18 セレーヌ城と魔法少女③
「おにい、何してるの?」
「っと、びっくりさせるなよ」
セレーヌ城の図書室で本を読んでいると、美憂が話しかけてきた。
「魔導書なんて読めるの? ん? これ何語がわからない・・・」
「ドイツ語らしい。もちろん翻訳して読んでるよ」
「そっか。ゲームの中に入ってすぐにモニターを出せるなんて、なんというかおにいらしいね」
「否定しないよ」
モニターを出して、言語を訳して要約しながら読んでいた。
どの本も、聖書並みの厚みがあるからな。
「聞いたよ。ティナと契約して、主になったんでしょ」
「情報が早いな」
「知世から聞いたの。おにい、モテモテじゃん」
「そんなんじゃないって」
美憂が隣に座った。
「ねぇ、私たち電子世界にいるんでしょ?」
顔を上げる。
セレーヌ城の図書館の天井は高く、ドーム城になっていた。
「そうだな」
「これからどうなっちゃうのかな? 私なんか七陣魔導団ゲヘナの一員でもないのに・・・」
足を伸ばしながら言う。
「なるようにしかならないって。しばらく学校に行けないから、勉強は戻ったら教えてやる」
「えー、おにいの説明難しい!」
「考えてることを説明するのって難しいんだよ。テストで赤点とるなよ」
「わかってるってば」
美憂がふぅっとため息をついた。
本をめくる。
電子機器と、魔法の融合について使えそうな部分を探していた。
モニターは自分なりにカスタマイズして、記録もできるようになっている。
集めたデータは、自分の部屋にある魔法石に溜められるようにしていた。
既存の仕組みを使うと、このゲームに関わっている者に気づかれる可能性がある。
なるべく自分で生成していかないとな。
「この魔法少女戦争にお父さん関わってるよね?」
しばらく沈黙した後、美憂が口を開いた。
「どうした? 急に・・・」
「私、自分が魔法少女になるべきなんじゃないかって思うの。おにいだって魔法少女戦争に関わってるし、不思議なんだけど学校に行ってた頃より、魔法に関わっていたほうが体が楽なの」
美憂が俯く。
「おにいだってそうでしょ?」
「・・・・・・」
「リリスは関わってないって言ってたけど、私はそうは思えない。感じるの。この電子世界にお父さんのことを・・・」
「親父のことは忘れろ」
「できないよ。だって、私、思い出・・・・」
「じゃーん! ん? 2人ともどうしたの?」
リリスが急に現れた。
「深刻な話?」
「えっと・・・おにいの読んでる本、難しいなって」
美憂が話していたことを濁す。
「あ、それはドイツの有名な魔導士が残した本だもん。昔読んだけど、電流と魔法と属性と召喚の説明とかでしょ?」
「よく覚えてるな」
「時間だけはたくさんあったから。ここの本は大体読み終わってるよ」
リリスが図書室を見渡しながら言う。
「へぇ・・・」
ざっと見るだけでも、天文学的数字が出てきそうなほどの本の量だ。
AIの要約あってもきついのに・・・。
「カイト、今ちょっといい?」
「あぁ・・・美憂」
「一人で大丈夫だってば。このモニターそのまま使っていい? 私、モニターの出し方わからなくて」
「後で美憂専用のモニター作ってやるよ」
「よろしくー」
美憂が画面に映る翻訳の文章を眺めていた。
― XXXX XXXX XXXヴァール ―
部屋に戻ると、リリスが両手を広げて詠唱した。
空中から黒曜石のような刃の色をした剣が現れる。
「この剣、やっぱり重いね」
リリスが両手で剣を持って、こちらに渡してきた。
「私がいない間、何かあったらこの剣を使ってね。きっとカイトの魔力に馴染むから」
剣を持つ。
黒刀で柄の部分は蛇の模様が描かれていた。
7つの魔法石が埋め込まれている。
重くは感じない。
急に、懐かしい感覚を覚えた。
「でも、敵が来てもすぐに倒してカイトのところに駆けつけるから、カイトは戦う必要ないけどね。私にぜーんぶ任せて」
「リリス、俺は昔、魔法少女戦争に関わっていたのか?」
「!?」
リリスの表情が変わる。
図星だな。
「過去のことはあまり・・・・」
「命令だ。俺のことを話せ」
リリスが胸の鍵を握り締めてから、ソファーに座った。
「主の命令は絶対・・・だもんね。カイトは前世で魔法少女戦争に関わってる。最初の内はカイトを探せなかったんだけど、ここ数百年は一緒に組んだりしてたよ」
