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第百三十八・五話 カーディガン

第八章 西の国編 番外 になります。

ネタバレはありません。

本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪

(今回の第百三十八・五話は、第百三九話の前に起こったお話になります。)

 マリアの両親が、マリアの祖母であるリラの墓参りに、マリアにキモノを着せたいとたくらんでいた話を聞いたミュシャは、これはまずい、と(あわ)ててスケッチブックを取り出した。

 収穫祭の時はまだ、秋とはいえ夏の暑さが残っていて、キモノのような薄い生地でも問題はなかったが、いまはもう肌寒い時期だ。


 マリアの両親のことだから、マリアに無理強(むりじ)いをさせることはない。

 わかっているからこそ、ミュシャはキモノの上に羽織れるような、上着を作らなければ、と思い立ったのである。

 マリアのキモノ姿をもう一度見たい、と思うのは、マリアの両親だけではない。ミュシャも、その一人だった。


「えぇっと確か……」

 キモノの色や形を思い出して、ミュシャはペンを走らせる。白い布地に、渋い赤。それに合うとするならば……。

 ミュシャは、部屋に積まれている様々な布地を引っ張り出して、これでもない、あれでもない、と手を動かす。

 明日は布屋へ行かなくては、とミュシャはちょうどいい切れ端を見つけて、スケッチを再開した。


 翌日、珍しく目元にクマを作ったミュシャの姿に、両親は顔を見合わせる。

「何か、いいアイデアでもひらめいたかい?」

 マリアの父親が、ミュシャに眠気覚ましに、とたっぷりのミルクと砂糖が入ったコーヒーを手渡せば

「その……マリアに、キモノ用の羽織りを……」

 とミュシャはまだ何かを思案しているように答えた。


 服のデザインから仕立てを行うのは、マリアの父親の仕事である。母親は、刺繍(ししゅう)や編み物など、細かい作業を手伝ったりもするが、ほとんどは店の売り子として活躍している。

 そんなわけで、ミュシャの、デザイナーとしての悩みを聞くのはマリアの父親の仕事。

「何か、手伝えることはあるかな?」

 そう助け船を出せば、ミュシャは、そうですね、とスケッチブックを差し出した。


「いい色を選んだね。キモノによく映えてる」

 スケッチブックを受け取って、マリアの父親は、さすが、とミュシャを見つめた。

「ただ、ボタンで前をとめると、せっかくの帯が見えなくなってしまって」

 ミュシャは、全身のバランスを考えて、帯を見せたいらしい。確かに、体のラインが分かりにくいキモノの上に、さらにカーディガンを羽織るとなれば、のっぺりとした印象に見えるかもしれない。


「なるほど」

 マリアの父親はうなずいて、ミュシャの言わんとすることが分かった、というように、自らもスケッチブックを取り出した。

「ボタンではなく、タッセルや……リボンで止める、というのはどうかな?」

 サラサラとペンを走らせるマリアの父親の手を、ミュシャは食い入るように見つめる。


「カーディガンの(そで)も、キモノの形に合わせて……」

「あえてゆったりめのシルエットにすることで、キモノの引き締まった感じを出せば」

「そうだね。そうしよう」

「あ、帯のところにリボンがくれば可愛いかも」


 マリアの父親からアドバイスをもらって、ミュシャもアイデアが()いた、とばかりに言葉をこぼす。スケッチブックを差し出され、ミュシャは(あわ)ててペンを走らせた。

「お見事」

 さすがはミュシャくんだ、とマリアによく似た柔らかな笑みを浮かべられ、ミュシャは思わず照れてしまうのだった。


 店先の掃除を終えたマリアの母親は、リビングで何やら楽しそうに目を輝かせている夫とミュシャの姿に、邪魔をしちゃ悪いわね、と開店準備に戻る。

 ミシンの出番を感じ取り、いつもより丁寧にミシンを拭いてやれば、リビングからミュシャと夫が顔を出し

「さ、頑張ろう」

 と仕事のことなのか、それとも別のことか、はつらつとした声を上げた。


◇◇◇


 洋裁店の扉に『CLOSE』の看板をかけたミュシャとマリアの母親は、布地を専門で取り扱っている店へ向かう。金の管理はマリアの母親の仕事。マリアの父親とミュシャが店に行くと、帰ってこなくなってしまう、ということはすでに経験済みで、それを防止する役目も(にな)っているが。


「何を作るの?」

 店に入って、マリアの母親が(たず)ねると、ミュシャは柔らかな緑の布を片手に

「キモノ用の羽織りです。お墓参りの時に、着てもらいたくて」

 と穏やかな瞳で答えた。以前のミュシャならば、マリアの話題になれば、それはもうわかりやすいほどの反応だったが、何かあったようだ、とマリアの母親も察する。


(そうだわ……)

 良いことを考えた、とマリアの母親は、ミュシャが選んだ布地と同じものの色違い、白の布を手に取って会計を済ませた。

「おばさんのその布は、何に使うんですか?」

 ミュシャが(たず)ねるのは当然のこと。マリアの母親が、頼まれごと以外で布を買うのは珍しいからである。

「ふふ、内緒よ」

 マリアの母親は、マリアによく似た笑みを浮かべた。


 布地を買って帰れば、羽織づくりがいよいよ開始される。ミュシャは、さっそく買ったばかりの布地を広げ、型紙にそってハサミを入れていく。

 型紙は、ミュシャ達が買い物に行っている間に、マリアの父親が作ってくれたものだ。一人だったら、もっと時間がかかっていたな、と頼もしい協力者に感謝しつつ、ミュシャは丁寧に作業を進めた。


 一方、マリアの父親と母親も、ミュシャには内緒で自室にこもっていた。二人の作業開始である。ミシンは一台しかないので、ミュシャが寝てからの作業だが、それまでにできることは済ませておこう、という算段だ。

「ミュシャくん、喜んでくれるかしら」

 マリアの母親が型紙に沿わせて布を切りながら呟く。おせっかいなのは、十分承知の上だ。

 マリアの父親は、そんな母親に笑みを向けてうなずいた。

「大丈夫だよ。君の言うことに、間違いはないから」


 二日後。

 羽織を完成させたミュシャに、マリアの両親はプレゼントを贈った。

「これは?」

「お墓参りの時に、着てちょうだい」

 マリアの母親に言われ、ミュシャは首をかしげる。


 なんだろう、と包みを広げれば、マリアの羽織りと色違いのカーディガンが現れて、ミュシャは思わず笑みを浮かべた。

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