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第二・五話 運命の出会い?

第一章 はじまり編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第二・五話では、二話目と三話目の間に起きた出来事を描いております。)

 シャルルは書類に走らせていたペンを止めて、団長室の窓から空を見上げた。

「そろそろついたかな」

 予定通りならば、西の国との合同演習に出していた部下もそろそろこちらへ戻ってきているころである。


「団長、失礼します」

「どうぞ」

「今年度の予算計画です。全て確認が終わりましたので、ご承認を」

 これがなければ、自分で行ったのに……。

 シャルルは思わずため息を吐く。経理担当の青年は、シャルルにじとりとした目線を送る。シャルルにこれほどの視線を向ける人間も珍しい。


「そろそろ遠征の第三部隊も戻ってきますから」

 彼も暇ではない。遠征部隊の経費精算はバカにならないのだ。

「それまでに終わらせないと、書類の山が出来ると言いたいんだろう?」

「もちろんです」

 ぴしゃりと言われて、シャルルはもう一度深くため息をつく。


「僕だって、たまには(いや)されたい時もあるのさ」

「仕事が終わったら、好きなだけどうぞ」

 経理担当の彼は容赦(ようしゃ)なくシャルルの机の上に書類を置くと、それじゃぁ、と団長室を後にした。


(ケイは今頃、パルフ・メリエか……)

 シャルルは、書類の山をちらりと見つめ、

「ま、ケイの方が、今は(いや)しが必要だからね」

 と口角を上げた。


 シャルルが、(いや)しを求める『パルフ・メリエ』。

 そこは、森の奥にある、小さな香り屋である。店主は、祖母から店を()ぎ、調香師として一生懸命に働く可愛らしい女性。柔らかな物腰と、人を()きつける雰囲気に、素敵な香りが合わさって、騎士団長であるシャルルでさえ、手放しで(いや)されてしまうほど。


 もちろん、それだけではない。パルフ・メリエの以前の店主リラは、素晴らしい実力の持ち主で、王妃様専属の調香師であり――それは孫に代替わりしても、変わらなかった。


 今回も王妃様から、パルフ・メリエで『いつもの』香りの品々を買ってくるよう命を受けたのだ。

 だが、あいにくシャルルは忙しく……信頼できる部下、ケイを遠征のついでに、と使いに出したのだった。


 ケイは、騎士団の第三部隊の隊長としてよくやってくれている。それはもう十分すぎるほどに。

 しかし、彼には少々真面目すぎるきらいがある、とシャルルは思っている。

 息抜きの仕方を知らないのか、とにかく愚直(ぐちょく)に、一生懸命なのだ。休息の仕方を覚えてもらわなければ、騎士団というのは、いつ体や精神がむしばまれてもおかしくない職業である。


 遠征帰りに、というのは幾分(いくぶん)無茶をさせたと思うが、ケイは嫌な顔一つせず、その指示を受け取った。

「行ってまいります」

 たった一文、その一言が書かれた手紙を受け取ったときには、思わずシャルルも苦笑した。


 ◇◇◇


 団長室の扉がノックされたのは、夕暮れを過ぎたころである。

 書類仕事に集中し、すっかり時間が経つのを忘れていたシャルルは、うんと体を伸ばしながら扉に向かって返事をした。

「ただいま戻りました」

 ケイの声だ。シャルルが「開いてるよ」と返事をすれば、扉の先に、なんとも言えない表情をするケイが立っていた。


「遅くなりました」

「パルフ・メリエに寄ってくれたんだろう? 疲れているところ、悪かったね」

 シャルルが座るように(うなが)せば、紙袋を抱えたままのケイは、おずおずとそこへ腰かける。シャルルも書類仕事には少し飽きてきたところで、休憩がてら、とケイの前に腰かけた。


 シャルルが口を開く前に、ケイが紙袋から領収書を取り出す。

「こちらは、どのように処理すれば?」

 また金の話である。シャルルは苦笑いを浮かべ

「後で僕から言っておくよ。今回の遠征費用と一緒に処理してもらうから」

「では、すみませんが……」

「それよりも、他に何か報告することがあるんじゃないのかい?」

 茶目っ気たっぷりなシャルルの笑みに、ケイは、はて、と首をかしげた。


「遠征の話なら、明日、報告書をまとめて提出しますが」

「そうじゃなくて」

「はぁ」

 ケイの表情には、理解できない、と書かれているようで、シャルルはクスリと笑みを浮かべる。


 ケイはシャルルの聞きたいことをひとしきり思案したのち、あぁ、と声を上げる。

「購入した商品の内容でしたら、紙袋の中にタグがあるとマリアが」

 マリアが、と彼が女性の名前を口にするのは珍しかった。少なくともケイが、仕事の場で女性の名前を口にしたのは、妹の名前くらいなものである。

 シャルルは、なるほど、とほほ笑みを浮かべた。


 初対面の人間に対して、ケイほど心を開かない人間も珍しい。それは決して、コミュニケーションをとるのが苦手だとか、そういうことではない。仕事となれば、初対面の人間にも物おじせずに会話をするし、どんな相手でもドンと構えていられる図太さがある。


 しかし、シャルルが知る限りでは――。

 初対面の相手を観察し、どのような人間かを繊細に見極め、そして冷静に対処している、というのが正しいだろうか。油断せず、最悪の想定まで計算して。

 裏を返せばそれは、予測不能な事態に弱いということでもあるが……それを(おぎな)うだけの準備を常に(おこた)らないのが、ケイという男であった。


 そんな男が、さも当たり前のように、初めて会ったばかりの女性を名前で呼ぶとは。


「どうやら、運命の出会いだったようだね」

「運命の出会い?」

 シャルルの言葉の意味が分からず、ケイはさらに首をかしげた。どうやら、本人は無自覚なようである。


 これは面白いことになってきたぞ、とシャルルは思わずにはいられない。

「こちらの話さ」

 シャルルにしては珍しい物言いに、ケイは怪訝(けげん)な顔をしてみせる。シャルルは、気にしていないようで、机の上に置かれた紙袋を手に取った。


「パルフ・メリエは、良いところだろう?」

「そうですね」

 そう(うなず)いたケイの表情が今までに見せたどんな表情より柔らかなものであったことは、シャルル以外、知る(よし)もない。

いつもお読みいただき、本当にありがとうございます!

番外編までお手に取ってくださっていること、感謝感激です……!


明日以降も引き続き投稿させていただきますが、スタイルは変わらず、〇・五話の形になっています。

基本的には、その話数の間に起きた出来事、またはそのお話の前後の補足的なお話になります。

ぜひぜひ、本編の前後のお話と合わせてお楽しみいただけましたら幸いです♪


番外編はしばらく続きますので、良ければぜひ、これからもよろしくお願いいたします!

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