「リリスが今もロンの槍を狙ってるってことは、負けてきたのか?」
「・・・そう。カイトが殺される」
長い瞬きをする。
「私は不死だから、生まれ変わったカイトを見つけて契約し続けてきた」
「三賢のマリアの話と似てるな」
「確かに、似てるかもね」
力なく笑った。
「俺はリリスが契約した魔神の生まれ変わり、であってるか?」
「・・・・・・」
「全く心当たりがないわけじゃない。なんとなく、暴走したときに思い出した感覚がある。俺の思考、リリスとラインハルトのやり取り、暴走した俺を一瞬で止めた・・・・何より、ロストグリモワールだ」
剣を見つめながら言う。
「リリスが魔神の名を口にしたとき、俺は聞き取れたんだ。その名前が書いてあるロストグリモワールの部分を読んでから、燃えて消えた。偶然には思えない」
「・・・・主には嘘をつけない」
リリスが黒いローブを伸ばして、立ち上がった。
「そう。魔神だった。でも、あまり詳しくは聞かないでほしい・・・情報は、未来が歪んでしまうほどの力を持ってるから」
「あぁ、言える範囲でいいよ」
リリスが指を動かして、俺とリリスを囲むように結界を張った。
手袋をはめる。
平静を装っていたが、緊張しているのが伝わって来た。
「秘匿とされて、誰にも聞かれてはいけないから」
「わかったよ」
結界の中はひんやりとしていて、音が少し籠っていた。
魔法少女戦争は、三賢のリリスたちが聖杯の力を得てしまったことで、世界が均衡を取るために動き出したことがはじまりなのだという。
聖堂に納められていたロンの槍が、神々を無視する大きな力を持ってしまった。
人間の手に渡ったロンの槍を神々が統制するために、神々が少女たちに魔力を与えたと話していた。
俺は1000年以上前に、リリスと契約した魔神だったらしい。
「あ、願いはちゃんと叶えてもらったよ」
「どうして俺は今、人間になってるんだ?」
「私からは・・・詳しいことは話せない。でも、魔神の力が消えたわけじゃない。あ、私が弱くなったりしてるわけじゃないから、安心してね」
リリスが誤魔化すように、慎重に言葉を選んでいるのがわかった。
七陣魔導団ゲヘナの腕の刻印が赤く光っている。
禁忌に触れているのだろう。
リリスが、自分の胸に手を当てながら少し息を切らしていた。
これ以上、探るのは無理だな。
「了解。もういいよ」
「え? いいの?」
「別に過去に興味があるわけじゃないんだ。ただ、リリスとラインハルトが意味深にこっちを見てたから気になっただけだ。結界を解いてくれ」
「う、うん」
リリスが拍子抜けしながら結界を解く。
ソファーに座り直して、モニターを開いた。
「もう聞かないから安心しろ」
「いいの?」
「大事なのは今だ。俺もそう簡単に死なないし、リリスも必要以上に心配するなよ」
モニターを切り替えながら言う。
「電子世界は得意だ。剣も馴染むし、戦闘方法も自分なりに調べてみるよ」
「じゃあ、私は見回りでもしようかな?」
「リリス、しばらく寝てないだろ?」
「えっ?」
「ちゃんと睡眠をとれ。昨日からずっと寝てないんだろ? 魔法少女に色々指示したり、教えたり、司祭からの面倒な仕事も巻き取って・・・」
「全然、問題ないよ。私の睡眠時間は3時間取れればいいから」
両手を振った。
そうゆう問題じゃないだろ」
「命令。6時間は寝るように」
「えー、それじゃあ、危ないよ」
「他にも魔法少女がいるだろ? 休める時は休め、命令だからな」
「うぅ・・・主の命令は絶対」
「あぁ、絶対だ」
リリスが困ったような顔をして、息をつく。
「じゃあ、主の命令だから、寝てくる。でも、何かあったら・・・」
「すぐ呼ぶよ。ここに来てから、ずっと気を張ってるだろ? 休養も必要だ」
「・・・うん、ありがとう」
棚にあった砂時計をカタンと鳴らす。
砂がさらさら落ちていった。
ぼふっ
リリスが隣の部屋のベッドに飛び込む音が聞こえた。
数分後、寝息が聞こえてきていた。
「・・・眠いならそういえばいいのに」
コードを読み進めながら、冷えたハーブティーを飲んだ。
七陣魔導団ゲヘナにいれば、リリスまではいかなくても、強い魔法少女たちがいる。一人で何もかも背負いすぎるんだよな。
リリスの休息は最重要課題だな。




