19 セレーヌ城と魔法少女④
「リリスは?」
「天使と契約してる魔法少女集団が現れたから。戦闘に行ってるよ」
「さっきまでいたのに。司祭は何も言わないのか?」
「言わないよ。リリス、強いもん」
ノアがハーブティーに口をつけながら言う。
部屋ではリリスを除いた6人の魔法少女が、ゆったりと過ごしていた。
朝10時に出て行って、21時になってもまだ、リリスは戻ってきていない。
「・・・・・」
リルムは相変わらず端のほうで本を読んでいる。
騒がしくても、見向きもしなかった。
「カイト様!」
ルナリアーナが駆け寄ってくる。
「リリスが来てから私たちものすごーく暇になっちゃったのよね」
「戦闘行っても見学者みたいだし。全部リリスが片付けちゃうから」
「むしろ、僕たちいたほうが邪魔じゃない? ってくらいだ」
アクアが退屈そうに、クッキーを食べていた。
「これじゃあ、身体が鈍っちゃう。リリスってば、全部自分でやるからって、他の魔法少女も連れて行かないの」
「リリスだけで勝てちゃうから仕方ないよ」
「フィオーレ、後で戦闘の稽古に付き合って」
「いいよー。ティナも座りなよ」
「なんか落ち着かないの」
城では魔法少女たちが魔法の練習をしたり、お菓子作りをしたり、思い思いに過ごしていた。
賢者や魔導士が談笑しているのも見える。
魔法少女戦争が行われていると思えないくらい、穏やかだった。
「一応、七陣魔導団ゲヘナには軍があるの。陸軍と空軍」
「わかってる。紹介されたよ」
「敵が200人いようが、300人いようが、リリスが一掃しちゃうのよね。はい、追加のクッキー。ナッツが入ってるから食べてみて」
「わぁ」
フィオーレがクッキーを持ってくると、アクアとノアが目をキラキラさせながら食べていた。
戦いに行くのはリリス一人だ。
主の俺も連れて行かない。
「・・・・・・・・」
電子世界に閉じ込められて3週間が経っていた。
アモデウス司祭の話だと、魔法少女戦争は本格化しているのだという。
でも、俺ができることといえば、リリスに戦闘の情報を貰って、情報を蓄積することくらいだ。
剣を貰ったのに、何もできない。
「そんなに心配ならGPSでもつければいいじゃん?」
「リリスが拒否するんだよ。無理強いはできないだろ」
「確かに、監視されているみたいで嫌かも」
フィオーレが頬に手を当てた。
短く息をついて椅子に座る。
机にある魔導書を広げた。
「わ、難しそう」
「くっつきすぎよ。カイトは勉強してるんだから」
ティナが俺とルナリアーナの間に割り込んでくる。
「・・・ティナ、今までだったら無視してたのに」
「あ、主だから守るのは当然でしょ?」
「もうっ、私もカイトの魔法少女になりたかったー」
ルナリアーナが短い髪を触りながら言う。
バタン
「やぁ、カイトくん。ここにいたのか」
ラインハルトが部屋に入ってきた。
すっと窓のほうへ歩いていく。
「今日もいい天気だね。月がよく見える。また、リリスが一人でいったのかい?」
「あぁ、セラフィムと契約した魔法少女も倒してきたらしい」
「はは、リリスは不死だし強いから怖いものなしだよね」
ラインハルトが窓を開けた。
カーテンが大きく膨らむ。
「リリスは、昔は仲間と共に戦ってたんだ。軍の指揮を執ったりしていたこともある」
「へぇ・・・で、今、俺たちは邪魔なのか。七陣魔導団ゲヘナに何のために入ったんだよ」
「そうゆうのは本人に聞かないと」
イライラしていた。
リリスが俺を頼らないことに腹が立っていた。
「戻ってきたら聞くよ」
「そんなに気にするなら、直接指示したらいい。主である君の命令は絶対だ」
「命令はなるべくしたくないんだ。強制するみたいで嫌なんだよ」
ゲームマップを作ったって、リリスから敵の情報を集めたって、リリスが一人で倒してくるならほとんど意味がない。
剣はラインハルトが教えてくれたが、戦闘経験がなさ過ぎて足手まといになる。
「ふうん、やっぱり君、人間らしくないね」
「ラインハルトー、気取ってないでお菓子食べたら?」
「僕はヴァンパイアだ。クッキーより血のほうがいい」
「なるほどー」
アクアが上を向いたままこちらに視線を向ける。
