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第百六十三・五話 クレプス・コーロ

第十章 クレプス・コーロ編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第百六十三・五話は、第百六十三話の後、クレプス・コーロが王国へ到着した時のお話になります。)

 旅の一座、クレプス・コーロのメンバーたちは、東の国から鉄道を乗り継ぎ、城下町で降りると思い思いの声をあげた。

 皆、衣装を着ていないとはいえ、様々な国の大人たちがまとまって遠足のようにはしゃいでいる様子は目を引く。特に個性的なメンバーも多いので、どうしたって目立ってしまうのだが。


「みんな! はぐれないでちゃんと宿まではついてきてくれよ!」

 座長が声をあげれば、全員が声をそろえて返事をする。返事だけはいいんだよな、と座長が肩をすくめれば、座長の手を握っていた少女が声を上げた。

「ねぇ、お父さん!」

「どうした?」

「グィファンがいない!」

「え?!」


 まさかもうはぐれたのか。どこか気まぐれなところのあるグィファンを、何時間も鉄道の中に閉じ込めておく方が難しい。

「おい! 誰か、グィファンを知らないか?」

 座長は再び声を上げる。日常茶飯事だ、とメンバーもあきれ顔だ。

「グィファン、迷子?」

「それは困るな」


 ただでさえ、この国では珍しい髪形に、あの美貌(びぼう)。この国は治安が良いとは聞いているものの、クレプス・コーロの大事な歌姫である。何かあってからでは遅い。

「座長!」

 どうしたものか、と座長が考えあぐねていると、後ろからメンバーの一人の声が聞こえた。

「いたか?」

「それが……」


「調香師に会いに行った!?」

 全く理解できない、と座長は顔を(おお)う。舞台の上で使う香水を、毎回現地調達していることは知っていたが、まさか、到着初日に向かっているとは。宿についた後は、練習場所の下見と取材。それが終われば、今日は自由行動にすると言って聞かせたはずなのに、どうやらそれすらも待てないらしい。


「取材までには戻ってくるから、と……」

 メンバーの言葉に、グィファンらしい、と座長はため息をつく。

「もういい……とりあえず、宿へ行こう」

 何かあっても、もう助けないぞ、と座長は過去、グィファンを拾った時のことを思い出して宿へと足を向けたのだった。


 ◇◇◇


 クレプス・コーロは、座長が立ち上げた旅の演劇集団である。座長は、北の国で生まれ育ち、雪で閉ざされる村の娯楽(ごらく)に、と物語を作る楽しみを覚えた。

 それが次第に仲間を呼び、各地を巡行(じゅんこう)するうち、ただ演劇をするだけではつまらない、誰もが楽しめる様々なパフォーマンスを取り入れて一つの物語を作ろう、という話になった。

 ダンス、人形劇、パントマイム、マジック……。

 サーカスのようでいて、けれどそれとは一線を画す、物語がそこにはあった。


 目新しさか、実力か。次第にクレプス・コーロはその名を広め、いつしか大人気の旅の一座となった。

 そんな時、東の、さらに東へ行った国で、座長はグィファンに出会ったのである。


 グィファンは、美しかった。そのころには妻もいたが、妻がいなければ、人生のすべてをささげていただろうと思えるほどに。

 ただ美しいだけではない。影があり神秘的、どこか妖艶(ようえん)で、目を離せない。そんな魅力があった。


 国から逃げてきたという彼女を連れ去るように、クレプス・コーロへかくまい、そのまま旅の一座の人間として(やと)うことにしたが、そこでまた座長は彼女の真の魅力に気付く。

 歌と、踊り。

 彼女には、その才があり――薔薇姫の名を与えて舞台に立たせれば、クレプス・コーロの人気に火が付いた。


 そんなわけで、今ではすっかりクレプス・コーロの花形。超人気役者といっても過言ではないが、そうして甘やかしてきたせいか、すっかり自由気ままになってしまった。

 仕事をすっぽかすことはないし、練習も真面目に取り組んでいるから見逃しているのだが、それがまた彼女の自由気ままさを助長しているのかもしれない。


 下見を終え、そろそろ取材だな、と座長が時計を見やると、

「お待たせ」

 後ろからそんな声がかかる。(つや)のある、鈴の音のようなその声を、聴き間違えるはずがない。

「セリフを間違えてるぞ」

 座長が言えば、

「ふふ、ごめんなさい。どうしても、調香師さんに会いたかったの」

 とグィファンは笑った。

 取材の時間に間に合っているところがまた、座長が彼女を本気でしかれない理由である。


「今回の舞台は、お前が主役なんだから」

 グィファンに言えば、彼女は「わかってるわ」とたちまち真剣な表情になる。

「でも、なんだかうまくいきそうな予感がするの」

「予感、ねぇ……」

「こういう勘は、当たるのよ」

 グィファンが美しく微笑む。


 座長は、早速市役所の入り口に張られたクレプス・コーロの『薔薇姫』のポスターを見つめる。

 クレプス・コーロにとっての、新しい幕開け。


 絶対に成功させよう――


 夕暮れが王城に差し込んで、城下町に影を落とす。

 前を歩くグィファンの後姿に、まばゆいスポットライトの光が見えた。

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