第百六十七・五話 リンネの庭
第十章 クレプス・コーロ編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百六十七・五話は、第百六十七話の後、マリアがリンネのもとを訪れる前のお話になります。)
話は、世間がクレプス・コーロ来日に心を弾ませる少し前にさかのぼる。
リンネは、ガーデン・パレスに運ばれてきた大量の植物に目を輝かせた。
「すごい! これ、全部本当に、私がもらってもいいの!?」
ぴょんぴょんと跳ねまわるように喜ぶリンネの隣で、所長が苦笑する。
「もらってもいいも何も……リンネが頼んだものだろう」
「そうですけど! まさか本当に届くなんて!」
リンネは、どんどんと運ばれてくる珍しい東の方の植物に、今にも頬ずりしそうな勢いである。
リンネ自身、漢方の研究が認められ、国から予算がおりたとは聞いていたものの、まさか本当に植物が手に入るとは思ってもいなかったのだ。
「所長! ありがとうございます!!」
リンネ自身が努力で勝ち取ったもので、その報酬をリンネが受け取るのは当たり前。だが、ガーデン・パレス一のじゃじゃ馬娘から素直に感謝されて、所長も思わず頬を緩めた。
漢方の研究を本格的に進めるにあたり、リンネは自分専用の庭を持つことが許された。もちろん、東の方の植物について研究をしている人間もいるので、その人たちと一緒に新たにガーデン・パレスで生育する植物を選んだが、普段の管理はリンネに一任されたのである。
リンネは、指示を出しながら、どんどんと自分のイメージしていた庭に近づいていく様子にだらしのない笑みを浮かべる。
リンネとは対照的に、手伝わされている研究者の男たちは、皆ゼェゼェと息を荒げていた。普段から運動に励んでいる者もいるが、そうでないものも当然いるわけで、木々や植木鉢といった重たいものを何度も運ばされて音を上げている者たちもいる。
「リンネ! これが最後だ」
積み荷を下ろしていた研究者の声に、男たちは皆、ようやく終わる、と安堵の表情を浮かべる。
「もっとたくさん申請すればよかったかな?」
そんな恐ろしいことを呟くリンネの声には、聞こえないふりをした。
「さ、次は砂利を運ぼう!」
リンネの掛け声に、研究者たちがあからさまに顔色を曇らせる。
なんで砂利なんだ、と声も聞こえるが、リンネは気にも留めない。自らの理想の庭を目指して、体を動かすのみである。
ここからは、自分でもできる作業なので、待ってましたといわんばかりにリンネは手を動かす。
「極東の国のお庭でね、カレサンスイ? っていうらしいの」
綺麗なんだから、とリンネが力説すれば、周りの研究者も仕方がない、と少しずつ手を動かす。
一番の重労働が終わったこともあってか、その後はなんだかんだ全員、和気あいあいと珍しい東の植物について意見交換をしながら作業を進めた。
こうして、リンネの庭づくりは、結局、一週間以上に及ぶ一大プロジェクトとなった。
「出来た!!」
リンネはふぅ、と額の汗をぬぐって、出来たばかりの庭園を見つめる。
東の方の珍しい植物があちらこちらに生えそろい、剪定の行き届いた植物が、緑の壁となって周囲と空間を疑似的に切り離す。
噴水の代わりに、と作った池にはロータスの葉が浮かび、小さいながらも存在感のある庭。
手伝ってくれたみんなに礼を言えば、出来た庭が意外と面白いものだったから、いい経験になったよ、と逆に礼を言われた。興味が沸いたという研究者からは、たまに遊びに来るよ、とまで言ってもらえたので、リンネとしても大成功である。
花の一つでも咲いていれば、もう少し華やかな雰囲気なのだろうが、あいにくと所長が仕入れたものはどれも開花時期を過ぎたか、まだ先のものばかり。
だからこそ、色々な種類の植物をそろえてもらうことが出来たのだろう。
「リンネ、電話だぞ」
出来たばかりの庭でのんびりとそんなことを考えていると、研究者から声がかかる。
「誰から?」
「パルフ・メリエのマリアって女の子からだよ」
「マリアちゃん!」
リンネは、すぐに行く、と駆け出す。
「もしもし!?」
急いで電話に出れば、その勢いに驚いたのか、電話の向こうでクスクスと笑うマリアの声が聞こえた。
「こんにちは、リンネちゃん。少し聞きたいことがあって電話したの」
「どうしたの!? なんでも聞いてよ!」
大切な友人が困っているのだ。助けたい、とリンネはドン、と胸をたたいた。
マリアから、ダァンウィという植物について教えてほしい、といわれ、リンネはなんてタイミングがいいのだろう、と再び目を輝かせる。
「それなら、ぜひ、ガーデン・パレスに来てよ!」
思い当たる節がある。それも、出来たばかりの自分専用の庭で。リンネはまさかさっそく役に立つなんて、と喜びに笑みを浮かべた。
久しぶりにマリアと会えることも相まって、しばらくの間、リンネの表情から笑みが消えることはなかった。




