第二百一・五話 惚気話
第十二章 開花祭編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百二百一・五話は、第二百一話の後、第二百二話の前のお話になります。)
「以前にもまして、本の虫ね。何を読んでるの?」
昼休み。同僚から声をかけられたアイラは、本から顔を上げた。サンドイッチを口に加えたまま、本を片手で持ち上げて、タイトルを同僚に見せる。
「調香入門?」
アイラはコクコクとうなずいて、サンドイッチを咀嚼した。
「彼氏が出来てから、やっとおしゃれに目覚めたと思ったら! 香水を自分で作るところまで?!」
さすがにそれはやり過ぎよ、と同僚からの言葉に、アイラは慌ててサンドイッチを飲み込む。
「違う違う! いや、違わないのかしら」
アイラは答えてから、首をかしげて、一から説明しなければ伝わらないな、と本を一度たたんだ。
「知り合いの調香師の子にね、せっかくなら自分で作ってみないかって言われて」
「へぇ。それはまたすごいわね。自分で使うの?」
「彼にあげるのよ」
「隙あらば、のろけるんだから」
彼氏がいない人間への当てつけね、と冷たい視線を送られて、アイラは笑う。
「やっと私にも春が来たのねって、喜んでくれてたじゃない」
「毎日のように惚気られたら、こっちだって滅入るわよ」
「……そ、そんなこと!」
アイラは、自らの頬に熱が集まるのを感じて、慌てて首を振る。
「無意識なら、なおのこと質が悪いわね」
「ご、ごめん……」
「で? それで、調香入門?」
「そう。初めてのことだし、せっかくなら少しくらい知識をつけてからの方がいいかなって」
「真面目ねぇ。知り合いなんでしょ? だったら、丁寧に教えてくれるわよ」
「それはそうだけど……新しいことを知るのも、面白いし」
「はぁーぁ。アタシも、アイラくらい真面目だったら、新しい恋とかできるのかなぁ」
同僚は、アイラの真面目な話は聞くつもりがないのか、話題を恋バナへとすり替える。
「ね、アイラが彼に送るのって、どんな香りにするつもりなの?」
「まだ考え中。でも、彼の好きそうな香りにしようかなって」
「アイラの彼氏、香水つけてるの!? おしゃれじゃない!」
同僚は驚いたようにアイラを見つめる。おしゃれに無頓着だったアイラの彼氏が、おしゃれな人だなんて、という顔である。
「違うわよ。香水はつけてない。彼も、あんまりおしゃれには興味ないみたい」
「なんだぁ。でも、それじゃぁ好きな香りなんてわかるの?」
「だから考え中なのよ」
アイラの答えに、なるほど、と同僚は相槌を打って、ラップサンドに口をつける。
「ね、そうだ。あなただったら、どんな香りにする?」
「ふぇ?」
「食べ終わってからでいいわよ」
目の前の同僚は、早くしゃべりたい、と言わんばかりにせっせと口を動かした。
「アタシなら、断然、愛の花束ね!」
「愛の花束?」
マリアの作る香り以外には疎いアイラが首をかしげると、同僚は目をキラキラと輝かせてうなずいた。
「王女様が、婚約者と結ばれるきっかけになったっていう香水よ! 知らないの?」
そういえば、そんな記事を何か月か前に見たような、とアイラは記憶をたどる。
「キングスコロンって有名な香水ショップなんだけど、とにかくこれがすごいらしいの! 男女問わず、必ず恋をかなえてくれるって噂で!」
「へぇ……」
まるで、マリアの店の、恋が叶う香りみたいだ、とアイラはぼんやりそんなことを考える。シャルルに憧れていたアイラの背中を押してくれた、マリアの特別な香りを思い出して、アイラはふっと目を細めた。
思えば、あのシャルルとの出来事がなければ、アイラは香水になど興味がなく、おしゃれにも頓着していなかっただろうし……ハラルドとのお見合いだって、断っていたかもしれない。
お見合いがあるから、とシャルルへ勇気を出して告白したが、結果的には、お見合いに前向きな気持ちで臨めたし、新しい恋とちゃんと向き合ってみよう、と思えたのだ。
「恋が叶う香り、ね」
アイラが呟くと、同僚は「何か変だった?」と首をかしげる。
「ううん。ちょっと……彼と出会った時のことを思い出しちゃった」
「やだ! またのろけ!? 信じられない!」
アイラの言葉に、同僚が絶叫する。
図書館の方にまで聞こえたらどうするの、とアイラが慌てて同僚をたしなめれば、同僚はため息をつく。
「あーあ。アタシも恋したーい!」
「それこそ、愛の花束にお願いしてみれば?」
「やだ! そういうのは、なんか違うの! 気づいたら落ちてるのが恋だって、知ってるでしょ?」
同僚に視線を送られ、アイラは少し考える。
気づいたら落ちている。
(なるほど、確かに一理あるかも)
アイラが
「それもそうね」
と笑えば、同僚は再び「のろけ禁止!」と声を上げた。




