24 リエル
「わっ、人がい・・」
「静かに」
ノアの口を塞ぐ。
街に入ると、ライムが言ってた通り、監視カメラのようなものが飛んでいた。
透明になる魔法をかけていたが、気づかれれば解けてしまう。
通行人がいなくなるのを確認してから、建物の中に隠れた。
「ふぅ・・・ごめん。びっくりしちゃって。静かにする」
ノアが両手で口を覆った。
「別にいい。バレたらバレたときだ」
窓枠は錆びついていて、壁には破れた張り紙が何枚もあった。
カウンターには古いグラスが並んでいる。
「ここはギルドの建物っぽいね。誰もいないみたいだけど」
「あぁ、どうゆう街なのか、いまいちわからないな」
「んー賞金? S級クラスって書いてある。モンスターの討伐?」
「よくあるゲームの設定だな。ノアはゲームの経験は?」
「んー、オセロならやったことあるよ。結構強かったんだー」
ノアが少し得意げに言う。
モニターを出して、建物内の映像を記録していった。
「ねぇ、どうしてカイトは私とノアを連れてきたの?」
フィオーレが背中のリボンをふわっとさせて、テーブルの上に座る。
「探索ならアクアとルナリアーナが得意だけど?」
「そうそう、私も気になってた」
ノアがカウンターに身を乗り出す。
「アクアはまだ回復段階、ルナリアーナの力はなんとなくわかってる。フィオーレとノアとリルムは、まだ知らないからな」
「なるほど。それもそうね」
足をぶらぶらさせていた。
フィオーレも、ノアも、リルムに何があったのかを自分から話そうとしない。
でも、5人の魔法少女だけには、なんとなく心を開いているようにも見えた。
「ねぇ、カイトはどこで透過魔法を覚えたの?」
「セレーヌ城の図書室の本で、な」
「魔法少女でも使える者少ないのに。才能?」
フィオーレが自分の手を伸ばして眺めていた。
「さぁな」
セレーヌ城の図書室で読んだ一部の魔法は、俺でも使える基礎的なものだ。
ロストグリモワールに書かれていた使い方と組み合わせれば、詠唱無しで使うことができた。
「も、もしかして、カイトがこーんな大きな獣になって、暴れまわったときと関係ある? 今暴れられたらどうにもできないよ」
ノアが眉を下げて、肩までの髪をいじっていた。
「カイト、私の攻撃も弾いちゃうんだもん」
「もう、アレにはならないから安心しろ。それより、この街の中心部に行くぞ」
「はーい」
「わわ、置いていかないで」
セレーヌがふふっと笑う。
ノアが転びそうになりながら、後ろをついてきた。
中心に近づくほど、セラフィムの力が強くなる。
七陣魔法少女ゲヘナの軍にいる魔法少女たちは力を削がれていくが、フィオーレとノアはなんともないようだった。
「なかなか魔法少女に会わないね」
ノアが噴水の近くに立って、小声で言う。
ここに居る子供や大人たちは、俺たちの魔力も感じていないようだ。
隣を通っても、気配すら感じていない。
「ここに住んでるのは、ゲーム内のキャラってこと?」
「だろうな。一定の動きをしていないところを見ると、人工知能で動いているようにも見える」
リリスの気配はどこにもない。
ここは『黄金の薔薇団』の拠点ではなさそうだな。
『ねぇ、ここで何してるの?』
「!?」
振り返ると、大きな6つの純白の羽根を持つ12歳くらいの少女が立っていた。
ノアとフィオーレが大剣と槍を出す。
『私は戦わないよ。魔法少女じゃないもの』
ガラスのような深い緑の瞳がこちらを捉える。
眩いほどの聖なる魔力をまとっていた。
「セラフィムか?」
『そう。私はセラフィムの一人、リエル。そっちは魔神と契約した魔法少女みたいだけど、私に会って大丈夫なの?』
「問題ないわ」
「私もピンピンしてるよ!」
フィオーレとノアが警戒しながら言う。
『ふうん。あ、なるほど、君といれば影響を受けず、魔力を保てるってことね。理解理解』
「・・・?」
ノアが不思議そうな顔をしていた。
