第六十七・五話 妹からのお願い
第四章 調香師との出会い パーキン編 番外 になります。
ネタバレはありません。
本編で語られなかった空白の時間を書いていますので、本編と合わせてぜひお楽しみください♪
(今回の第六十七・五話は、六十八話の前のお話。ケイがキングスコロンに行くきっかけとなったお話です。)
ケイは、自宅で一人盛大なため息をついた。
予想はしていたが、やはりか、と電話をとってしまった数分前の自分を恨みそうになる。
「キングスコロン、か……」
パルフ・メリエなら、いくらでも行くのだがな、とケイは独りごちた。
キングスコロンは、ここ数年で、質の良い香りを破格の値段で売る、と街でも人気の香り屋である。
特に、金銭的に余裕のない、庶民や若い人の間で流行っていて、ケイも何度か巡回中に店までの道のりを尋ねられたことがあった。
そんなわけで、香水などには特段興味のなかったケイでも、店の場所くらいは知っているのである。
(店の場所を知らなければ、断れただろうか)
そんなことを考えて、いや、ないな、とケイは首を振った。
わがままな妹のことだ。知らなければ調べてでも買ってきて、というのがオチだろう。そして、ケイはそんな妹の願いを無下にできない、よくできた兄であった。
キングスコロンでは、近く『愛の花束』なる香水が発売されるらしい。
どうやら、先日のディアーナ王女とエトワールの婚約がきっかけとなった香りだそうだが、ディアーナ王女の専属の調香師がマリアだと知っているケイは、偽物か、はたまた、マリアの作った香りを模したものだろう、とげんなりした。
パルフ・メリエの調香師、マリアの名が売れたことは間違いない。
だが、マリアの店は国の中でも辺境地に位置している。それも、森の奥にあるとなれば、自然と客足も伸び悩む。そこにうまくつけこんだのが、キングスコロンではなかろうか。
どうしてもそんなうがった見方をしてしまうのは、ケイが騎士団の人間だからだろう。
「そもそも、愛の花束など……」
新聞の記事によると『愛の花束』というこの香水は、恋愛成就の力があるというのだ。キングスコロン社が独自にその香水の効果を検証したところ、大勢の女性が、実際に恋が実った、と口にしたらしい。
なんとも怪しいが、恋をかなえたい女性にとっては、藁にもすがる思いなのだろう。
妹には旦那がいる。恋も何もあるはずがない。それでもほしい、というのだから、よほどミーハーなのだろう、とケイはそんなことを考えて、ハッと目を見開いた。
(まさか、不倫か……?)
妹にかぎってそんなことはあり得ない。ましてや、あの小さな村で不倫などしようものなら、後々にどうなるか、目に見えている。
(ありえない、よな……)
ケイは、ぶんぶんと首を振ったが、それでも一度よぎった心配というのはなかなかそう簡単に忘れられるものではない。
身内のことならなおさらである。
ケイは慌てて電話を取り、実家へと電話をかけるのであった。
◇◇◇
「お兄ちゃん、信じられない!!」
電話の向こうで、キンと耳を貫くような妹の声と、旦那の笑い声が聞こえる。
「王女様とエトワールさんもお気に入りの香りだって聞いたから、どんなに素敵な香りなんだろうって楽しみにしてただけよ!」
「す、すまない……」
ケイは、安堵と後悔のはざまで眉間にしわを寄せた。
「っていうか! 私のことを心配する暇があるなら、お兄ちゃんこそ『愛の花束』に頼った方がいいんじゃないの!」
「なっ!?」
妹に図星をつかれ、ケイは言葉につまる。
不倫だ、と実の兄に疑われた妹の仕返しほど怖いものもない。
「お兄ちゃんだってもういい年なんだし。騎士団の人はみんなモテるって聞いたのに、そんな話は一つもないし! お母さんだって心配してるんだから!」
そこで母親を出すのはずるいだろう、とケイは顔をしかめる。
村を出て、騎士団として働いているケイは、両親に迷惑をかけずに生きているつもりである。しかし、恋愛沙汰のことになると、ケイも頭が上がらない。
両親も、ケイの目の前では口にしないが、妹にはいろいろと愚痴をこぼしているようであった。
「とにかく! ちゃんと買ってきてよ! どうせ、お休みの日にデートする女の子もいないんだから!」
最後の一言は余計だ、と思いつつ、自らがまいた種。ケイは
「すまなかった」
と謝罪の言葉を一つこぼして、早々に電話を切った。
ケイはため息をついて、『愛の花束』について書かれた新聞記事をわきへよける。
「恋愛成就、か」
よけた新聞記事の下から、マリアの写真が載せられた新聞記事が顔を出し、ケイは手を止めた。先日シャルルに見せられた、陰の立役者、という見出しの記事である。
マリアの穏やかな笑みが、ケイの胸をきゅっと締め付ける。その妙な感覚に、ケイは首をかしげた。
妹との電話で、少なからずストレスを感じたのだろうか。
ケイはマリアが載った新聞記事を丁寧にたたむと、キングスコロンへ向かう覚悟を決めて布団へともぐりこむのだった。




