第百四十四・五話 三人寄れば
第九章 思い出の香り編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百四十四・五話は、第百四十五話の前、マリアがシャルルのおうちで出張店舗を開くことになるお話になります。)
出張店舗。
そのアイデアが浮かんでからのシャルルはすさまじかった。
「必要なものはこちらで用意するよ。遠慮せず、ここに何でも書いてね」
シャルルは、客室に戻るやいなや、マリアをソファに座らせ、紙とペンを差し出す。
「あぁ、そうだ。店を出すなら、表の庭を使ってもらえばいいかな」
「母さんも、どうせそのうち一緒に参加したいと言い出すさ。パラソルと、テーブル、それから多めに椅子も必要だな」
シャルルだけでなく、アーサーも加わって、マリアのことなどお構いなしにとんとん拍子で話が進む。
「あ、あのぅ……」
マリアが、まだやるとは、と視線を向ければ、二人ともにこりと微笑んで
「料理や家事は、お手伝いさんが来てくれるから心配しなくていい」
「そうだね。お店の許可は、僕が承認して、王城へ提出しておくよ」
と、逃げ道をふさぐ。
さすがは兄弟、といったところだろうか。
「あの!」
このまま流されてはいけない、とマリアは慌てて立ち上がる。
「ご迷惑ですし、ずっとこちらにいるというわけにはいきません……」
マリアの必死の思いに、シャルルとアーサーはようやく真剣にマリアの話を聞く気になったのか、何やらせわしなく動かしていた手を止めた。
「迷惑だなんて思ってないさ。私も、シャルルもどうせ帰りは遅いし……。母さんだって、マリアさんがいてくれた方が楽しいだろうからな」
「マリアちゃんに、いてほしいんだ。もちろん、その分のお金は払うよ。お店をお休みにさせてしまうからね」
麗しい二人の、だから気にしないでくれ、という柔らかな微笑みに、ほとんどの女性が首を縦にふらざるを得ないだろう。
マリアも、う、と言葉を詰まらせて、このままじゃだめだ、と一人頭を振る。
こうなったら、とマリアは奥の手を使う。
「こ、困ります! お店に来ていただくお客様のこともありますし、商品を作るにもたくさんの材料が必要ですから……!」
いくら本心でないとはいえ、シャルル達の好意を無下にするような物言いに、マリアは視線をさまよわせる。
シャルルとアーサーは何を思ったか、そんなマリアを見て呆れたように笑った。
「なるほど。確かに、材料や道具一式をここへ持ってくるのは大変そうだな」
「いきなりお店が移転した、なんてびっくりしてしまうしね」
肩をすくめて、わかったよ、とシャルルは微笑む。
マリアがほっと胸をなでおろした瞬間――
「マリアちゃんは、いつからこちらにいらっしゃるの?」
なんともまずいタイミングである。いや、シャルル達にとっては、絶好のタイミングだろうか。ソティが客室に顔を出し、人形のような整った笑みを浮かべたのだった。
経緯を説明すれば、ソティは目をキラキラと輝かせて
「それじゃぁ、半分にすればいいじゃない!」
と声を上げた。
「へ?」
「確かに、それは名案だな」
ソティの提案に、アーサーがすぐさま相槌を打つ。マリアは、そんなつもりじゃ、と慌てて口を挟もうとしたが、それはシャルルに遮られてしまった。
「わかった。金曜日と、土曜日だけ、ここに来てもらうことにしよう」
「へ?」
「通いは大変だろうし、マリアちゃんは木曜日がお休みだったよね? だったら、一泊分の準備も出来るし、どうかな?」
「あら! いいじゃない!」
シャルルの提案に乗るのは、ソティである。美しい瞳を向けられ、かわいらしく微笑まれては、マリアもさすがに目を合わせることが出来ない。
「もちろん、往復の交通費はこちらでお支払いする。香りが出来るまで、調香依頼の料金も上乗せにしよう。足を運んでもらうんだからね」
シャルルはさらさらと再びペンを走らせて、最後にサインを一つ。
「はい。契約書だよ」
どうやら、初めからこれを狙っていたらしい、とマリアはシャルルとアーサー、そしてソティの策略に目を丸くした。
「ま、普通に頼んだのでは、マリアさんは首を縦に振らないだろうからな」
大きな要求を出した後に、小さな要求をのませるのは常套手段だ、とアーサーは笑う。
初めから、マリアに勝ち目などなかったのだ。
しまった、とは思うが、マリアもお世話になるのだから、とせめてもの悪あがきをしてみせる。
「そ、それじゃぁ……せめて、家事や料理は私にやらせていただけませんか。私がいる間だけですが……お世話になるので!」
マリアにとっては精一杯の譲歩だった。
シャルルとアーサーが、しかし、とマリアを見つめれば、ソティは
「あら! いいじゃない! マリアちゃんの手料理、食べてみたいわ」
と微笑む。
シャルルは、その言葉に何を思ったか、ため息をつく。
「それじゃぁ、それで手を打とう」
契約書の一文に線を引き、にっこりと笑みを浮かべてマリアへ差し出す。
もう逃げられないぞ、とその瞳が語っていた。
「楽しみだわ! マリアちゃんが来てくれるなんて、とっても嬉しい」
ソティの一言がとどめとなり、マリアが渋々そこへサインをすれば、目の前の三人は顔を見合わせて笑う。
そんな三人の様子に、もしかして最初から、そういう筋書きだったのでは、とマリアは思わずにはいられなかった。




