2014.11.16
一ヶ月も開いてしまった。
ここのところ、筆がぱったりと止まってしまっている。仕方ないから別の二次創作で止まってたヤツを進めて誤魔化したところだ。書かないことには書き方さえ忘れそうで怖いなぁ。(笑
『論文の教室』戸山田和久著
これはむしろ一般的な書き方講座の本が固くて歯が立たねぇ、て人にお勧めの”講座本を読むための基礎入門”という位置付けの本だと思ってもらったほうがよさそう。本文もラノベっぽい書き方をされていて、ラノベしか読んだことがないという人にも。これがダメだったらその手の参考書を読むのを諦めたほうが早いという感じだ!
『教養としての大学受験国語』
まだ読んでる途中だけど。MH4Gと並行だからなかなか読了までがおぼつかない。
で、以下はこれを踏まえて今考えている事柄。
未来を描くという事を、どうやら誤解していたらしい。構想からキチンとしたものに作り替えようと思って始めた事だったのに、内容からを大幅に変更せざるを得なくなった。
以前に書き方のエッセイで書いた、マーケティングの法則というヤツが、実際は社会全体にまで及んでいるという事を見落していたからだ。15%の先取性の人々が居て、という例のアレ。
これって、実は社会全体が貫かれた法則だったんだ。今、現代社会というのはちょっと前に近代というものを葬り去った次の時代ということらしいんだが、近代ってのが何を指しているかを誤解していた。わたしは、大戦後の、せいぜい高度成長期が終わった辺りまでかと思っていたんだけど違ったんだよ。
二元論での物の見方が批判対象に変化した時点から、なんだね。
つまり、善と悪、心と体、とかのああいう二項対立で物事を考えることが近代だったわけで、現代はそれでは収まらない現象というものとか、二項対立で失敗した原因とかをクローズアップし始めたというわけだ。
現状の社会では、およそ三派に分かれて思想が分布していると思う。
一つは、革新で、これは「情報化社会を生きる人々」だ。
もう一つ、近代で、こっちは「二項対立から抜け切れない人々」だろう。
さらにもう一つあって、「原点回帰で進化から完全に脱落した人々」も居る。
情報化社会というのはキーワードで、これは真・民主主義ともいうべき思想だろう。今までの民主主義は、誰かが音頭を取ったらほとんど疑いもせずにそれを自身の理念として受け入れる、受動の思想だったわけだけど、今は情報化ということで、少しは”自分で”吟味しようぜ、という機運が高まっている。
”個人が個人の中に”、価値基準を呼び戻そうとしている、ということだろうとも思う。今までの歴史はこの価値基準がずーっと長い間、他者にお任せだったわけだけども。自分探しとかいうのも、結局は、他人によって認められる自分を探すということに過ぎなかったし。
ここへきてようやく、本当の意味での「個人の解放」へ移行しようとしているってことだろう。
この段階はしかし、誰もが容易く理解出来るようなものではないのかも知れない。だから、脱落者が出てきているんだろう。イスラム国というのは、私は脱落者の集団だと思えてならないんだ。
新しい時代の個人という予感はすでに表れていて、そこでは、神が死に、民族が消え、家族がほどけている。依って立つべき概念のすべてが否定された中で、何者にも依らずに立っている、ただ一介の存在である自身が存るだけだ。
「我思う ゆえに 我在り」
まごうことなく、この概念だけが存在し、この概念を補足しうる他の概念は無い。
ゆりかごから出た人類は、はいはいで手を支えに使っていたが、今ちょうど両足だけで立とうとしているってところだろう。あまりの不安定にこれを拒否する者が続出している。
未来をシミュレートしようとしていた執筆中作品だが、大きな躓きを見た。
今は三つの思想が混沌と混ざっているわけだが、これは時代を変えても順繰りでいつでも混沌と混ざっているはずだ。先の世界でも相変わらず、ちょっと進んだ思想と、古い思想と、Uターンした思想とがあるんだろう。先の未来を描くということは、これをも書きださなくてはならないという事だ。
今でさえ理解のおぼつかない革新派の思想のさらに先の思想なんて、想像も出来ない。
困ったな。未来はどんな社会で、どんな考え方をしているんだろう。




