2015.03.27
横溝正史読了。いやぁ、原作よりもドラマ版のラストと犯人解釈の方が私は好きだ。(笑
まぁ、さすがに昔の文人、その論理は冷酷なくらいに的を射て、ごもっとも、と首を垂れるだけなんだけどね。犯罪者なんてのは甘えに甘えた人間だ、はい、その通り、てな具合だ。
次に読んだのがコレ。
『黒い家』貴志祐介著
これ、ごめん。サイコパスの下りと作文二つが出た時点で、どっちが犯人か解かっちゃった。(笑
そんで作者の仕掛けも。ああ、なるほどなぁ、そう来たか、てなモンだ。
けど予想外だったのは、その後にもう片方の人物の記述が出てくるともう、可哀そうで可哀そうで読んでるのが辛くなっちゃった事だ。どんでん返しまで気付かなきゃよかったよ。
私は、また人によってはものすごい反発されるかも知れんのだが、サイコパスというような極端に甘えた思考に染まっているような犯罪者には、部外者の支援活動すら許さずに完全隔離するべきだと思ってんのよ。
彼らは甘えただから、ようするにアテクシカワイソで凝り固まり、世界のどこかには自分を理解してくれる絶対的な味方が居るんだと信じ込んでるわけよ。だから、平気でそれ以外の敵に対しては容赦ないことをやる。どこかに居るごく少数の味方以外はどうでもいいわけさ。
大衆に対してはものすごく気を配るけど、それもどこかに居る味方には心証をよくしたいからで、見えてる連中は理想の味方じゃないから、どうでもいいんだろうさ。せいぜい利用してやれ、くらいでさ。
だけど、ソイツ等は学習してないだけなんだよ。普通の人は誰もが学んできた、絶望とか恐怖という感情を学ぶことなく封印して蓋をしてるから、その蓋をひっぺがして本物の恐怖や絶望を学ばせないと。
サイアクの環境に育った二つのパターンは、片方はアテクシカワイソになり、片方は慈悲深くなる。極端な幅でいうと。普通はそこまで振り切れた成長をするこたぁないと思うけどさ。
自分を苦しめる相手の心に注視してしまうと、自殺とか自傷に走るしかなくなるだろう。
自分にしか注視できなければ、逃げに走って蓋をするわけで、その時点で心の成長が止まるんじゃない?
自傷といっても二つのパターンどっちもやらかすよね。
本気で死ぬつもりで、それでも迷惑を考えて力が緩むのが前者で。
本気というのも実は甘えのポーズだから、さらさら死ぬ気がないのが後者。
矯正という観点から、私はこういう極端に甘えた精神を抱える者は、死刑しかないと思っている。
希望すら逃げ口上に使うどうしようもない甘えただと、横溝正史は書いた。その通りだと思う。
絶望と恐怖をちゃんと学ぶ方法が他にあるなら教えてくれ、てなもんだ。
いやぁ、後味悪かったなぁ、『黒い家』。(笑




