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第百八十三・五話 悩みの種

第十一章 ミュシャの独立編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第百八十三・五話は、第百八十三話と第百八十四話の間、パーキンが主役のお話になります。)

 キングスコロンの社長室。

 パーキンは、机の上に広げられた大量の資料を目の前に、小さくため息をついた。

「どうしたものかな」


 頭を悩ませているのは、数か月後に迫ってきている開花祭(かいかさい)についてのことである。

 開花祭、というのはこの国におれる恋愛的一大イベントで、気になる異性にプレゼントを贈ったり、愛する人に感謝を伝えたり、というもの。

 たった一日のことだが、当然、この日に告白を、なんてことを考えている人も多くいて、そこで贈るプレゼントを一か月前には準備する、という人も少なくない。


 例年、女性から男性へプレゼントされることの多い香水は特に、キングスコロンでも普段に比べて売り上げが伸びるのである。が、それゆえに、ここで何とかして少しでも多く利益を出したい経営者にとっては、悩みの種ともいえた。

 新たな顧客(こきゃく)の開発、開花祭後のリピーターを増加させたい、という思いから、毎年、新商品の開発には悩まされるばかりだ。


 開花祭の時期に売れるのは、男性物の香水。だが、選んでいるのが女性だからか、思ったよりも男性客のリピーターを(つか)み切れていないのである。

 パーキンは、グラフを見ながら、女性客が購入した商品と、男性客が購入した商品のデータを見比べる。


「女性客が手に取りやすいパッケージで、男性が好みやすい香りにするか……」

 呟いてから、だが、とパーキンは独りごちた。

「女性客も、好きな男性を思って選ぶのだからな。男性受けするシンプルなデザインでも問題はないはずなんだが」


 どうにも、うまくデータと利益が(つな)がらない。女性と男性で、商品に対する見方が違うことは理解しているつもりだが、それをいまいちキングスコロンの売り上げとして結果に出しきれていないような気がしてならなかった。

 開花祭の新商品に関しては、例年、妻とも意見が分かれることが多く、パーキンもすっかり参っていたところだった。


 パーキンは机の引き出しを開けて、チェリーブロッサムの香水瓶を見つける。初心忘るべからず、という(いまし)めを込めていれているものだが、見るたびに思い出すのは、マリアという凄腕の調香師のことである。

(彼女も、おそらくは開花祭の商品準備をそろそろ進めているだろうな)

 そう考えたところで、パーキンの頭に、ふっとアイデアがよぎる。


「マリアなら、何かわかるだろうか」

 マリアが、自分の作っている商品についてデータをとっているとは考えにくいが、女性目線であり、調香師としての意見を持つマリアであれば、少なくともパーキンの考えたアイデアには何か感じるところがあるはずである。


 パーキンは(あわ)てて資料を整理し、新しい紙を一枚取り出して、今までに考えた商品や、過去に売り出して売れ行きの良かった商品を書き出していく。

「それぞれの商品について、意見をもらえれば、それだけでも何かヒントがつかめるかもしれない」

 夜も()けてきたというのに、パーキンは手を休めることもなく、ペンを動かし続けた。


 マリアには、テスターとしてアドバイスを頼もう、とパーキンはその契約書を書き上げる。

 調香師としてのマリアが、その仕事を受けてくれるかどうかは分からないが、香りに貪欲(どんよく)なマリアのことである。新しい香りを提供するとでもいえば、おそらくは問題ないだろう。

 本来であれば、マリアともう一度コラボした商品を出したいところだが、最近のパルフ・メリエの忙しさは噂にも聞いているのだ。

 彼女の仕事量を考えれば、それはさすがに望み過ぎだな、とパーキンは苦笑した。


 マリアに支払う金額や、マリアに送る商品の手はずを整えて、パーキンは眼鏡をはずした。疲れ目をこすって窓の外を見やれば、街はすっぽりと暗闇に包まれている。人々は眠りにつき、家の明かりすら()れていない。


(妻は、もう帰ったか)

 最近は、あまり家にも帰れていない、とパーキンは息をつき、

「ついでに、マリアの店で何か……妻に、開花祭用のプレゼントでも買っていくか」

 最後の最後に、そんなことを考えて、よし、とカバンに書類を詰め込む。


 今日は家へ帰ろう。そして、明日は少しばかり出社の時間を遅らせ……それから、パルフ・メリエへ行こう。善は急げ。だが、急がば回れ。

 妻と開花祭の時期にすれ違いが多くなるのも、このせいかもしれないな、と自分の仕事の仕方を振り返る。


 パーキンは、すっかり遅くなってしまった、と社長室の明かりを消して、家路につくのであった。

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