2015.04.28
そうか! 赤ヘチマは相手しなくてもいいんだ!
(気付くのが遅いだろ、お前。)
G級クエスト、ソロが大変に厳しくてなぁ。強化がままならんのが心底辛い。そんでチャアクが楽しい。
ガードなんぞという概念の無かった私に、ガードの楽さ加減を教えてくれた。強走薬がぶ飲みだけど。
フルフル狩りとゲリョ狩りが面倒になってきた今日この頃。
いや、だからモンハンの話じゃない。
『葉桜の季節に君を想うということ』歌野晶午著
うん、こっちはさほど気にならんかったよ、"紛らわしい書き方をした文章"という例の問題。(笑
こちとら素人さんにアドバイスとかも書いたりして、曲がりなりにも批評家モドキな事もやってるもんで、初歩の初歩と教えているこの手のトリックにはどうしても納得がいかんのだけどね。
まぁ、映像化不可能とか言われるような作品を作りたいという作者としての野心は解かる。
解かるんだが、どんな手を使ってもいいってのは違うと思うんだね。
どうせやるならニーチェとかにしろ、と。
彼の人の作品を、実は相当に認めているんだ、私は。ただ読まないと言っているだけで、全巻読まなくたって一冊読めば充分に凄いことは理解したんだよ。
本当の意味での映像化不可能ってのは、それは映像にしたところで「朗読にしかならない」結末が予想されるような作品のことだと思っている。つまり、哲学だ。
俳優の演技では、視覚情報ではどうにもならないような概念的情報ってのは、これは文字でしか表せないはずだからさ。それで埋め尽くされてる作品は、朗読にしかなりえないでしょ?
それしか認めない、という気分なもんで、こういう「性別を明かさないで、実は女でした~」みたいなのは、一発ネタとしては面白いんだろうが、そんなに凄いとは思わないんだよなぁ。
お笑いでいうなら、喋りの技量で笑わせてくれよ、とか思ってしまうのは頭が固いんだろうかね。
けどまぁ、私自身に照らして考えてみて、推理物を書くにしては、あまりに読者に親切に構えすぎているなと反省はさせられた。トリックとか丸見えになってるような気がして、だけど読者が読み落としたらと思うと、どうにもジレンマがあったんだけども。
なぁんだ、『読者の読解力に配慮する必要はない』んだ。
教訓。
こと、推理物を書くにおいては、読者を見捨てて走ってヨロシイ。(笑
執筆、ガンバロウ。




