40 魔法少女サイト⑤
「ヌナか?」
声が聖堂に響く。
「私のこと覚えてるんだ。記憶はないと思ったのに」
「名前を知ってるだけだ」
和装と洋装の混ざったような服を着た、冷たい女神だった。
ロストグリモワールに彼女に関する一説が載っていた。
若い娘の願いと引き換えに、自由を奪い、支配する嫉妬深い女神だと。
本来は祀ってはいけない神にあたる。
積まれた骸骨は、彼女を鎮めるための贄だった。
「魔神だものね?」
「・・・・・」
「貴方はこっち側でしょ?」
骸骨の頭を撫でながら、こちらを見る。
「魔法少女サイトの魔法少女はどうした?」
「死んじゃった」
「殺したのか?」
「契約を破ったから、死んじゃっただけ」
祭壇の蝋燭を指で撫でる。
「私は魔法少女たちを可愛がるために、魔法少女サイトを作ったの。魔法少女育成ゲームで、たくさんの魔法少女たちが、私への信仰に協力してくれた。でも、私との約束を破った。だから、契約に基づいて全員死んだの」
蝋燭の傍に並んだ骸骨を見つめる。
「こいつらの魂は放ってやらないのか?」
「大切な私の魔法少女だもの。放ったりなんかしない」
ヌナがしっとりと言う。
「魔法少女サイト用に、新しい魔法少女を集めなきゃ。貴方たちが現れなければ、この子たちも契約を破ったりなんかしなかったと思う。ねぇ、どんな契約か知りたい?」
「興味ないな」
骸骨には魔法少女たちの魂が宿っているようだった。
悲しげで苦しい気持ちが伝わってくる。
暗い聖堂の中は、お菓子の街とは真逆で、死の匂いが漂っていた。
「可愛い可愛い、魔法少女。私だけの、私のためだけの魔法少女・・・」
セラフィムだったリエルの魔法少女たちの扱いとは大分違うな。
「魔法少女は神のモノじゃない」
「ん? 魔神が私にお説教?」
「そうだ。説教だよ」
言いながら怒りを鎮めていた。
蝋燭の炎が揺れている。
「人間になって、人間の感覚が染みついちゃった?」
剣にコードを刻んでいく。
刃が青い炎に変わっていった。
「その剣で、私とやり合う気? 魔神ならまだしも、人間が神殺しをしようなんて無理だと思うけど?」
ヌナが骸骨を剣に変えていた。
「違う。やるのは俺じゃない」
「?」
ここに、ファナもリルムもいなくてよかった。
― Λ・Sephira UnLock -
自分の中に宿る魔神に身体を渡す言葉を唱える。
背中に大きな翼が生えた。
爪は龍の爪のように尖っている。
『魔神XXXX』
『俺に完全に体を預けるか。焦りが出ているな』
俺の中の俺が、笑いながら言う。
「何百年ぶりかしら」
『ヌナか』
ヌナが剣を回しながら近づいてくる。
『魔法少女を食い物にねぇ。時代が変わって贄を捧げなくなったからといって、自分のところに集めてくるとは。どの時間軸にいても、気味悪い奴だ』
「私は魔法少女サイトを止めるつもりは無い。もちろん、可愛いこの子たちの魂を、他に渡す気も無いから・・・」
ドンッ
剣が激しくぶつかる音だけが響いた。
風が巻き起こって全ての蝋燭の炎が消える。
『俺の望みは魔法少女の解放だ!』
「貴方のせいで始まった魔法少女戦争なのに?」
『だから終わらせるんだよ』
キィン キィン キィン キィン
瞬く間も与えず、剣で斬り返す。
魔神XXXXの動きは早かった。
数秒で、ヌナを圧倒するほどに。
「っ・・・私はこれでも貴方に感謝してるの。魔法少女戦争を始めてくれたおかげで、こうやって上質な魂が集まって来てくれたんだから」
ヌナが少し離れて、魔法陣を展開する。
勾玉と勾玉を合わせたような魔法陣が回りだし、翡翠のような色に変わった。
「残念。ここは私のフィールド。私に信仰を捧げた魔法少女が集まる場所。安心して。七陣魔導団ゲヘナの魔法少女たちは、私のモノにするから」
『させるかよ』
低い声で言って、地面に剣を突き刺した。
ボウッ
『俺は魔神の王だ。ひれ伏せ、邪神が』
「!?」
ヌナの魔法陣が燃えて灰になっていく。
ジジジジ ジジジジジ ジジジジ
突然、電子音が鳴り響く。
