第百七十七・五話 トーレスとヴァイオレット
第十章 クレプス・コーロ編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百七十七・五話は、第百七十七話のトーレス視点のお話になります。)
薔薇姫こと、グィファンに連れていかれたケイを見送れば、座長はトーレスに声をかけた。
「立ち話もなんですから、良かったら」
大会議室の中は団員が練習をするので、と付け加えられれば、トーレスも廊下の椅子に腰かける。
「驚きました。まさか、こちらでお会いできるとは」
「他言無用で頼む」
トーレスが頭を下げると、座長はますます驚いたように目を見開いた。
「その……噂は、耳に。大変だったんですね」
座長は言いにくそうに言葉を濁す。トーレスは、その噂とやらを知らない。どうやら西の国では、自分がいなくなったことで少々騒ぎが起きたそうだが。
「ですが、お元気そうでよかったです」
「あぁ。ずいぶんとこの国にも慣れたしな」
トーレスの笑みに、座長もつられて笑う。
「たくさんの国をまわってきましたが、ここは良い国ですね。気候も穏やかですし、治安もいい。ヴァイオレットのような子が一人で迷子になっても、こうして見つけてくれる騎士団の方もいらっしゃいますし」
座長がチラリと視線をやれば、トーレスはふいと顔を背けて
「たまたまだ!」
と声を上げた。ほんのりと赤く染まった耳が見え、座長は笑いを噛みしめる。
西の国の第三王子は、こんなに親しみやすい人間だっただろうか、と思いつつ、この国へきて良い方向に変わったのだろう、と余計なことは口に出さないでおいた。
二人の会話を聞いているだけではつまらないのか、ヴァイオレットが美しいパープルの瞳を父親とトーレスへ向ける。
「お父さん! ヴァイオレットちゃん、王子様にチケットあげたいの」
「あぁ、そうだな。せっかくだから、一枚お渡ししなくては」
父親の言葉に、ヴァイオレットはうなずいて、部屋の中へと入っていく。
「チケット?」
トーレスが尋ねれば、座長は、出来れば内緒にしていただきたいのですが、と口を開く。
「本来は、購入いただくものなのですが、ご招待券というのも用意しておりましてね。団員の家族や、王族の方々、こういった練習場所を貸してくださる方なんかにお配りしてるんですよ。確かまだ、少し余分があったはずですから」
そんな話をしているうちに、ヴァイオレットが戻ってきて、今度の公演チケットを一枚、トーレスの方へ差し出した。
「王子様! これあげる!」
「いいのか?」
「はい。ヴァイオレットを助けてくださったお礼です。西の国ではお世話になりましたし、その分も含めて、受け取っていただければ」
西の国にいたころ、トーレスが何かをしたわけではないが、こういった旅の一座にとってはその国で公演をさせてもらえる、というだけでもありがたい話なのだろう。
あまり遠慮するのもなんだから、とトーレスはヴァイオレットからチケットを受け取る。
「悪いな」
「いいえ! そんなことは。ぜひ、見にいらしてください」
「ヴァイオレットちゃんはね、外でいらっしゃいませしてるの! だから、来てね!」
「いらっしゃいませ?」
「ヴァイオレットは、客入れの案内を手伝ってるんですよ」
「なるほど」
トーレスがうなずけば、ヴァイオレットは自慢げに笑った。
「そうだ、ヴァイオレット。トーレスさんに、占いをしてさしあげたらどうだい?」
父親の言葉に、ヴァイオレットは目を輝かせてうなずいた。
「占い?」
「ヴァイオレットちゃんはねぇ、未来が見えるの!」
美しいパープルの瞳で見つめられると、なんだかそんな気もしてしまう。トーレスは、子供だましだろう、と思いつつも、ケイが戻ってくるまですることもないので、
「わかった。何を占ってくれるんだ?」
とそれにのっかることにした。
ヴァイオレットは、紫のローブからコインを取り出して、トーレスの手にのせる。
「運命の人!」
「運命の人?」
「そう! ヴァイオレットちゃんと、王子様が結婚できるかどうかを占うの!」
「なんだそれ」
随分と気に入られてしまったな、と思いつつ、トーレスはヴァイオレットに言われた通り、コインを投げる。
一回目、二回目、三回目……。
ヴァイオレットは、そのコインを見つめて、何やら紙に記号を書き、それからむすっと顔をしかめた。
「何だよ」
「あまり、結果が良くなかったんでしょう。ヴァイオレットの占いはなかなか当たると評判で。その分、良い結果が出ないと、ヴァイオレットはこうして拗ねてしまうんです」
座長は苦笑して肩をすくめる。
「ヴァイオレット、占いは当たるも八卦、当たらぬも八卦というだろう?」
「あたるもん!」
ヴァイオレットは頬をこれでもかと膨らませて抗議する。せっかくの可愛い顔が台無しだな、とトーレスが笑えば
「もう一回!」
とヴァイオレットはコインをトーレスの方へ差し出した。
コインの裏表で占うのだから、何度もやっては結果が変わるに決まっている。確率論だ、とトーレスは思いながらも、こうなってはヴァイオレットが納得するまで付き合った方がよさそうだ、とあえてゆっくりコインを投げる。
「なぁ、ヴァイオレット」
「なぁに?」
「俺は、ヴァイオレットの運命の人じゃないぞ」
「そんなことないもん!」
「違うんだよ。残念ながらな」
もしも仮に、運命の人だとしても――トーレスは、結婚が出来ない。
血族破棄をする、というのはそういうことなのだから。
ヴァイオレットには分からないだろうな、と思いながらも、トーレスは二度目のコインを投げる。
ヴァイオレットはいよいよ祈るように両手を組んだ。
「次は絶対、太陽のマークを出してね! 王子様!」
「そんなこと言われてもな……」
いつもは強気なトーレスも、子供相手には強く出ることも出来ない。
トーレスが投げたコインは、あっけなく、月のマークを上向きにして止まる。ヴァイオレットはいよいよ泣きそうな目でトーレスを見つめた。
「もう一回!」
「なんでだよ……」
「絶対ぜったい! ヴァイオレットちゃんの、運命の人だもん!」
トーレスは、ヴァイオレットの透き通るようなパープルを見て笑う。
「ヴァイオレットを見てると、運命の方が先に折れそうだな」
トーレスの言葉の意味が分からなかったのか、ヴァイオレットはきょとんと首をかしげた。
「諦めなきゃ、いつか願いは叶うってことだよ」
トーレスが、かつて、普通の幸せを望み――そして、今、こうして手に入れたように。
トーレスは、くしゃくしゃとヴァイオレットの頭を撫でて、
「ま、隊長が戻ってくるまで、何回でも投げてみるかな」
とコインを再び空中へと高くほうり上げた。




