第百・五話 クリスティの墓参り
第七章 収穫祭編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第百・五話は、第百話の、マリアとカントスのお話になります。)
ミュシャとリンネの二人と別れ、マリアとカントスは、クリスティの妹の後ろをついて歩く。収穫祭ということもあるだろうが、雑多な東都の雰囲気は、どこもかしこも、マリア達の目には新鮮だった。
「ミス・マリア、あそこにおいしそうな屋台が」
「カントスさん!」
きょろきょろと物珍しそうに市場を物色するカントスを、マリアは一生懸命に制する。クリスティの妹に迷惑をかけるわけにもいかない。
そんな二人のやりとりに、前を歩いていたクリスティの妹が振り返り
「ふふ、後でどこかでお茶にでもしましょうか」
と微笑むのも、無理のないことであった。
クリスティの墓がある場所は、東都の中心地から少し離れているらしい。
「ごめんなさいね。普段なら、この辺りも馬車が使えるのだけど」
収穫祭の時期は、市場にも、街のあちらこちらにも、露店がこれでもかと並ぶので、馬車を走らせることができないのだそうだ。
「いえいえ、むしろ私たちの方こそ、こんな時期に……ってカントスさん!」
マリアが目を離したすきに、珍しそうな屋台の方へと吸い込まれていくカントスを呼ぶ。
「ありがとうございます、本当においしい! いやぁ、私は幸せだ!」
カントスは真っ白なパンを片手に嬉々として、マリア達の後ろをついて歩く。東都へと向かう鉄道の中でも、結構な量のごはんを食べていたはずなのに、とマリアはそんなカントスを見つめて苦笑した。
結局、カントスに何か食べ物を買い与えた方がはやそうだ、という結論になったのである。
クリスティの妹が、選んだのはロウバオと呼ばれる東の国のほうの食べ物らしく、白いパンや、普段マリア達が食べているものよりももっちりとふかふかで、中にはジューシーな肉が細かく刻まれたものが入っているという。
カントスは味わっているのかも怪しい速度で、それを口へと放り込んでいく。
クリスティの妹は、そんなカントスに柔らかに目を細めた。さすがは、姉妹。笑い方がそっくりだ、とマリアは思う。
カントスには、甘いところも、そっくりだが。
それから、クリスティの墓に添える花を買い、クリスティの妹の家へと寄って必要なものをそろえる。
クリスティの妹の家でも、カントスはおやつをいくつかいただいていて、そこからの道中はすっかりおなかもいっぱいになったのか、マリア達と会話にいそしんだ。
前を楽しそうに歩くカントスに、クリスティの妹は笑う。
「クリスティから、カントスさんのことはずっと聞いていたから、ふふ……ほんと、お話通りの人だわ」
「クリスティさんは、なんて?」
「猪突猛進、向こう見ずで、見切り発車もいいところだって」
クリスティの妹の言葉に、マリアは思わず眉を下げる。学生時代のカントスなど、もっとすごかったに違いない。
「……でも、周りをあっという間に笑顔にしてしまう、そんな、太陽みたいなエネルギーを持ってる、とも言っていたわ」
エメラルドグリーンの瞳が、クリスティと同じだ、とマリアは思う。
「何事にも一生懸命で、チャレンジ精神があるって」
「そうですね」
前を歩くカントスの、ブルーベージュの柔らかな癖毛がぴょこぴょこと襟のあたりで跳ねている。マリアは、クスクスと微笑んだ。
クリスティの妹と、カントス。三人で話をしているうちに、東都の喧騒も次第に小さくなり、マリア達の前には、開けた土地が見えてくる。
「ここよ」
いくつかの墓石が並んでおり、そこに、クリスティも眠っているようだった。
「まずは、お掃除ね」
マリアも、祖母の墓参りですっかり板についてしまっている。水場を探し、バケツやタオルを片手に、準備を始める。
クリスティの妹とカントスは、その間にクリスティの墓に供えられていた古くなった花を、焼却場の方へと持って行った。
みんなでクリスティの墓を丁寧に掃除し、新しく買ってきた花を供えて、両手を合わせて祈る。
この時ばかりは、普段神様などというものをあまり信じていないマリアも、一生懸命に祈りをささげる。
――クリスティさん、クリスティさんが教えてくれたこと、私はこれから先もずっと、忘れません。クリスティさんに負けない、立派な調香師になって見せます。
見守っていてください。
マリアが顔を上げれば、カントスは隣でまだ目を閉じたままであった。いつもは明るく振舞っているが、今は、誰よりも真剣に祈りをささげていた。
カントスに調香を教えたのはクリスティだというし、マリアとリラのような関係であったのだろう。当たり前のことだ。
クリスティの妹も、マリアも、無理にカントスに声をかけることはせず、ゆっくりと細く、東都の空へと上がっていくホワイトセージの煙を見つめた。
クリスティの墓に添えられた真新しい花の隣に、カントスが持ってきた香水瓶と、マリアが持ってきたアロマキャンドルも添えられている。
「おや、お待たせしてしまったね」
いつの間にか、カントスもクリスティとの会話を終えたようで、マリアとクリスティの妹へ両手を広げた。
「いいえ。お話は出来ましたか?」
「話すことがありすぎて、大変だ。これはまた来なければね」
カントスは穏やかに微笑む。
クリスティの妹も、
「えぇ、また来てちょうだい。クリスティもきっと、あなたにたくさん話したいことがあるはずだわ」
と微笑んだ。
マリア達の横を、ふわりとあたたかな風が吹く。
ホワイトセージの鼻を刺すような、どこかツンとした香りが、薬師であるクリスティを思い出させた。