『私はAIのポロ。Warnningを検知しました。検知しました。電子世界のゲーム内のルール、ロンの槍の意志により、神々の争いは禁じられております』
手のひらサイズのAI、ポロが現れた。
魔力が電子の風で凪いでいく。
『ん?』
「生意気な・・・」
『ここは電子世界となります。逆らう神々の魔法少女は・・・』
ポロがこちらを見上げる。
『強制的な死を迎えることとなります。ご注意ください』
「たかがAIが私に逆らう気?」
ヌナが髪を逆立たせて、ポロに迫る。
「いい度胸ね。こんなボロシステム、壊してあげる」
『ここが電子世界のゲームであることを忘れないように』
ポロがヌナの額に指を当てた。
『え・・・』
― 強制解除―
『うわぁぁぁああああああ』
ヌナの全身が崩れていくようにして、老婆の顔に変わっていった。
髪は白髪に変わり、骨と皮だけになっていく。
『よくも・・美しい女神である私を・・・』
『ルールはルールですから』
ポロがきっぱりと言った。
ぱっとこちらを向く。
『貴方は』
『わかったよ。代わるって』
魔神が仕方なく目を閉じた。
― Λ・Sephira Lock -
スゥゥゥ
体から力が抜けていくようにして、俺に変わる。
心臓がドクンとなった。
胸を押さえる。
「はぁ・・・っ・・・はぁ・・・」
喉が焼けるようだった。
一か八かだったが、暴走せずに代われた。
使うのは止めたほうがよさそうだけどな。
『如月カイトは魔法少女戦争の主としてエントリーしています。神同士の争いなどは固く禁じておりますのでご注意ください。では・・・』
「このゲームは・・・」
絞り出すように声をかける。
「『RAID5』という名前のオンラインゲームか?」
『電子世界にいる貴方がそれを知る必要はありません。ロンの槍の主となるよう、魔法少女の主としての振る舞いをお忘れなく』
淡々と言う。
『ご質問が無ければこれで。我々は本番リリース作業に移りますので』
「本番リリースはいつだ?」
『もうすぐです。では・・・』
シュンッ
ポロが一瞬で消えていった。
ヌナが地面を這うようにして、顔を上げる。
「あぁ・・・・私の・・・私の魔法少女・・・・」
ふわっ・・・
ヌナが皺皺の手を天に伸ばす。
骸骨に入っていた魔法少女たちの魂が扉を開いて出ていくのが見えた。
「せっかく集めた私のコレクションが・・・・少女たちの魂が・・・・よくも・・・よくも・・・」
「力が底を尽きたか。自業自得だ」
「クソが・・・・私の・・・」
うめき声を上げながら地面を這っていた。
ヌナを無視して外へ出ていく。
涼しい風が、顔に吹き付ける。
お菓子の街は無くなり、貧相な建物の並ぶ街になっていた。
ファナとリルムが驚いているだろう。
早く戻らなきゃな。
「あ・・・・」
「?」
一人の魔法少女が聖堂の前に立っていた。
七陣魔導団ゲヘナにはいない。見覚えのない顔だった。
「誰だ?」
「私は、魔法少女サイトの魔法少女レベッカ。待ってたの」
「待ってた? ん?」
ふふっと笑う。
赤いリボンをつけた、14歳くらいに見える幼い顔をした少女だった。
「魔法少女サイトで生き残ったのは私だけなの。神々との契約は絶対。でも、みんなの魂が、せめてあの女から離れることができて良かった」
聖堂のほうに視線を向ける。
「管理人βはアクセスしてこようとしてるけど、無視してるの。魔法少女サイトはダウンさせたまま、終了させちゃいたいなって思ってる」
「ヌナの魔法少女か。どうして・・・・?」
「私はヌナと契約していない。偵察のために入ってただけ。あの女、私が常に人気ランキング1位に載ってたから、知らないふりして置いてたの」
軽く飛んで、近づいてきた。
「契約していないから生き残った」
レースのついたスカートをふんわりさせる。
「一目でわかった。貴方が、如月カイトだよね?」
「あぁ、つか、どうして俺の名前を?」
「私は如月カイトの婚約者」
少し照れながらほほ笑んだ。
「え?」
聞き間違いかと思って、振り返る。
「なんつった?」
「よろしくね、旦那様」
「・・・・?」
レベッカがスカートをつまんでお辞儀をした。




