10 三賢の真実
「ねぇ、カイトがゲームの製作に関わってたのって、次の魔法少女戦争が電子世界で行われるからって知ってたの?」
「さぁな」
「それは知ってる顔だね? ま、はっきり言いたくないならいいよ」
リリスは軽やかに飛びながら、段差を降りていった。
ロストグリモワールには電子世界で行われる魔法少女戦争のことも記載があった。
電子世界が関わる以上、勝敗の行方は魔力だけが全てじゃないことも。
「ここはまだリリースされていないゲームの中らしいの。どうしてロンの槍は電子世界をバトルフィールドに選んだのか・・・」
フェカリナ城の周りには城下町が広がっていた。
まだ、誰も住んでいないのだという。
城下町を囲むように清らかな水の流れる街は静かで、ところどころ俺が暴れた跡が残っていた。
「七陣魔導団ゲヘナは、また戻って来るかな? フェカリナが自分の魔法少女を連れてきたいって言ってたけど、どうするんだろう・・・」
「その七陣魔導団ゲヘナってなんなんだ?」
「魔神を崇拝し身を捧げる7人の魔法少女、と、彼女たちを守る司祭や魔法少女、剣士や魔導士かな。ロンの槍で世界を変えようと目論む者たち。魔法少女戦争では有名だよ」
リリスが淡々と言う。
「リリスはロンの槍に興味があるのか?」
「もちろん。私は今回こそは手に入れるつもりだよ」
両手を広げて、階段を飛び越えた。
「っと、この辺でいいかな?」
「ん?」
リリスが草むらに出ると、足を止めて杖を出した。
「転移魔方陣。三賢の一人、メイリアのいるところへ連れて行ってあげる」
「どうしてわざわざここまで来たんだ?」
「この転移魔法は特殊だから、水の女神フェカリナの敷地内から離れなきゃ描けないの。電子空間でもない、人間の住む世界でもない、時空の狭間にいく」
「時空の狭間?」
「ロストグリモワールには載ってなかったでしょ?」
「・・・そうだな」
リリスが地面に描いた魔法陣は幾何学模様のようだった。
促されるまま、魔法陣に乗る。
「カイト、ロストグリモワールの名前はもう出さないようにね。あの魔術書は高等な魔術と過去と未来、関わる者の真名が書かれてるから、執念深く狙ってる者も多いの」
「わかったよ」
「ロストグリモワールは持ち主を選ぶといわれてる。カイトのところに現れたのは・・・ま、いいか」
リリスが小さく呟きながら転移魔法を発動させる。
シュンッ
「っと・・・いきなり移動するのか」
「着いたよ。ちょっと狭いけど気にしないで」
顔を上げると、岩に囲まれた洞窟のような場所にいた。
リリスがランプに火を灯していく。
壁際の本棚にはぎっしりと本が並んでいて、真ん中には机と椅子がある。
ウサギが通れるくらいの小さな窓はあったが、外は星のような光がたまに輝くだけで、真っ暗だった。
開きっぱなしのノートに、七色の砂が入った砂時計。
古かったが、人のいた痕跡はある。
「魔力を感じないな」
「そりゃそうだよ。時空の狭間だもん。時間の流れがないの」
リリスが杖を消した。
「メイリア、魔法少女戦争が始まったよ」
リリスが真っ先に向かった先には・・・。
「今日は私の主を連れてきたの」
「女神像・・・じゃないのか?」
「ううん」
祭壇らしき場所の上に、少女の像が置いてあった。
魔法少女のような服を着た、灰色の像だ。
かなり年月が経っているのを感じる。
「紹介するね。彼女がメイリア、私と同じ三賢の一人」
「は・・・・?」
「三賢っていうと、みんなすべての魔法を覚えた圧倒的な力を持つ魔法使いが3人存在しているとか、この世の全てを知りながら世界をコントロールしている、とか尾ひれがついちゃって広まってるみたい」
リリスが優しく石像の腕を撫でた。
装飾された腕輪をはめている。
「まぁ、聖杯の本当の力は秘匿とされているから仕方ないんだけどね」
「神でも知らない話か」
「聖杯に関わる者なら知ってるかもね」
風もないのに、ランプのろうそくが揺らいでいた。
「聖杯は知識と魔法を与える代わりに、私たちに呪いを与えたの」
リリスが俯きながら言う。
「メイリアには石化の呪いを、もう一人の賢者には永遠の輪廻転生を」
「永遠の輪廻転生?」
「名前も顔も、魔力すら、全てを変えて人間として生まれ変わるの」
「転生なら呪いでもなんでもないだろ。普通のことだ」
リリスが息をついて首を振った。
「最期は魔法少女となり、私の前で、必ず同じ死に方をする」
「は・・・!?」
「その時に、三賢のマリアだったって気づくの。魔法少女戦争が始まって、102回、同じ光景を目にしている」
102回・・・?
