第九十一・五話 贈り物
第六章 調香師との出会い クリスティ編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第九十一・五話は、第九十二話の少し前、補足的なお話になります。)
クリスティは、寝室に備え付けられた棚から、クッキーの缶を取り出した。
中には、何枚もの手紙が入っている。
「そろそろ、身辺整理をしなくちゃいけないわね」
立つ鳥後を濁さず。身の振り方はわきまえているつもりだ。
小さな机にその缶を置き、机の引き出しから、便箋と万年筆を取り出す。
愛用の万年筆は、カントス達生徒に指導していた時から使っていたものだが、クリスティの使い方がいいのか、はたまた少々値の張る良いものを買ったからか、いまだに現役だった。
便箋に宛名を書けば、クリスティは、曲がり始めた背筋を正して、深呼吸を一つ。
手紙を書くのは、好きだ。普段、面と向かっては絶対に言えないようなことも、素直に伝えられるような気がするから。
だが、その手紙を出すことはためらわれた。
自らの思いのたけを綴った手紙が、相手にどう受け止められるのか、不安でいっぱいになる。迷惑なんじゃないか、と思うばかりで、一向に手紙は出せないまま。
「でも、何も言わずにお別れなんて、寂しいものね」
まだまだ伝えたいことはたくさんある。クリスティは、最愛の妹に感謝を述べなければならないし、カントスやマリアにも、同じ調香師として贈りたい言葉がある。
「届くかどうかは、わからないけれど……」
自らの気持ちに整理をつけるために、とクリスティは意を決してペンを走らせた。
◇◇◇
最後の手紙に糊付けをして、クリスティはうんと背伸びする。
窓の外を照らす月明かりに、久しぶりにずいぶんと夜更かしをしてしまった、とクリスティは苦笑した。
「本当に、あっという間ね」
人生というのは、短い。自分の人生の終わり、というものが見えているクリスティにとっては、特にそう感じられる。
クリスティは、机の上に置かれた美しい香水瓶に目を止めて、
「夜の香り……」
その香りにつけられた名を口にした。
マリアが、カントスからアイデアをもらって作ったという香り。クリスティが尊敬してやまない二人の調香師が、自分へ贈ってくれたもの。
フタを開けると、ふわりと爽やかで甘く、それでいて穏やかな香りがして、クリスティは嬉しそうに目を細めた。
「精油は薬ではない……」
それは、自分自身への戒め。薬師であるクリスティが、一番よく分かっている。
「けれど、薬にはない……心を癒す力を持っている」
カントスと、マリア。
これからの王国を彩ってくれる、そんな素晴らしい調香師二人との出会いに、クリスティは背中を押されたような気分になった。
「これで、心おきなく旅立てるというものね」
クリスティは、縁起でもないけれど、と独りごちた。
時代を超えて、香りが思いを運ぶ。
それは、薬にはできないことだ。どれほど医療が進歩しようとも、きっと、誰かの心を癒し、多くの人を笑顔にする。
クリスティが、そうであるように。
クリスティは、たっぷりと夜の香りを堪能すると、書きあげたばかりの手紙をそっとクッキーの缶へしまい込み、それと一緒に万年筆をしまいこむ。
夜の香りにフタをして、クリスティは窓の外に移る月に両手を組んだ。
「どうか、私の愛する人たちが、これからも幸せでありますように」
自らの寿命が、どれほど短くなったとしてもかまわない。こんなおいぼれに差し出せるものがあるのなら、いくらだって差し出そう。
引き換えに、どうか。
どうか神様。
私が愛した調香師たちの未来に、たくさんの幸せを――。