『完璧で隙のない透過魔法・・・すごいね。電子世界でも存在感を消せるようになってるなんて。電子世界のコードも埋め込んだからか・・・なるほどね』
「近づかないで!」
『怖いなぁ、もう。何もしないってば』
フィオーレが言うと、リエルが手を上げて振っていた。
「・・・・・・」
想像通り、俺といれば6人の魔法少女の魔力もブレないみたいだ。
ナナキと契約した花音と似たような感覚かもな。
『懐かしいね。リリスは元気? 私のこと覚えてる?』
リエルが急に距離を詰めてくる。
「今、初めて会っただろ。お前は『黄金の薔薇団』に関わる天使か?」
『えー、本当に覚えてない? 前回は結構激戦だったんだけどなぁ』
「知らないって」
「ふうん・・・」
リエルがぐっと顔を近づけて、深いため息をついた。
『そっか・・・・。『黄金の薔薇団』は関係ないよ。私は5人の魔法少女と契約して、ここにいるだけ。天使の仲間からは一時的に離れてる』
ふわっと飛んで、噴水の水の上に立つ。
天を仰いだ。
『この谷は綺麗な場所でしょ? 真新しいものだけが美しいわけじゃないよね。寂れていく風景も美しい』
「悪いが、ここでぐだぐだ話してる時間は無い。フィオーレ、ノア、いくぞ」
「はーい」
『待って』
「!?」
ザッ
リエルが俺の足元に黄金の矢を落とす。
― ルピス ―
剣を出して、リエルを見上げた。
『その剣、リリスね・・・』
「神々が魔法少女戦争に直接介入することはできないよな? どうゆうつもりだ?」
『足止めして、話を聞いてもらいたかっただけ。殺そうとなんてしてない』
リエルが視線を逸らした。
『私の・・・契約した魔法少女の情報を渡して、この街のことを話すよ。あと、そこを歩いている人たちと、彼女たちの拠点の場所も。今、私の持ってる情報は全て』
「は?」
『私が契約した5人の魔法少女を、倒してほしいの』
リエルが黄金の矢を引き抜いて、真剣な表情で言う。
「どうゆう意味だ?」
「カイト、罠かもしれないわ!」
「契約した神が魔法少女に死んでほしいなんて、ひどいもん。セラフィムの言うことじゃない!」
ノアが語気を強めた。
『・・・そうだよね。ひどいよね。でも、魔法少女たちは主たちに転がされて、この街は悪いほうに悪いほうに進んでいく。私も穢れて、剣の輝きは失われてしまった。もう使えない』
リエルが黄金の槍を、茶色くまだら模様になった剣に変える。
柄の部分が錆びていた。
『魔法少女戦争でこんなふうになったのは初めてかな。穢れて、何かの裁きを受けているのかもしれない。電子世界じゃ、私の声も捻じ曲げられて伝わってしまうの』
「え・・・・?」
『起こっていること全て、ロンの槍の意志だったりしてね。私、このままでは堕天して・・・』
「おい!」
バサッ
倒れそうになったリエルを抱える。
フィオーレとノアが武器を降ろしていた。
「大丈夫か?」
『あ・・・やっぱり、君は優しいね。もう時間が無いの。魔神XXXX、どうか5人を倒して。このままじゃ、セラフィムである私が、多くの人に不幸をもたらしてしまう』
「!」
リエルの神聖さは俺に触れると消えていく気がした。
すぐに行き交う人を避けて、リエルを小さな芝生の上に座らせる。
フィオーレとノアが武器を持ったままついてきた。
「カイト・・・」
『ごめん、ごめん。しばらくぶりに、前に出たからちょっとふらついちゃって』
「セラフィムってこんなに弱いのか? 9つある天使の階級の中で一番上だろ?」
少し距離を置いて話す。
リエルが長い瞬きをしていた。
『はは、外部の穢れには強いけどね、内部の穢れには弱いの。もう、魔法少女たちは私の声が届かないところまでいってしまった。ちゃんと、終わりにしないと』
言いながら、頭を両手で抑えていた。
金糸のように美しい髪がくしゃっとなる。
「終わりって・・・」
ノアが無表情のまま呟く。
『これ以上罪を重ねさせるわけにはいかないの。純粋で穢れやすい、彼女たちの魂のためにも』
通過していく人々を見つめながら話していた。




