第百九十七・五話 旅路を祈って
第十二章 開花祭編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百九十七・五話は、第百九十七話の後のお話になります。)
王城を去っていくマリアの姿を見送って、ディアーナはため息をついた。マリアの決めたことは素直に応援したいが、やはり友人との別れは寂しいものがある。国内を回る旅だと言っていたから、決して会えないわけではない。秋には城下町を訪れてくれるとも約束した。だが、それでも、マリアが旅の途中で危険な目にあったら、と思えば気が気でないし、調香の依頼も、好きな時に、とはいかなくなってしまうのだ。
「よろしかったのですか?」
メイドに尋ねられ、ディアーナは口を結ぶ。正直に言えば、不安と寂しさでいっぱい。
「……マリアが旅に出て、今まで以上に調香の腕を磨くなら、それが一番よ」
だが、一国の王女として、マリアに「行かないで」と言うことは出来なかった。それを言えば、王族の命令として、マリアが断ることは難しいだろう。
「腕の良い調香師がいるって噂になれば、周りの国からも人が来てくれるようになるもの。そうすれば、この国は潤うでしょう。何より、マリア自身がそれを選んだことよ。国民の幸せを願うのが、王女としての務めだわ」
ディアーナは気丈に振舞って微笑む。メイドも、それ以上は何も言わなかった。
*
その夜、ディアーナの様子に気づいたのか、母親は、ディアーナの部屋をノックした。
「お母さま?」
公務の時間は終わっている。寝る準備をしていたディアーナは驚いたように、母親の姿を見つめた。
「マリアさんのこと、引き留めなかったんですってね」
メイドから聞いたのだろう、とディアーナはうなずく。母親は、ベッドに腰かけて、ディアーナの髪を優しくなでた。
「旅に出ると聞いたわ」
「お母さまのところへも挨拶に?」
母親は小さくうなずく。ディアーナの専属の調香師とはいえ、母親もマリアの店の商品は購入していたので当然だろう。ディアーナからの調香は引き受けると言っていたが、それ以外の商品を作るのは難しそうだ。マリアは何と言ったのだろう、とディアーナは首をかしげる。
「あなたに贈る商品と一緒に、この国中の香りをお届けします、と言っていたわよ」
ディアーナの表情から気持ちを読み取ったのか、母親はニコリと微笑んだ。
「楽しみね」
母親は、心の底からマリアの決断を祝福しているように見えた。そんな母親の、王妃としての強さがうらやましい。
「お母さまは、寂しくないの?」
「ふふ、寂しいわよ。でも、永遠のお別れじゃないもの。大人になると、一年なんてあっという間なのよ」
母親の手が、するりとディアーナの頬を撫でる。その手の温度が心地よかった。
「お母さまの、専属の調香師様はどうなさっているの?」
リラを知らないディアーナは、寝物語に聞かせてほしい、と母親にせがむ。母親は、柔らかに瞳を細めた。
「何年か前に、永遠のお別れをしたわよ。マリアさんと同じく、素晴らしい調香師だったわ」
「そう……。寂しくはなかった?」
ディアーナは、まずいことを聞いてしまったか、と思ったが、母親は気にしていない様子だった。
「寂しかったわ、とても。けれど、その後すぐ、マリアさんに出会えて……そうね、素敵な贈り物をいただいた気分だった」
「マリアとの出会いが?」
「えぇ。不思議なことがあるものね。出会いがあれば、別れもあるわ。そしてまた、新しい出会いがあるのよ」
ディアーナはだんだんと瞼が重くなっていくのを感じながら、母親の優しい花の香りをたっぷりと吸い込む。
「マリアにも……新しい出会いが、あるかしら」
マリアの店は、国のはずれにある森にあるという。そこから出て、国中を旅するマリアには、どんな出会いが待っているのだろうか。
「ふふ、きっとあるわ。そして、マリアさんは、私たちにその出会いを分けてくださるそうだもの。楽しみでしょう?」
穏やかな母親の声が、遠のいていく。
「そう、ね……」
「おやすみなさい、愛しのディアーナ」
母親が、ちゅ、と軽くおでこにキスを落とせば、ディアーナは夢の中へと吸い込まれていく。
翌朝、目覚めたディアーナは、マリアからもらった香水を身にまとい、部屋から王国の景色を見渡した。
カラフルな屋根の数々、きらめく木々の緑、歌うような鳥のさえずり。
――大丈夫だわ、マリアなら。
ディアーナは清々しい朝の空気をいっぱいに吸い込んで、両手を組んだ。
「どうか、マリアの旅路が良きものとなりますように」
ディアーナは祈る。
自らが愛するこの国を旅するマリアの毎日が、笑顔であふれる日々となることを。




