわけじゃ・・・エリンは何を着ても似合うし・・・その・・・」
「ありがと、カマエル。ねぇ、2人はお祭りに来てくれないの?」
「カマエルは行くってさ。俺はここで待ってるよ」
「俺!?」
「もう、サマエルってば相変わらず冷たいんだから。今年が最後のお祭りだって知ってるでしょ?」
「手・・・!?」
「カマエルは捕まえたもん」
泉の女神エリンがカマエルの手を握り締めて頬を膨らませる。
「・・・人ごみが苦手なんだって・・」
「カマエルも何か言ってよ。私が泉の上で踊るの、すごく綺麗なんだから」
「サマエル・・・・」
カマエルは目のやり場に困っているのか、エリンにやられているのか、頬を赤くして視線を泳がせていた。
泉の女神エリンの祭りは今日が最後になる。
もうすぐこの大陸は沈むことになっていた。
「まぁ、気が向いたら行くよ」
膝を立てて、遠くを見つめる。
時折、人間には聞こえない地鳴りのようなものが聞こえている。




