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第百八十一・五話 最後の夜

第十章 クレプス・コーロ編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第百八十一・五話は、第百八十一話の後、グィファンが主役のお話になります。)

 千秋楽を終えたクレプス・コーロの面々は、王城をバックにそれぞれグラスを持ち上げた。

「それでは……クレプス・コーロ、薔薇姫の公演成功を祝して!」

 座長の声に、全員がその瞳を輝かせる。

「乾杯!」

 カチャン、と気持ちの良い音があちらこちらで響き、全員がわぁっと歓声を上げた。


 今日は、城下町で一番おいしいと言われているレストランを貸し切っての打ち上げである。

 あのクレプス・コーロが来店したとなれば、レストランの人間も鼻が高いというもので、腕によりをかけた料理を次から次へと運び、酒をふるまい、サービスに、と頼まれてもいない料理ですら、料理長直々にメンバーたちへ差し出して回った。


 普段からにぎやかな団員達は、酒が入るとより一層、それがあらわになり、皆、あそこはこの回が一番うまくいっただの、この国にいた間に面白かった出来事はあれだだの、会話を楽しむ。

 特に主役のグィファンは、常にたくさんの人に囲まれて、様々な話を楽しんだ。座長は、妻とヴァイオレットの三人で家族団らんを楽しんでいる。


「それにしても、グィファンの今回の香り、とっても素敵だったわよね!」

「本当! すっごく良かった! どこの調香師さんの物なの?」

 長い時間一緒に舞台に立っていた団員は、特にグィファンのつけていた香水が気に入ったのか、そんなことを口にする。

 グィファンも、そうでしょう、と自慢げに笑った。


 グィファン自身、あの香りのおかげなのか、いつもよりずいぶんと調子が良かったように思う。

「今までは、それぞれの国の調香師に作ってもらっていたけど、今度からはマリアに作ってもらおうかしら」

 本当に、そう思うくらいによくできた香りだった。


「マリアさん?」

「調香師さんよ」

「あの女の子ね! すっごく可愛かった!」

「この国一番の調香師なんですって」

「へぇ! 私も今度お願いしようかしら」

「あら、駄目よ。アタシの可愛い調香師さんだもの」

 グィファンが笑うと、周囲の団員は笑い、それはずるい、ずるくない、のやり取りが始まる。


「でも、本当に素敵な出会いだったわ」

 (すき)を見て会いに行ってよかった、とグィファンが言えば、そういえばあの日座長が必死に探していた、と話が移っていく。


 マリアとの出会いは、きっと、これから先、あの香りを(まと)うたびに思い出す。

 グィファンは、話を半分聞きながら、そんなことを考える。

「そういえば……あの二人は、うまくいったかしら」

 不意に思い出したように、グィファンが呟くと、別の話に花を咲かせていた団員が

「何か言った?」

 と首をかしげた。


「なんでもないわ」

 グィファンは、窓の外に美しくそびえたつ王城に視線を移す。

「あーあ、もうこの国を出るなんて寂しい!」

 グィファンが吹っ切るように声を上げれば、団員たちも同じ気持ちだったのか、口々に同意の言葉を述べる。

「でも、待ってくれてる人たちがたくさんいるものね」

 その言葉にも、大きくうなずいて笑った。


 クレプス・コーロは、旅の一座。

 国をまわって、人々に勇気と感動を与えるのが仕事だ。


 グィファンは、最後にマリアにもう一度会いたかった、と(さみ)しい気持ちを酒と一緒に飲み込んだ。


 ◇◇◇


 ふわふわとした足取りで、城下町を歩くクレプス・コーロのメンバーたち。二軒目に行くもの、宿へ向かうもの、どこかへ消えてしまったもの……。皆それぞれに足を動かす。

 今は星祀(ほしまつ)りの期間だとかで、あまり開いている店もないが、なんだかこのまま宿に戻るには(さみ)しいから、とグィファンもあてなく城下町を歩く。

 酔い覚ましにちょうど良い冷たい風がグィファンの美しい髪を揺らして、グィファンははぁっと白い息を吐き出した。


 酔っているつもりはないが、酒を少々飲み過ぎた自覚はある。

(あの十字路まで行って、やってる店が無かったら帰ろうかしら)

 グィファンはそんなことを考えながら、ぼんやりと夜空を見上げる。チラチラと冬の澄んだ空気に星がまたたき、舞台の上を思い出させた。


「っ!」

 前を見ずに歩いていたからだろうか、交差点でドン、と人にぶつかって、グィファンはその衝撃に目を閉じた。

 ぶつかった勢いで、おぼつかない足取りが後ろへ。

 瞬間、ふわりと(あで)やかな香りと共に、体を支えられた。


「すみません、お怪我(けが)はありませんか」

 グィファンの体を抱きかかえるようにして支えたのは、ずいぶんと容姿の整った男。自分の顔が美しい、と自覚しているグィファンでさえ、思わず息を飲んでしまうほど。

「ア、アタシこそ……」

 グィファンは、その顔にどこかで見覚えがある、と思わず男を凝視(ぎょうし)してしまう。


 美しいブルーの瞳が、グィファンの(からす)の濡れ羽色の瞳とぶつかった。

「おや」

 グィファンを知っているのだろう。男は、ニコリと微笑んで、グィファンを支えていた手をほどくと、

「失礼しました、薔薇姫」

 と美しい所作で頭を下げた。

 グィファンは、「あ」と声を上げる。


「あなた、騎士団長ね!? 招待席にいたのを見たわ! 噂になってたもの!」

 グィファンが大きな声をあげると、騎士団長、シャルルは顔を上げて笑う。

「ばれてしまいましたか」

「目立つもの。ばれるに決まってるじゃない」

 似たもの同士ね、とグィファンが笑えば、シャルルも「そのようですね」とうなずいた。


「明日、この国を出られると聞きました」

「そうよ。それがなんだか少しだけ(さみ)しくって」

 グィファンは言ってから、そうだ、とシャルルを見つめる。騎士団長なら、信頼もおけるし、危ないことにはならないだろう。

「ね、この辺りで飲みなおすつもりなの。まだやってる良い店を知らない?」


「あぁ、それなら……」

 シャルルは言いかけて、チラリとグィファンに視線を送る。いくらこの辺りの治安が良いとはいえ、薔薇姫と名高い彼女を、夜の町に一人で出歩かせるわけにはいかない。

「僕もご一緒しても?」

 シャルルの提案に、グィファンはその整った表情に笑みを浮かべた。


「高くつくわよ?」

 シャルルは肩をすくめる。

「それは僕もですよ」

 冗談を一つ言って歩きだせば、グィファンは笑う。

桂花陳酒(けいかちんしゅ)はあるかしら?」

「残念ながら、それはありませんが……お付き合いしますよ」

 グィファンは、仕方ない、と差し出されたシャルルの手を取って、夜の城下町を歩き出した。


 この後、突然の美男美女カップルが現れ、バーは一時騒然となり――翌日の紙面を騒がせることとなったのは、言うまでもない。

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