「まったく、リリスが魔法少女を殲滅してくるから、血を吸えなくて困ってるんだ。次は連れて行ってもらわないと」
腕を組んで壁に寄りかかる。
「・・・おそらくこの状況も長くは続かない」
「ん・・・?」
シュンッ
「ふぅっ・・・・」
魔法陣から大きな杖を持ったリリスが現れた。
黒いローブをひらっとさせて、手袋を脱いでいた。
「リリス!」
「あ、カイト、魔法少女たちといたのね。ラインハルトまでいる。珍しいね」
「君が魔法少女を倒してくるから、僕が血を吸えなくて困ってるんだ」
「そうだ。ごめんごめん。注射器があればとってくるけど?」
「新鮮な血じゃなきゃ受け付けない。僕は美食家だからね」
リリスの魔力には少しも揺らぎがない。
溢れるように、戦えば戦うほど強くなっているように見えた。
「今日の敵はどうだったんだ?」
「天使と契約したばかりの魔法少女100人くらいかな。天使は数で勝負してこようとするから」
ドドドドドドドドッドド
バタンッ
「危ない!」
ベルナスが血相を変えて部屋のドアを開いた。
「な、なんだよ」
「今すぐ戦闘態勢に入れ! さもなくば・・・」
ザッ
「なるほど。三賢のリリスもさすがに電子世界には弱かったようだね」
冷たい氷のような魔力に、鳥肌が立った。
「あ・・・・・」
リリスが一瞬でガラスケースのような結界に入れられていた。
後ろには重厚な指輪をはめた、スーツ姿の男が立っている。
「動けない・・・私の、私の魔力が・・・凍結された?」
「この魔法には電磁波、君の使う古代魔法には無い技術が含まれてるんだ」
「リリス!!」
「ごめん、カイト。失敗しちゃった・・・」
リリスが呆然としながら呟いた。
初めて見る弱々しい表情・・・。
魔法少女たちが一斉に武器を構える。
「!?」
まさか・・・。
「なんだ? その顔は・・・父親の存在を忘れていたか?」
月明かりが部屋に差し込むと、男の顔があらわになった。
「・・・父親なんて元々いないだろうが」
如月タツキ、俺の父親がいた。
母親が持っていた写真に、こいつの顔が・・・。
「母親から説明がなかったのか?」
「母さんは死んだ!どうしてここに居る? リリスをどうするつもりだ!?」
「どうするも何も、見ての通り、封印するんだよ。彼女がいる限り、どんな魔法少女も勝てない。チート過ぎるだろう」
ソロモンの星が描かれた指輪が輝く。
如月タツキはこの場を支配するほどの力を持っていた。
魔法少女たちに、動かないようにジェスチャーで伝える。
「三賢のリリス」
タツキがリリスの入ったガラスケースを覗き込んだ。
「ロンの槍は、今回も君の主を選ばない。君のことを許してないんだよ。だから、魔法少女戦争の場を、君の苦手分野、電子世界に移したんだ」
「っ・・・・」
「君が負けるようにってね。自分でも薄々勘づいていただろう?」
「違う・・・・」
リリスが唇を噛んで、顔を赤くしていた。
「勝手なこじづけを言うな。反吐が出る!」
「カイトも魔法少女と契約したらしいね。リリスがいないと勝ち目はないだろ。生き残りたかったら、リリスとの契約を破棄して、他の魔法少女とも縁を切って、元の生活に戻ることだね。これは父親としてのアドバイスだ」
「カイト・・・」
「んなことするわけないだろ!!」
漆黒の剣を出す。
息を吐いて魔力をまとわせていた。力任せに暴走しても、こいつを逃がすだけだ。
ジジ・・・
『タツキ様、そろそろ』
「あぁ、そうだね」
アンドロイド? アバターか? 少しぶれながら実体を持った少女が現れて、リリスのいるガラスケースに触れた。
― スリープモード ―
「ごめ・・・・・・」
リリスがすぅっとガラスケースの中に倒れる。
「リリス!!」
『永眠の魔法、リリスは不死なので』
少女が淡々と言って、地面に魔法陣を展開した。
「移動しよう」
『かしこまりました』
ザンッ
「クソがッ・・・・」
剣を振り下ろしたときには、もう既にタツキはいなくなっていた。
黒々とした剣の力が、床に亀裂を作る。
「あいつ・・・・・」
怒りで視界が弾けそうだった。
魔法少女と司祭が何か話しかけてきたが、何も聞こえないくらいに真っ白になった。
「リリス、主を置いていくか・・・・」
ラインハルトが遠くを見つめて呟いていた。




