9 サイレント
周囲は焼け焦げた装飾品と、崩れた城の瓦礫しかなくなっていた。
俺はもてあます力をコントロールできなくなって、暴れまわっていた。
足りない。まだ、足りない。
人間の魂が・・・。
崩れた天井に月明かりが差し込む。
天使か・・・?
いや、魔法少女だ。
空からリリスが降りてきた。
― サイレント ―
真っ白な杖の宝玉が回りながら、煌々とした魔力を放っていた。
リリスが白い手袋を脱いで、ゆっくりと俺に近づく。
「!?」
身体が元の人間の姿に戻っていった。
俺を、止めたのか?
たった一つの魔法で?
リリスが隣に立って、サファイヤのような瞳でこちらを見る。
「随分派手にやったのね、カイト」
俺の頬に触れた。
「怪我はないみたい。魔力はちょっと荒っぽくなってるね。七陣魔導団ゲヘナと、彼女たちについていた魔法少女たちはとっくに逃げちゃった。結構、死んじゃったみたい。魔神はほったらかしにされて、怒って帰ったみたいだよ。契約は不成立ね」
「・・・聞かないのか? 俺の・・・あの姿のことを」
力を抜いて、瓦礫の上に座り直す。
人間の皮膚に戻っていた。
「どう見ても、ただの人間じゃない」
「隠し事のひとつやふたつ、誰にでもあるでしょ?」
リリスが唇に指を当てて、柔らかくほほ笑んだ。
「契約した魔法少女が私でよかったね。これは、普通の魔法少女じゃ止められないよ?」
「そうだな」
崩れた城の柱、散らばるステンドグラスを見渡しながら言う。
手の爪を確認する。
人間の爪に戻り、人差し指には金色の指輪がはめられていた。
「そうだ! 美憂は!? 美憂は無事か? どこにいる?」
思わず立ち上がって、周りを見渡す。
「落ち着いて。カイトを止める前に、元の世界に返したから大丈夫。ナナキの守護下にある。あれでも神だから、ナナキの守護の前では魔法少女は何もできない」
「そうか。よかった・・・」
ほっとして肩の力が抜けた。
「ありがとな」
「カイトは私の主だから、当然のことをしたまでよ」
「主か・・・」
乾いた笑いが漏れる。
「でも、七陣魔導団ゲヘナにカイトの姿がバレたってことは、早いうちに総攻撃を仕掛けてくるかも。んー、ま、いっか。魔法少女の人口も多くなってきたから一掃したかったし」
リリスが軽い口調で言いながら、スカートの埃を払った。
「・・・見ただろ? 俺も自分の存在がわからない化け物だ。契約解除するなら、今だ」
「ん?」
「ロンの槍は世界を左右するんだろ? 俺が間違って持つようになったらどうする? 少なくとも、リリスが求める世界とは違うんじゃないのか?」
リリスが両手に杖を持ったまま瓦礫を降りて、こちらを見上げる。
「カイトはこの世界が嫌いなの?」
「どちらかと言えば、嫌いなのかもな。自分でもわからない」
「じゃあさ・・・・」
倒れた柱がゴトンと落ちる音がした。
「私と一緒に、ロンの槍を手に入れて、この世界をめちゃくちゃにしようか?」
「え・・・・?」
「リセットだよ。リセット。ぜーんぶ、壊しちゃうの」
小声でささやくように言う。
一瞬、真剣な表情をしていた。
「リリス・・・?」
「なーんちゃって、嘘だよ。カイトは優しいからそんなことできない。ロンの槍は、ちゃんと本心を見抜くから安心して」
リリスがぐっと近づいてきて、手を取った。
「カイトは人間で、私はただの魔法少女。2人でいれば怖いことなんて無い」
目を細めて、花のように笑う。
清らかな魔力が辺りを柔らかく包んだ。
トン
「三賢のリリスが、普通の魔法少女? 笑わせる」
「フェカリナ! 久しぶりだね」
リリスの表情がぱっと明るくなる。
「元気そうで何より」
「そっちの暴れまわってた主は何者だ? ったく、リリスは相変わらず面倒なことを持ち込むな」
海を溶かしたような色のドレスを着た少女が立っていた。
胸にはアクアマリンのペンダントが輝いている。
「君は・・・」
「私は水の女神フェカリナ。城がぶっ壊されたって聞いて来てみたら、このざまか。クク・・・七陣魔導団ゲヘナの奴らの逃げ方といったら、傑作だったな」
フェカリナが鼻で笑っていた。
「悪かったな。城を壊して」
「いや、あいつらが勝手に城に居座って迷惑してたんだ。私の水の国に、魔神を通すとはな」
長い溜息をつく。
「壊れた城は大丈夫なの?」
「ここは電子世界だ。バックアップというものが存在しているらしく、元に戻すのはたやすいらしい」
「あ、なるほど。バックアップがあれば、すぐに復元できるもんね」
「・・・・私もこうやって電子世界に呼ばれた。本当にここで、戦闘が行われるのだな」
フェカリナが深呼吸をして、天を仰ぐ。
「初めてだもんね。電子世界で魔法少女戦争やるなんて」
「そうだな。私と契約した魔法少女にも三賢のリリスが混ざっていることを伝えておこう。まだまだ未熟だが、一生懸命で可愛い奴らだ」
「えーっ」
「この城ぶち壊しておいて、文句あるのか?」
「うぅっ・・・・」
リリスが杖を消して、怯んでいた。
「リリス、三賢って何なんだ?」
「っ・・・それは・・・・」
「ん? 主にも話していなかったのか?」
「ひ・・・秘匿とされているから・・・・」
口をもごもごさせていた。
「魔法少女戦争に身を置く以上、話しておかなければいけないだろう。私も詳細は知らないけどな。秘匿があるとしても、お前の主なら神も許す」
「・・・・・・」
フェカリナがガラスを一枚拾って、光に透かしながら言う。
何かを唱えると、フェカリナの周りにソースコードのようなものが現れた。
「おぉ・・・なるほど、ここからこの城に当てはまるコードを探すのだな。バックアップからの復元ってやりにくいな。魔法少女に頼むか」
フェカリナがぶつぶつ話している。
「えっと・・・・」
「三賢について、別に話したくないならいいよ」
俺も全く知らないわけじゃない。
あの本、ロストグリモワールに一部が書かれていた。
「・・・三賢はね、魔法少女戦争の起源、全ての魔法の起源を作った者たち・・・・聖杯の水を飲み、知識を得た者たちのことを言うの」
言葉を選びながらゆっくり話していた。
グリモワールに載っていた。
聖杯に注がれた水は、魔法を与える、と。
「どんな魔法少女も、私に敵うわけがない」
「聖杯って・・・神の子が最後の晩餐で用いたとされる聖杯のことだろ? ロンの槍と共に聖遺物の一つとされているものだよな?」
「知ってるなら早いね」
リリスが地面を蹴って、軽く空を飛ぶ。
「ついてきて。私以外の、賢者のいる場所へ連れて行ってあげる」
黒いローブをふんわりと浮かせて瓦礫を飛び越えていった。
埃が舞う。
軽くせき込みながら、リリスの後をついていった。




