第百十六・五話 マリアは謎を解かない
第八章 西の国編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百十六・五話は、第百十六話と第百十七話の間のお話になります。)
マリアは、咄嗟に助けたのは良いものの、とチョコレートコスモスを摘みながら思案する。
マリアが青年を助けてから一日が明け、今なお青年が目を覚ます気配はない。
「この辺りじゃ見かけない顔だったけど……」
赤毛というだけでも珍しいのに、青年の瞳はもっと珍しいヘーゼルアイ。マリアも噂にしか聞いたことのない瞳の色だった。
店に飾る分を摘み終え、いつもお世話になっている村人たちに配るためのチョコレートコスモスを摘む。
「それにしても……どうしてこんなところで」
青年は、遠いどこかから歩いてきたようだった。服もボロボロだったが、それ以上に靴がすり減っていたのである。
(まさか、ずっと何も食べていなくて、チョコレートの香りに?)
不意にそんなことを考え、まさかそんなはずは、と首を振る。まさにその通りなのだが、マリアはそこまで苦労している人物を見てきたことがない。王国にも貧富の差はあるが、マリアはいままで、そういった人々と知り合う機会もなかった。
旅の途中か何かで、森に迷い込み……たまたま、この辺りで休憩でもしていたところだったのだろう、と自分を納得させる。
マリアは考えながらも手を動かし、摘んだばかりの花をかごの中へ。ふわり、と漂う甘くてほろ苦いチョコレートの香りが、ひんやりとした秋の空気と混ざり合った。
「……いい香り」
マリアの頬が自然と緩む。
「後で、チョコレートを買って帰ろうかしら」
青年がいつ目を覚ますか分からないので、長い時間店を留守にすることは出来ないが、多少の寄り道は許されるだろう。
花を摘み終えて、マリアは村へと向かう。
「おはよう、マリアちゃん」
「おはようございます、おばさま」
「今日は何を持ってきてくれたのかしら?」
「チョコレートコスモスが咲いていたので、摘んできました」
「あら! まぁ、素敵!」
村で唯一の小売店を営む女性にチョコレートコスモスを差し出せば、女性は笑みを深めた。
「そうだわ、おばさま」
「なぁに?」
一つだが、チョコレートの缶がある、とマリアは手を伸ばして、女性へ視線を移す。
「最近、この辺りに見慣れない男の人は来ませんでしたか?」
もしかしたら、この店に寄ったかもしれない、とマリアは期待したが、どうやら店主であるその女性も知らないらしい。
「なんのこと? 収穫祭だろうが、なんだろうが、この村に知らない人なんて来ないわよ。それに、来るとしたらマリアちゃんのお店に行くでしょう?」
村に知らない人が来るとすれば、それは大抵マリアの店、パルフ・メリエを目的にしている。店は、村の奥にある森を少し抜けたところにあり――つまり、パルフ・メリエへ行くには、必ずこの村を通らなければならない。
だからこそ、青年もこの村を通ってきたはず、と思ったのだが。
「そうですか……」
「どうかしたの?」
「い、いえ! その、収穫祭の間に、お客様がいらっしゃらなかったかしら、と思って」
まさか、見知らぬ男を拾った、などとは言えない。大騒ぎになってしまう、とマリアは慌てて言葉を並べる。
普段のマリアの行いのおかげか、特に怪しむ様子もなく、女性は
「そうね、マリアちゃんのお店も近頃忙しいみたいだものねぇ」
となぜか自慢げに微笑んだ。
チョコレートはもちろん、野菜や肉を買って、マリアは店を出る。村人たちにチョコレートコスモスを差し出しながら、それとなく話を聞いてはみたが、皆「知らないなぁ」と口をそろえた。
「一体、どこから来たのかしら」
まさか、西の国から来たなどとは、思いもしないマリアは、不思議だわ、と一人呟く。
「おーい、マリア!」
ブツブツと考え事をしながら歩いているマリアに声をかけたのは、郵便屋の青年で、マリアはペコリと頭を下げた。
「おはようございます」
「おはよう。難しい顔で歩いてたけど、何かあったのか?」
「い、いえ! 少し、考え事を」
マリアが取り繕えば、青年はじろじろとマリアを見つめた。
「……男のことか?」
「えっ!?」
もしや何か知っているのだろうか、とマリアが顔を上げれば
「あたりか!」
話を切り出した青年も驚いたようにマリアを見つめる。
「誰だ? マリアのところに最近来たやつといえば……」
青年は、うーん、と首をひねって一人推理を始める。
「グレーの髪の、顔の綺麗な……」
「へ?」
話がかみ合っていないことに気づいていないマリアは、キョトンと首をかしげる。
「違うのか」
青年は一人納得したようにうなずいて、それなら、とマリアを見つめた。
「騎士団長か!?」
「え!?」
どうしてシャルルさんが、とマリアも目を見開く。いよいよ、何かがおかしい、と青年を止めようとすれば
「あぁ! 騎士団長と一緒によく来ている、あのちょっと怖い感じの……」
「違います!!」
そんな話をしたいんじゃない、と珍しくマリアが声を荒げれば、青年も驚いたように
「わ、悪かったよ。別にからかってるわけじゃ」
と視線をさまよわせた。
「あ、えと……ごめんなさい、その。そういう意味じゃ……」
お詫びに、とマリアはチョコレートコスモスを差し出して、話を仕切りなおす。
「私が聞きたかったのは、別の人のことなんです。ここ最近、見慣れない人が村に来ませんでしたか? 収穫祭の時とか……」
青年も、チョコレートコスモスの香りを堪能して、気持ちも切り替わったようだ。首を振り、「見てないけど」と不思議そうである。
青年は、郵便がまだ残ってたんだった、とその後そうそうに話を切り上げ、村の方へと走っていった。
青年の謎は深まるばかり。だが、何も知らないマリアは、
(何か事情があったんだわ。きっと、目が覚めれば何かわかるはず。ゆっくりしていっていただければいいもの)
と呑気に、それ以上は考えるのをやめたのだった。




