第百十九・五話 情報屋の女
第八章 西の国編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百十九・五話は、第百十七話の後~第百二十二話にかけての補足的なお話になります。)
西の国の第三王子、トーレスが失踪。
その事件は、公にはされていないが、貴族を中心として水面下でじわりじわりと西の国に広まりつつあった。
秘密、というのはどこからか漏れ出すものである。
そして、秘密は重要であればあるほど、不思議と広がっていってしまうものだ。
西の国の歓楽街。とある一角、煙の中でけだるげに女が微笑む。
「そう……。東の国の騎士様を……」
女は煙管を口から外して、ふぅっと長く息を吐きだした。様々な香に、女の吐き出した煙の香りが混ざって、一層その香りは甘ったるく。
「本当に、どうしようもない人たち」
それを利用して金を稼いでいる自分はそれ以上だが、と女は窓の外で明滅するネオンを見つめた。
女は、繁華街とは名ばかりのスラム街で娼婦の子として生まれ、自らも当たり前のように娼婦になった。ほかの娼婦に比べて自分が美しく、そして頭が良いことを知ると、自らの値をつり上げ、より金を持つ男を選ぶようになった。
いつしか、彼女を抱くにはひと月分の給料では足りない、と言われるようになり、それ故、彼女の価値は余計に高くついた。
女は自らの体で稼いだその金で、女たちを雇った。女は、同性ながら、女を見る目が良く、彼女が見込んだ女たちは皆、高給取りの娼婦になった。
そうなれば、いくらスラム街の一角にある娼館といえど、女たちを目当てに金持ちの男が集まるようになり、やがて様々な情報が湯水のように手に入るようになる。女は、次いでそれを利用し、今では西の国で最も腕の立つ情報屋になった。
そんな女の耳に、第三王子トーレスの失踪という話が入るのは当たり前。
しかも、この第三王子。巷では、雑用係だ、掃除係だとさんざんな言われようだが、スラム街ではちょっとした英雄的存在。女が興味を持つのも当然だった。
第三王子の仕事は、王族や貴族が土地の運用に失敗し、領主としての役目を果たせず、貧しさばかりが残る領地から、金を搾り取ること。王族はクソだし、貴族はゴミ。だが、貧しいものから金を奪い取る第三王子はそれ以上。
女はそう思っていた。
だが、第三王子はスラム街には手を出さなかった。表向きには、繁華街と呼ばれるほどの華やかさに包まれていたからかもしれない。
しかし、裏で動く違法なドラッグや、女の経営するような娼館の存在に気づいても、それに見て見ぬふりをした。
最初こそ、大金が動いているものを取り締まる必要はない、という西の国の王族らしい考えのもとかと思ったが、どうやら違うらしかった。
一度、第三王子が、この店へ――いや、女のもとへ訪れて言ったのである。
「ここは、掃きだめのような場所だ。だが、そうした場所があるからこそ、生きていける人間もいる」
女には意味が分からなかった。さすがは王族、考えていることも庶民とは違う。そう思ったが、ネオンにくすぶる街を見つめる第三王子の瞳が切なげに揺れているのを見て、
(この男も、華やかさなのは表だけ。それ以外は何一つ持たない、ただの人なのね)
と思ったのだった。
おそらく、ここを見逃してくれているのだろう。
そう思ったのは、女だけではなかったようだった。第三王子が何度も足を運んだからかもしれない。その姿は、この実情を憂いながらも、こうした場所を作った社会を恨んでいるようにも見えた。
あんな奴に同情される、というのも気に食わない。王族、というだけでも、生まれながらにすべてを持っている人間で、女からすれば敵である。
「東の方へ向かったと聞いたから、東の国にでも逃亡したかと思ったけど……」
その情報もまだ入ってきていない。東の国からわざわざ騎士団がやってくるところを見ると、東の国に入る前に死んでいるか。うまく、国内を逃げおおせているのだろうか。
「死んでくれる方が、いっそマシなのにね」
どうして、彼の身を案じてしまうのだろうか、と女は腹立たし気に息を吐く。
第三王子の逃亡をめぐり、頭の悪い貴族たちが賭けを始めたとも聞く。
「賭けをしようじゃないか。君が勝ったら、君の言うことを聞いてやろう。だが、私が勝てば、君は私の言うことを聞け」
そんな話を持ち掛けられて、女がのらないはずがない。頭の悪いふりをして、話を合わせてやる。
「それじゃ、私は、東の国の騎士様にかけるわ」
「東の国の騎士? ふん、本当にそれでいいのか?」
「えぇ、もちろん」
女はにこりと笑みを浮かべる。愛想笑いも、何度も繰り返せば板につくというもので、もはや心の底から笑うことを忘れてしまった。
こうして女はたくさんの貴族たちから情報を手に入れ、賭けにのり、東の国の騎士――ケイを待つ。
女は再び気だるげに、ケイを見張っていた人物を見つめる。
煙管からくゆる煙が、ぼんやりと娼館の一室、女の輪郭をかき消していく。
「それじゃぁ……次の仕事を頼むわ」
女の真っ赤な瞳が、焚かれた香の隙間から煌々と輝いて見えた。
「東の国の騎士様は、必ずこの街へ来る。私のもとへ連れてきてちょうだい」
女は、残された部屋で一人、窓の外を見つめる。
明滅するネオンが、今のこの国を暗示しているようで、どうにもやるせない。
「ふ……逃亡なんて、バカらしい」
けれど、あの第三王子。
クソみたいな王族の、ゴミみたいな第三王子だが、最後の最後に面白いことをしてくれるじゃないか。
窓の外のネオンが、パッと紫の明かりを灯す。
女の口角は無意識のうちに上がり、女はまだ自分が笑えたのか、とおかしくなった。