「じゃあ・・・リリスが受けた呪いは・・・」
「不死の呪い。私は魔法少女戦争のはじまりから参加する魔法少女。ずっと魔法少女のまま、老いないし死なない」
ひんやりとした風が喉に張り付いた。
この洞窟の本棚にある本は、ラテン語や英語、エジプトの象形文字が書かれているものもあり、何の本かはわからない。
でも、魔導書であることは確かだ。
いくつもの付箋が挟まっていた。
おそらく、リリスは2人を救う方法を探していたのだろう。
机と椅子はボロボロになっていた。
「私はロンの槍を手に入れて、三賢が受けた呪いを解きたい。聖杯で受けた呪いは、同じくらいの力を持つ聖遺物でなければ解けない。ロンの槍なら可能なの」
「・・・・・・」
「メイリア、今度は絶対に負けないから。私を待っててね」
絞り出すような声で言う。
目を擦ってからこちらを見た。
「ね、私は、今回は絶対に負けないって決めてる。この時のために、力も蓄えてきた。だから、カイトは戦わなくていいから」
「いや、俺も戦うよ」
前に出て、メイリアの像の前に立つ。
「きっと、リリスにとっての彼女たちが、俺にとっての美憂なんだろ」
「え?」
「絶対に失いたくない者ってことだ。俺も力をコントロールできるようにする。足手まといにはならない」
我を忘れる怪物になる前に、魔力を留める方法があるはずだ。
自分の手のひらを見つめる。
次は確実に力をコントロールできるように調整しないとな。
破壊するだけで、何も守れない。
「ふふ、暴れまわってるところを、私に止められたのが悔しかった?」
「違うって。俺はちゃんと・・・・」
「わかってる。その力のコントロールの仕方ね。でもカイトなら大丈夫だよ」
リリスが人差し指の指輪に触れた。
じんわりと指が熱くなる。
少しずつ魔力の乱れが収まっていくのを感じた。
「俺はリリスに頼りっぱなしだな」
「私はカイトと契約した魔法少女なんだから当然よ」
「ついさっきも同じ言葉を聞いたよ」
腕を組んで、壁に寄りかかる。
「ふぅ・・・なんだか、秘密にしてたこと話したらすっきりしちゃった」
リリスが伸びをして、キッチンのような場所に立っていた。
「っと・・・」
突然、ふらっとして、机に手をついた。
「あっ、急激な魔力の解放だね。体力と魔力回復のハーブティー調合するから、そこに座ってて」
「あぁ、ありがとう」
棚からハーブをいくつか出していた。
「外に出たら駄目だよ。時空の狭間に堕ちたら戻って来れないからね」
「出ないって。そもそも、ドアがないだろ」
「カイトならその小さな窓から出てっちゃうかなって思って」
「あんなに小さくなれないって」
頬杖をついて、メイリアの石像を見つめる。
足元には散りばめられた魔法石が、キラキラしていた。
この部屋にはリリスの三賢への想いが詰まっている。
「ふふ、まだ私の知らない力を隠してるかもしれないでしょ? カイト、隠し事多いから。ねぇ、カモミールとラベンダーならどっちが好き?」
「カモミールかな」
「了解」
リリスが冗談っぽく笑いながら、ティーカップにお湯を注いでいた。
しばらくすると、カモミールのいい香りがしてきた。




