第二百三十三話 家族の話
第十三章 それから編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第二百三十三話は、最終話の前のお話になります。)
「ママ! パパは?!」
キッチンに立っていたマリアに声をかけたのは、どこかケイに似た可愛らしい少女――マリアの娘、リリーである。
「パパなら、まだ二階で寝てるんじゃないかしら」
マリアの答えを聞くや否や、リリーは階段を駆け上がっていく。
ケイは、先日副騎士団長を任命されたばかり。最近はそのせいもあってか、忙しさに磨きがかかり、今日はずいぶんと久しぶりの休日であった。
お休みの日くらいはゆっくりさせてあげれば、とマリアは思うが、リリーも普段はなかなか父には構ってもらうことも出来ず、寂しいのだろう。
休ませてあげたら、などという大人の事情を、子供に言い聞かせるのも至難の業。マリアはリリーの後姿を見送って、ケイのことだから、休みだと言ってもどうせ体を動かすに決まっている、と料理に戻るのであった。
ドタドタと階段を駆け上がる足音に、ケイは目を覚ます。久しぶりの休み。ゆっくりしたいところだが、訓練を怠るわけにはいかない。副騎士団長としての務めを果たすためにも、ケイは今まで以上に努力しなければならない、と自分に言い聞かせていた。
「パパ! 剣の練習しよう!!」
勢いよく寝室の扉を開け放ち、リリーが子供用のおもちゃの剣をケイへ向ける。
「着替えて、ママのご飯を食べてからだな」
ケイはベッドから起き上がると、リリーの体をひょいと持ち上げた。
料理をテーブルへと並べていたマリアにケイは声をかける。
「おはよう」
「おはようございます、ケイさん」
リリーを肩車したままのケイを見つめてマリアが微笑むと、ケイは今日も愛らしい妻の姿に頬を緩めた。
それから、いつもならテーブルについているはずの息子の姿がないことに気づき、おや、と首をかしげる。
「ローゼルは?」
「ローゼルなら、お庭に。水やりをしてくれてるんです」
リリーをおろして、中庭の方へと視線を送れば、確かにそこには花を愛でるローゼルの姿があり、ケイは「なるほど」とうなずいた。
マリアに似たのか、中性的で麗しい息子は、花を愛でていると一層マリアに似ている気がする。
「ローゼル、そろそろ朝ごはんだ」
自分に似なくてよかった、とそんなことを思いながらもケイがローゼルに声をかければ、ローゼルは我に返ったようにケイを見つめる。
「ごめん、父さん。すっかり夢中になっちゃって」
好きなことになると途端に時間のことを忘れてしまうのは、母親譲りである。
ケイが、積極的に母を手伝うローゼルに称賛の意味を込めて、くしゃくしゃと頭を撫でてやれば、ローゼルは心地よさそうに目を細めた。
ケイとローゼルの二人が席に着くころには、待ちきれなかったのか、すでにリリーがパンを口いっぱいに詰め込んでいるところだった。
「リリー、少しずつ食べないとのどに詰まらせちゃうわよ」
口ではそういいつつも、頬をパンパンに膨らませた子リスのように愛らしいわが娘に、マリアは完全に腑抜け顔だ。そういえば昔、マリアをリスか何かのように思ったことがあったな、とケイもそんな二人につい口角が上がってしまう。ローゼルも、妹が可愛いのか、それとも母親を手伝いたいのか、リリーの口を拭いてやったり、料理をすすめたりとせわしなかった。
ご飯を食べ終えたケイは、リリーを連れて公園へ。マリアとローゼルはそんな二人を見送って、パルフ・メリエの開店準備だ。
「母さん、ミュゲの香水って売り切れたの?」
「へ?」
棚に商品を陳列していたローゼルが、マリアを見つめる。ローゼルは、レジの奥から在庫表をパラパラとめくって、「あ」と声を上げた。
「昨日で最後だったみたい。……ローズのアロマキャンドルも、もうなくなりそうだね」
さらさらと紙にペンを走らせるローゼルは、ケイに似たのか細かな管理が得意で、マリアは大助かりである。
ローゼルの夢は、ガーデン・パレスの研究員になること。調香も好きだが、ローゼルはそれ以上に植物が好きだった。たまに店へ訪れるリンネから話を聞いては、ガーデン・パレスの研究員として働けるよう、日々たくさんの知識を取り込んでいる。
母親であるマリアの店を手伝うのも、その一環だ。もちろん、どこか抜けている母親をサポートするためでもあるが。
対して、公園でおもちゃの剣を振り回しながら、ケイと訓練に励むリリーは、騎士団を目指している。どうやら、シャルルに憧れているようだ。以前、店にシャルルが訪れて以来、リリーは女性初の騎士団員になると言ってきかない。
父親であるケイとしては、あんな男所帯にこんな可愛い娘が一人だなんて、考えただけでも不安だが……娘の夢を応援するのも父親の仕事か、と考えていた。
「パパ! おなかすいた!」
無邪気な笑顔を見せるリリーに言われ、ケイもそんな時間か、と公園の時計を見つめる。街の広場の方で、うまいパンでも買って昼にするか、とリリーを片手で抱き上げれば、リリーは子供らしくキラキラと瞳を輝かせた。
「母さんたちに、おいしいものを買って帰るか」
「うん! リリー、フルーツのやつがいい!」
「あぁ、そうだな」
二人がパンを片手にパルフ・メリエへと向かえば、いつもの通り大盛況である。マリアが元々森の奥でパルフ・メリエを一人営んでいたころを知っているケイとしては、そんな光景にはいまだ慣れない。
ケイたちの帰りに気づいたのはローゼルで、
「おかえり!」
と二人に声をかけた。
ケイたちが戻ってきたとなれば、パルフ・メリエは、一度お昼休憩だ。この後はまた、営業再開だが、ローゼルはリンネとの約束があるようで、この後は出かけてくる、という。ケイとリリーは家に戻って、夕食の準備や家事だ。
「それじゃぁ、ローゼル。気を付けてね!」
マリア達が手を振って、ローゼルを見送れば、ローゼルも大きく手を振った。
夕方。パルフ・メリエの閉店準備をしているマリアに声がかかる。
「マリアちゃん!」
ひときわ明るい声はリンネのものだ。
「ただいま」
続く声は、ローゼル。マリアは振り返って二人に笑みを浮かべ、その後ろをのんびりと歩くミュシャに大きく手を振った。
「こんばんは」
ミュシャはどこか疲れた顔でマリアに挨拶を一つ。マリアが
「夕食、せっかくなら一緒にどう? きっと、ケイさんとリリーがたくさん作って待ってるわ」
と笑いかければ、ミュシャは少しだけ口角を上げた。
「そうだね。それなら遠慮なく」
こうして、マリア達一家の夜は更けていく。
「いらっしゃい」
すっかりミュシャとも打ち解けたケイが玄関先に現れると、ふわりとホワイトソースの優しい香りが漂う。
リンネのおなかがぐぅ、となり、全員で顔を見合わせて笑うのだった。
今回で番外編はおしまいです。
最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました!




