表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
47/88

第百九十七・五話 旅路を祈って

第十二章 開花祭編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第百九十七・五話は、第百九十七話の後のお話になります。)

 王城を去っていくマリアの姿を見送って、ディアーナはため息をついた。マリアの決めたことは素直に応援したいが、やはり友人との別れは(さび)しいものがある。国内を回る旅だと言っていたから、決して会えないわけではない。秋には城下町を訪れてくれるとも約束した。だが、それでも、マリアが旅の途中で危険な目にあったら、と思えば気が気でないし、調香の依頼も、好きな時に、とはいかなくなってしまうのだ。


「よろしかったのですか?」

 メイドに(たず)ねられ、ディアーナは口を結ぶ。正直に言えば、不安と(さび)しさでいっぱい。

「……マリアが旅に出て、今まで以上に調香の腕を(みが)くなら、それが一番よ」

 だが、一国の王女として、マリアに「行かないで」と言うことは出来なかった。それを言えば、王族の命令として、マリアが断ることは難しいだろう。


「腕の良い調香師がいるって噂になれば、周りの国からも人が来てくれるようになるもの。そうすれば、この国は(うるお)うでしょう。何より、マリア自身がそれを選んだことよ。国民の幸せを願うのが、王女としての(つと)めだわ」

 ディアーナは気丈(きじょう)に振舞って微笑む。メイドも、それ以上は何も言わなかった。


 *


 その夜、ディアーナの様子に気づいたのか、母親は、ディアーナの部屋をノックした。

「お母さま?」

 公務(こうむ)の時間は終わっている。寝る準備をしていたディアーナは驚いたように、母親の姿を見つめた。

「マリアさんのこと、引き留めなかったんですってね」

 メイドから聞いたのだろう、とディアーナはうなずく。母親は、ベッドに腰かけて、ディアーナの髪を優しくなでた。


「旅に出ると聞いたわ」

「お母さまのところへも挨拶に?」

 母親は小さくうなずく。ディアーナの専属の調香師とはいえ、母親もマリアの店の商品は購入していたので当然だろう。ディアーナからの調香は引き受けると言っていたが、それ以外の商品を作るのは難しそうだ。マリアは何と言ったのだろう、とディアーナは首をかしげる。

「あなたに贈る商品と一緒に、この国中の香りをお届けします、と言っていたわよ」

 ディアーナの表情から気持ちを読み取ったのか、母親はニコリと微笑んだ。


「楽しみね」

 母親は、心の底からマリアの決断を祝福しているように見えた。そんな母親の、王妃としての強さがうらやましい。

「お母さまは、寂しくないの?」

「ふふ、(さび)しいわよ。でも、永遠のお別れじゃないもの。大人になると、一年なんてあっという間なのよ」

 母親の手が、するりとディアーナの(ほお)()でる。その手の温度が心地よかった。


「お母さまの、専属の調香師様はどうなさっているの?」

 リラを知らないディアーナは、寝物語に聞かせてほしい、と母親にせがむ。母親は、柔らかに瞳を細めた。

「何年か前に、永遠のお別れをしたわよ。マリアさんと同じく、素晴らしい調香師だったわ」

「そう……。(さび)しくはなかった?」

 ディアーナは、まずいことを聞いてしまったか、と思ったが、母親は気にしていない様子だった。


(さび)しかったわ、とても。けれど、その後すぐ、マリアさんに出会えて……そうね、素敵な贈り物をいただいた気分だった」

「マリアとの出会いが?」

「えぇ。不思議なことがあるものね。出会いがあれば、別れもあるわ。そしてまた、新しい出会いがあるのよ」

 ディアーナはだんだんと(まぶた)が重くなっていくのを感じながら、母親の優しい花の香りをたっぷりと吸い込む。


「マリアにも……新しい出会いが、あるかしら」

 マリアの店は、国のはずれにある森にあるという。そこから出て、国中を旅するマリアには、どんな出会いが待っているのだろうか。

「ふふ、きっとあるわ。そして、マリアさんは、私たちにその出会いを分けてくださるそうだもの。楽しみでしょう?」

 穏やかな母親の声が、遠のいていく。


「そう、ね……」

「おやすみなさい、愛しのディアーナ」

 母親が、ちゅ、と軽くおでこにキスを落とせば、ディアーナは夢の中へと吸い込まれていく。


 翌朝、目覚めたディアーナは、マリアからもらった香水を身にまとい、部屋から王国の景色を見渡した。

 カラフルな屋根の数々、きらめく木々の緑、歌うような鳥のさえずり。

 ――大丈夫だわ、マリアなら。

 ディアーナは清々しい朝の空気をいっぱいに吸い込んで、両手を組んだ。


「どうか、マリアの旅路が良きものとなりますように」

 ディアーナは祈る。

 自らが愛するこの国を旅するマリアの毎日が、笑顔であふれる日々となることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